“日の丸半導体”復活をかけ……29歳の新人エンジニア、米国奮闘記 「最先端」への挑戦 “2つの壁”に悪戦苦闘『every.特集』
かつては“日の丸半導体”と呼ばれ、世界をリードしていた日本の半導体。それがいま、世界を追いかける立場になっています。その復活をかけ、日本の若手エンジニアたちが海を渡っています。最先端の技術の獲得に向けて奮闘する姿を追いました。
早朝6時過ぎのアメリカ・ニューヨーク州。「はじめはスーパーで買い物するのも緊張したりしたんですけど…」と話すのは、8月から家族とともに人生初のアメリカ生活をスタートした石原奎太さん(29)です。
本棚には、学生時代に使っていた教科書が並びます。
石原さん
「半導体関連に近いのだけ持ってきていますね」
石原さんは2024年春、日本の半導体メーカーに入社した新人エンジニアです。
その会社は、おととし日本で立ち上がったばかりの半導体メーカー「ラピダス」。トヨタ自動車など日本の大手企業8社の支援も受け、誕生しました。
北海道・千歳市では工場の建設が着々と進み、2027年までに“最先端の半導体”の大量生産を目指しています。
半導体は、私たちの生活に欠かせないもの。スマートフォンや家電、自動車など、あらゆるものを動かす“頭脳”として使われています。
日本の半導体はかつて、1980年代に世界シェア50%台を誇りました。高い技術力から“日の丸半導体”と呼ばれてきましたが、半導体の高性能化という世界の波に乗り遅れ、今ではシェア10%ほどと低迷。アメリカや韓国、台湾などの企業におくれをとっています。
日本政府は、“最先端半導体”が日本の経済成長を左右するとして、これまでにラピダスに9000億円を超える支援を決定。国家プロジェクトとして、官民一体で挑んでいます。
その命運を左右する場所が、石原さんの暮らすニューヨーク州にあります。「こっちに来るまではほぼ運転したことがなかったんで…」と言いながらハンドルを握る石原さん。向かった先は、世界的なIT企業・IBMの研究開発拠点です。
IBMは“最先端半導体”を作る技術を他社に先駆けて持っています。ラピダスはここで、共同で研究開発を実施。日本から既に140人ほどのエンジニアを派遣しています。
石原さんも、この研究拠点に派遣されたエンジニアの一人。そこでは、難解な専門用語が飛び交う会議が行われていました。
石原さん
「ベースの3つ提案があるんですけど…。使うのはメタルと、アモルファスシリコンの積層構造を使って…」
別のメンバーが「ソース・ドレインの材料、ゲルマを入れているというのは、シリサイドにするところを…」「ゲルマでも同じふうに?」と言うと、石原さんは「ゲルマにしてもいいし、ゲルマ単体でもいけるだろうと」「反応さえしてくれれば」と答えます。
難しい用語を話し続ける彼らも、石原さんと同じく今年ラピダスに入社したばかりの新人エンジニアです。出身大学を聞いてみると、石原さんは「(大学院は)東京大学の工学系研究科。(大学の)学部は京都大学」と言います。
他の3人も東北大学大学院修了、北海道大学大学院修了、東京理科大学大学院修了と、“日の丸半導体”復活を背負って立つだけあって、4人とも高学歴でした。
いま、日本ではこうした“優秀な頭脳”がGoogleやAppleなど海外の企業に流出していることが課題になっています。それでも4人は、最先端の半導体を日本で作るというラピダスの挑戦に希望を抱き、入社しました。
1人の新人エンジニアは「リスクよりもチャレンジング、面白そう、チャレンジングなことをしたいということが先行したから、ここに来ているんだと思いますよ」。別の新人エンジニアも「ちょっと変かもしれないけど、リスクがある方が面白い」と言います。
石原さんは、ラピダスとIBMの合同会議に参加しました。しかし、「ソーリー! 資料がない!」と焦りだしました。スライドがうまく出せず、一瞬パニックに。
「インア…、インザ…、インザイメージ」。慣れない英語での発表にも悪戦苦闘。「Which area?(どっちのエリアで?)」などとべテランエンジニアから直接質問を受けますが、答えることができません。周りの議論に圧倒され、メモを取ることに精いっぱいです。
「難しいですね。僕もまだまだ理解が追いついていないので」と石原さん。言語の壁と知識の壁に直面しています。
「しっかりしていないと置いていかれる。最近はとりあえずできることを頑張ろうかなと…。難しいですね」。2つの壁をどうにか越えようと、目の前の仕事に奮闘しています。
“日の丸半導体”復活のため、いま日本がどうしても手に入れたいモノがあります。その実物を今回特別に、IBMリサーチの半導体部門トップであるムケシュ・カレさんが見せてくれました。傷や汚れが付くのを防ぐため、触れるには手袋が必須です。
それは「2ナノ半導体」。かつてない速度で高度な計算が可能になる、高性能な次世代の半導体です。未来のAIや自動運転などに必要不可欠なものです。石原さんたちが目指すのは、この「2ナノ半導体」の大量生産。世界ではまだ、どのメーカーも実現できていません。
「ワクワクしますね。装置をみると」。石原さんたちの視線の先にある箱のような機械が、大量生産の成功の鍵を握っています。今年12月には、ここにあるものよりもさらに最新のものがラピダスの北海道の工場に搬入される予定です。
石原さん
「何台必要なのかな、量産だったら。1台じゃないでしょ、だって」
別の新人エンジニア
「(1台では)絶対に無理でしょ。3(台)、2(台)…?」
石原さん
「楽しみ半分、大変なんだろうなという心配も半分」
ただ専門家からは、“最先端半導体”の大量生産の実現に向けた課題を指摘する声も上がります。
横浜国立大学・工学研究院の井上史大准教授は「ラピダスは(台湾・TSMCなど)代表的な他社と比べ、現時点で量産のために必要な人員が1000人程度足りていない。経験も足りていない」と言います。
目標である、2027年までの大量生産は実現できるのでしょうか。
ラピダスのエンジニアを束ねる責任者であるシニアディレクターの福﨑勇三さんは、「全体的な話をするとまだ4分の1くらいですが、そこの達成するスピードでの達成度ということではスケジュールどおり」。目標達成への計画は順調だと、きっぱり語ります。
石原さんたちも挑戦への決意は揺らぎません。「必ず成功させないといけない。成功させるためにできることは全部やらないといけないと思っているので、そのために量産まで身を捧げる覚悟で」
“日の丸半導体”が復活する未来は訪れるのか。石原さんら新人エンジニアの奮闘は続きます。
(9月24日『news every.』より)