【特集】高校入学目前 絶たれた命 中3男子の死亡事故①「ひき逃げ」と訴え裁判に ただちに救護…割れる解釈 一審「実刑」二審「無罪」 最高裁弁論「ひき逃げの法解釈は…」
9年前、佐久市で当時中学3年の男子生徒が車にはねられて亡くなった事故は、ひき逃げだったのか否か。最高裁の判断が注目されています。
道路交通法では、万が一、事故があったときには、「ただちに」負傷者を救護することが定められています。この「ただちに」の解釈を巡って、一審の長野地裁は「実刑判決」。二審の東京高裁は、逆転「無罪」を言い渡しその判断が分かれています。
13日、最高裁で開かれる弁論。
二審の無罪判決が見直される可能性があります。
和田樹生さん当時15歳。最愛の息子を、突然奪われました。
樹生さんの母 和田真理さん
「私たちは樹生が事故で亡くなったのではなく、加害者に直ちに救護されなかったから亡くなったんだというふうに思っておりますし、やっぱり1分1秒早く救護されていれば救われる命っていうのはあると思うので」
樹生さんの父 和田善光さん
「一貫してこの事件は救護義務違反に当たるのではないかということを訴え続けてまいりました」)
2015年3月23日、夜。
高校入学を目前に控えた樹生さんは、JR佐久平駅近くの横断歩道で車にはねられ、亡くなりました。
車を運転していた池田忠正被告は、事故の半年後、ひき逃げではない過失運転致死の罪で、禁錮3年、執行猶予5年の有罪判決を受けました。
両親はその後も独自に調査を行いながら、樹生さんを「ただちに」救護せず、警察への通報もしなかった悪質なひき逃げだと訴え続けました。
おととしの時効直前、ついに長野地検が「ひき逃げ」での起訴に踏み切り、再び裁判が始まりました。
争点は、事故を起こした後の被告の行動。
一審・二審の判決はそれぞれ、どう捉えたのでしょうか。現場の横断歩道。車の停車位置。被告が立ち寄ったコンビニ。そして樹生さんが倒れていた場所。
時間の経過に注目し、被告の行動を振り返ります。
塩澤涼記者
「午後10時7分ごろに事故を起こした被告は、このあたりに車を停め、およそ95メートル離れた事故現場に向かいます。」
「すると、横断歩道で靴や靴下を発見。周辺をおよそ3分間探しますが、樹生さんを見つけることはできず、車へ戻ります。」
「被告は運転していた車のハザードランプをつけ、それから、「飲酒運転がばれないように酒の臭いを消すものを買おう」と考え、あちらのコンビニエンスストアで口臭防止用品を買い、口にしました。ここまで事故を起こしてからおよそ6分です。」
「被告は再びこの道を通って事故現場に戻る途中、ちょうど反対側、あちらのフェンスの辺りで、通行人が倒れている樹生さんを発見し、午後10時14分に警察に通報。まもなく被告も道を渡って駆け寄りました。」
被告は樹生さんの発見後、人工呼吸はしましたが、消防や警察への通報はしていません。
結局、被告以外による110番通報は事故の7分後、119番通報は事故の10分後、救急隊の到着は、事故から23分が経っていました。
1分1秒を争う救命救急。時間が経過すればするほど、助かる命は減っていきます。
事故の後、樹生さんと同じ背丈、170センチくらいのコブシの木を植えました。
樹生さんの母 和田真理さん
「多分、一番悔しかったのは、樹生だと思うんです。私も加害者に救護、加害者が樹生のもとにやってくるまでの10分間、樹生はどんな思いで助けを待っていたんだろうということをいつも考えていて、その救護義務違反に当たらないなんてことは、おかしいというふうに思って訴え続けていたので息子の悔しさを代弁するつもりで訴えてきたつもりなので…」
おととし。
長野地方裁判所で開かれた一審で被告は、飲酒運転の発覚を避けるため、口臭防止用品を買いにコンビニに行ったことを認めたうえで、「事故現場から逃げるつもりはなかった」と主張しました。
この行動について、長野地裁は…。
長野地裁判決
「自己保身を優先した意思決定は身勝手かつ自己中心的なもので強く非難されるべき」
「ただちに」救護を行わなかったとして、懲役6か月の実刑判決を言い渡しました。
救護義務を果たしたと主張する被告は、一審判決を不服として、控訴。
二審の東京高裁では、
東京高裁判決
「救護のためではないものの、時間は1分余りで、その後、人工呼吸をしていたことに照らすと、救護義務の意思は保持し続けていた」
とし、「ただちに」救護を行わなかったと評価することはできないとして、逆転無罪の判決を言い渡しました。
樹生さんの母 和田真理さん
「樹生にかける言葉は見つからないです。このまま、刑が確定するのであれば、こんな国に生んでごめんねとしか言えないです。」
1999年8月3日。
和田家の長男として誕生した樹生さん。
樹生さんの母 和田真理さん
「やっと会えたねっていう気持ちと、あとはその時に主人があの自分たちの命に代えても、この子を守っていこうねっていうふうに言ってくれたので・・・自分の命よりも大切な存在、それがこの子だなっていうふうに・・・思いました」
スポーツが好きで、空手やサッカーに打ち込みながら、海外転勤のある父親の背中を追い、世界で活躍したいと猛勉強。
事故に遭った夜は、塾の帰り道でした。
樹生さんの父 和田善光さん
「まあ、本当にあの高校入学すごく楽しみにしていたので、本当に少ない時間でも、ほんのわずかな時間でも良かったので、まず高校生活を体験させてあげたかったなっていう思いがすごくあります」
妹2人の面倒をよく見る、優しいお兄ちゃんでした。
樹生さんの母 和田真理さん
「いつも樹生が家族の中心でしたね、やっぱりその樹生がいなくなってしまった。その家族の中にぽっかり空いてしまった穴が何年経っても埋められないです」
二審の無罪判決、そして最高裁への上告から1年が経った、今年10月。
最高裁で弁論が始まる、と、両親に連絡が入りました。
樹生さんに姿を重ねたコブシは、珍しく、この時期に花をつけました。
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