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【記者ルポ】豪雨がもたらした人命捜索をも阻む「孤立」「寸断」…電波つながらず食料品も不足の恐怖 能登豪雨から1週間

2024年9月28日 20:00
【記者ルポ】豪雨がもたらした人命捜索をも阻む「孤立」「寸断」…電波つながらず食料品も不足の恐怖 能登豪雨から1週間

 石川県の能登半島を襲った記録的豪雨から1週間。至る所で発生した河川の氾濫や土砂崩れにより、孤立集落は115にも上りました。発災翌日から3日間、現地を取材した私たちが遭遇したのは、短時間で刻一刻と危険度が増す恐怖と、1月の地震で傷ついた被災地を襲った豪雨の苛烈な爪痕でした。
(報告:読売テレビ・楠下一輝)

■2日にわたる大雨で連日の「冠水」 人命救助の捜索部隊も足止め

 大雨特別警報が輪島市、珠洲市、能登町に発表された翌日の9月22日早朝、取材班は金沢市内のホテルを出発しました。前日の記録的豪雨により、輪島市や珠洲市では至る所が通行止めとなり、明るくなるのを待ってから、周囲の安全と連絡手段を確認しながら現地へと向かいました。

 取材班が向かおうとしていたのは、輪島市門前町の「中屋トンネル」で、地震の復旧工事をしていた作業員らの安否が分からなくなっていました。この日の朝、大気の状態は不安定で、台風から変わった低気圧の接近により、能登半島では再び激しい雨が予想されていました。

 午前7時ごろ、穴水町から輪島市の境に差し掛かったあたりから徐々に雨脚は強まり、門前町に入ってからは横殴りの雨に変わっていきました。雨が止むのを待ってから中屋トンネルを目指していると、先ほどまで車が通行していた道路に、川からあふれ出た茶色い濁流が、みるみるうちに流れ込んでいったのです。周囲は田畑が広がり、比較的視界が良好な場所でしたが、これが山間部や川のそばであれば、一瞬の判断で逃げ道が塞がれるかもしれないという恐怖を感じた瞬間でした。

 近くに住む人は「前日もこの道は冠水していた。夕方には水は引いていたのに、2日連続で冠水するなんて、これまでなかった。地震の影響もあって、もう以前とは地形も違う」と話すなど、地元の人ですらも経験したことがないような変化が、わずか1~2時間のうちに起こりました。

 行く手を阻まれたのは、私たち取材班だけではありません。当初、朝から人命救助のために捜索活動に向かう予定だった自衛隊や消防隊員らも、この道を通って「中屋トンネル」に向かう予定でしたが、100メートルほどの道のりが冠水したことで、足止めを余儀なくされたのです。

 雨が上がり、付近の迂回ルートの安全が確認されたことで、ようやく捜索部隊の前線基地に向かうことができるようになりました。ただ、その拠点もトンネルからは約4キロ離れた場所。もともと、トンネルの復旧作業にあたるための緊急車両用の道路でした。

 この先を徒歩で向かおうとしたところ、山すその至る所が崩れ、道路には水を大量に含んでぬかるんだ土砂が堆積し、その深さは持っていた傘が半分程度埋まるほどでした。捜索部隊は人命救助のためにさらにその先に進んでいきましたが、私たちは同行するのを断念せざるを得ないほどの被災状況でした。

■輪島市中心部も一時寸断…飲料水や食料品が棚から消えた

 取材班がこの日、宿泊を予定していたのは輪島市中心部のビジネスホテルで、電気や水道は幸い止まっておらず、前日も別の取材クルーが宿泊できたことを確認していました。

 ただ、輪島市中心部につながるトンネルも、21日の大雨で通行止めになっていました。その日の夜に通行ができるようになったものの、市内の至る所に土砂や流木があふれ、地震により被災者が身を寄せていた仮設住宅までも浸水する被害が出ていました。

 辺りが暗くなり始める前にホテルに入るため、夕方には市の中心部に到着しましたが、スーパーやコンビニエンスストアは営業ができていないところも多く、営業を続けることができた店舗でも閉店時間を早めている状況でした。店を開けていたドラッグストアを見つけ、中に入って食品コーナーを見ると、ミネラルウォーターなどの飲料水をはじめ、パンやカップラーメンなどの食料品が陳列棚からなくなっていました。

 店の従業員に話を聞くと、輪島市の中心部につながる道路が比較的短時間で復旧したことで、商品の仕入れが途切れることは防げたということでしたが、翌日は朝から商品を求める利用客で、開店前から行列ができていました。

 このドラッグストアに限らず、市内のスーパーなどでも、野菜や果物などの生鮮食品や清涼飲料水が品薄の状態が続きました。

■土砂崩れで115の集落が孤立…携帯電話の電波も届かず

 取材班が23日に向かったのは、輪島市の東部に位置する町野地区。海岸沿いは土砂崩れで寸断され、前日までは孤立状態となっていましたが、南側の能登町からつながる道が通行可能になったことから、取材に向かうことになりました。

 ただ、その道路も周辺では土砂崩れが多発し、通行できない道の脇に作られた迂回路を慎重に進んでいくこととなり、通常であれば1時間足らずの道のりが2倍以上かかりました。

 地区に入ると、1月の地震により倒壊した建物が多く立ち並んでおり、その建物の中を見ると流れ着いた土砂や流木が詰まり、中の様子を確認することも危険を感じるほどでした。近くを流れる川の土手はえぐられるように崩落し、雨が止んでいるにもかかわらず、時折大きな音をたて崩れる様子が確認できました。

 地区内は断水や停電が続き、収穫前の稲は川の氾濫でなぎ倒されていました。1月の地震による倒壊で、近隣の仮設住宅で生活する女性は、「被害は地震のときよりもひどい、水も電気もいつ来るかなんてわからない」と不安を吐露していました。

 連絡手段として使用していたスマートフォンは、電波がほとんどつながらない状況で、辛うじて3Gの携帯回線が使える場所を探して、金沢にある系列局の本社と定期的に連絡をとりながら取材にあたる状況でした。

 能登半島地震でも、基地局の被災などによる電波障害が大きな課題となりましたが、今回の大雨でも住民からは「他はどうなっていますか」「情報を得る手段がないので状況もわからない」という声を多く聞きました。

 短時間の記録的豪雨により刻一刻と状況が悪化し、普段見る景色と一変した状況下のもと、移動手段や連絡手段の確保ができない中、どのように命を守る行動をとるのか―。近年、線状降水帯の発生頻度が急増する中、大雨による災害は能登半島に限らず、どの場所でも同じように襲いかかる可能性があります。

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