【“マルキの闇”裁判終結へ㊦】兵庫県警機動隊員連続自殺 つかみとった「パワハラ」と“無念”の和解
2015年秋、兵庫県警機動隊、通称「マルキ」で若き警察官2人が相次いで自殺した。そのうち一人の遺族が「パワハラが原因だった」として、兵庫県に損害賠償を求めていた裁判で、兵庫県警側がパワハラを認めて謝罪することなどを条件に、3月22日に和解が成立する見込みだ。かつて「パワハラはなかった」と結論付けた兵庫県警の調査結果が、長い歳月を経て覆されることになる。
自殺の真相を独自に追い続けてきた記者が、遺族の8年半におよぶ闘いを振り返る。(全3回の第3回/取材報告:読売テレビ橋本雅之)
2018年春、兵庫県警機動隊での連続自殺について、約2年半におよぶ取材をまとめたドキュメンタリー「マルキの闇」の制作は大詰めを迎えていた。
番組の放送に向けて、私が絶対に必要だと感じていたのは、自殺した木戸大地巡査(当時24)が遺書で名指しした機動隊の先輩「A隊員」への取材だ。
「A隊員」は木戸巡査の6歳上の先輩で、兵庫県警の内部調査では同僚隊員が「木戸巡査の自殺の原因はA隊員による明らかなパワハラである」と証言していたことが取材で明らかになった。
しかし「A隊員」は葬儀に参列せず、それまで遺族の前に一度も姿を見せていない。すでに機動隊からも異動となり、行方をくらましていた。
そんな中、警察関係者から「A隊員」が神戸市内の警察署に勤務しているとの情報を得た。
私は、連日その警察署へ足を運び、関係者から入手した「A隊員」の顔写真を片手に取材の機会をうかがった。張り込みを続けること数日、ついに「A隊員」らしき人物が警察署の中から出てきた。その人物が近くのコンビニに入るのを確認し、私も店内へ。弁当を選んでいるところに近づき、間近で顔を確認した。
間違いなく「A隊員」だ。遺族が何度も「会いたい」と兵庫県警にかけあっても姿を現さなかった人物が、私の目の前にいる。聞きたいことがたくさんあった。ただ、取材は態勢を整えた上で改めて臨むと決めていたため、この日は現場を離れた。
後日、私は一緒に取材を続けてきた林裕介カメラマンとともに、再び「A隊員」が勤務する警察署を訪れた。
この日も「A隊員」は、昼時に警察署から出てきてコンビニへ向かった。私と林カメラマンは、コンビニの外でスタンバイ。「A隊員」が店から出てきたところで「機動隊での自殺事案について話を聞きたい」と声をかけた。
「A隊員」は驚いた様子で立ち止まる。真相につながる話が聞けるかもしれない。質問をしようと思った矢先、コンビニの中から「A隊員」の上司が慌てた様子で現れ、カメラと「A隊員」の間に入り、取材を遮った。
上司に守られながら、逃げるようにして警察署へと向かう「A隊員」に対し、私は質問を続けた。
「機動隊の中で何があったのか」
「木戸巡査との間に何があったのか」
「あなたに宛てた遺書が残されていたことについてどう思っているか」
「木戸巡査が自殺したことをどう考えているか」
「パワハラはなかったのか」
「木戸巡査の遺族に何か伝えたいことはないか」
しかし「A隊員」は無言を貫き警察署の中へと逃げ込んだ。
後日、私は「A隊員」と改めて一対一で対峙する機会をつくろうと考えた。上司やカメラマンがいない状況であれば、少しでも話をしてくれるのではないかと思ったからだ。
その日は「A隊員」が勤務を終えて警察署から出てきたタイミングで声をかけた。しかし、私の顔を見るなり全力で走りだし、住宅街の中へと消えていった。
■「職務と自殺に因果関係あり」覆された兵庫県警の調査結果
約20人で構成される小隊の中で起きた異例の連続自殺をめぐり、木戸大地巡査(当時24)の遺族が「パワハラが原因だった」として、兵庫県に損害賠償を求める裁判を起こしたのに続いて、山本翔巡査(当時23)の遺族も提訴に向けた準備を進めていた。
しかし、2人の自殺から2年半が経った2018年3月、「マルキの闇」は大きな転換点を迎えた。山本巡査の自殺について、地方公務員災害補償基金兵庫県支部が「職務と自殺に因果関係がある」として、民間企業の労災にあたる「公務災害」と認定したのだ。
兵庫県警の内部調査では「わからなかった」とされていた自殺の原因について、「警察内部にある」と異なる判断が下された。
これは、2015年12月に兵庫県警が出した調査結果が、正式に覆されたことを意味する。公務災害と認定されたことを受け、兵庫県警は山本巡査の自殺を「殉職」と扱うことを決め、「一階級特進」とした。
一方で、山本巡査と同じ時期に、同じ機動隊で命を絶った木戸巡査については、遺族による公務災害の申請が2017年の時点ですでに棄却されていた。2人の自殺をめぐり、判断が大きく分かれた形だ。
山本巡査の公務災害が認定された2018年3月には、木戸巡査の自殺をめぐる損害賠償請求訴訟の第一回口頭弁論が開かれ、兵庫県側は「請求の棄却を求める」と主張し、遺族側と全面的に争う姿勢を示した。
なぜ2人の自殺をめぐり判断が分かれたのだろうか。
公務災害にあたるかどうかを判断する地方公務員災害補償基金兵庫県支部は、兵庫県知事がトップを務める組織だ。私は、兵庫県や兵庫県警に取材をしたが、明確な回答は得られなかった。
ただ、ある警察幹部は「木戸巡査の遺族に続いて、山本巡査の遺族も提訴するとなれば、兵庫県や兵庫県警は同時に2件の裁判を抱えることとなり、大きな負担となる。山本巡査の自殺を公務災害や殉職と認定したのは、遺族の提訴を"封じる"意味合いもあったのではないか」と語った。実際、山本巡査の遺族は提訴には踏み切らず、木戸巡査の遺族のみが長い裁判を闘うこととなった。
木戸巡査の自殺をめぐる裁判は、2017年10月に遺族が提訴して以降、長い時間を要した。私は、裁判を最後まで見届けることが叶わず、2020年12月にニューヨークへ赴任した。それ以降は、読売テレビの同僚記者たちが取材を引き継いでくれたほか、私自身も遺族と連絡を取り合いながら裁判の経過を見守ってきた。
裁判の中で、兵庫県警は数百枚に上る膨大な資料を開示した。木戸巡査の自殺をめぐり、兵庫県警が「A隊員」を含む機動隊員らから聞き取りをした調査の詳細なメモだ。
そこには「A隊員」が木戸巡査に対し「お前いらんねん」「辞めてしまえ」と発言していたこと、休みの日にも木戸巡査を呼び出し厳しく叱責していたこと、木戸巡査の書類に「ボケ木戸」と記載した付箋を貼っていたこと、木戸巡査だけを執拗に責め立て"ターゲット"にしていたことなど、数々のパワハラ行為が記載されていた。
多くの同僚隊員らが「A隊員」による組織内でのパワハラについて、勇気をもって告発したにも関わらず、兵庫県警は、これを隠ぺいし「パワハラはなかった」とする調査結果をまとめていたのだ。
2021年12月、「A隊員」が証人として裁判に出廷することが決まった。遺族の前に姿を見せるのはこれが初めてだ。
証人尋問が行われるのを前に、木戸巡査の父・一仁さんから電話が入った。「やっとA隊員に直接会って話ができる。正義感のある警察官であれば、当時、大地との間で何があったのかを洗いざらい話してもらいたい。それが真相に近づくために残された唯一の道だ」
しかし、遺族の期待は裏切られた。
「A隊員」は、証人尋問で木戸巡査の父・一仁さんがいくら問いただしても「何年以上も経っているので覚えていない」「その時の感情はわからない」と繰り返すばかりだった。
結局「A隊員」は自身のパワハラを認めず、木戸巡査や遺族への謝罪の言葉もなく、遺族とは目すら合わせずに法廷を後にした。
2022年6月、一審の神戸地裁は「A隊員」の行為がパワハラにあたると認定し、兵庫県に慰謝料として約100万円の支払いを命じた。一方、自殺とパワハラの因果関係については認めなかった。
読売テレビはこの判決を速報で報じた。判決直後、木戸巡査の父・一仁さんからニューヨークにいる私に電話が入った。さまざまな感情が交錯し、声が震えている。
「ようやくここまで来ることができた。『パワハラ』という4文字を認めさせるのに6年半以上もかかった。これまで一緒に闘ってくれて本当にありがとう。ただ、大地の自死の原因がパワハラだと認められない限り納得はできない。だからもう少しだけ頑張ってみようと思う」
父・一仁さんの声を聞いていると、それまでの取材が走馬灯のように頭を駆け巡った。機動隊員らの告発を隠ぺいし「パワハラはなかった」と結論付けた兵庫県警の調査結果。「報じる必要はない」と圧力をかけてきた県警幹部。真相を追い求める遺族に黒塗りの文書を出し続けた県警の対応。本当に長い道のりだった。
遺族は、自殺とパワハラの因果関係が認められなかったことを不服として控訴した。驚いたのは、兵庫県警側もパワハラが認定されたことを不服として控訴したことだ。裁判所の判決をもってしても、兵庫県警は組織内でパワハラがあったという事実を否定する姿勢を崩さなかった。
しかし、二審の大阪高裁も「A隊員」の行為がパワハラにあたるとの認識を変えることはなく、双方に和解勧告を出した。
和解条項案には「A隊員」のフルネームが記載された上で、「兵庫県はA隊員が木戸大地巡査にパワハラを行ったことにより、精神的負荷を加えたことを真摯に反省し、遺族らに対し謝罪する」と明記された。
その上で、兵庫県が木戸巡査の両親に対し142万円の和解金を支払うことになっている。ただ、自殺とパワハラの因果関係については言及されていない。
木戸巡査の父・一仁さんは、因果関係が認められなかったことを「無念だ」としつつ、これまで費やした裁判費用などが700万円以上に上っていることなどから、これ以上闘い続けるのは気力、体力ともに限界だとして、和解勧告を受け入れることを決断した。
和解は3月22日に成立する見込みで、警察組織を相手とした遺族の長い闘いに終止符が打たれる。
兵庫県警の植村琢也監察官室長は「ご遺族の心労や心情を慮って、双方が歩み寄った形で解決を図ることが妥当と判断し、和解に応じることになった」とコメント。組織内のパワハラが認定されたことへの言及はなく、木戸巡査や遺族への謝罪の言葉もなかった。
木戸巡査は、兵庫県警の警察官という仕事に誇りを抱いていた。息子の名誉を守るために闘ってきた遺族は、今でも兵庫県警という組織が、県民をはじめ国民から信頼される組織であってほしいと願っている。
「異例の連続自殺」をめぐり失われた信頼を回復するためには、今回の和解を受けて、兵庫県警がどう対応するかが問われている。和解条項案には「真摯に反省し謝罪する」と明記された。
兵庫県警が信頼に足る組織なのであれば、この書面だけで終わらせるのではなく、木戸巡査の遺影に手を合わせ遺族の目を見て謝罪すべきではないだろうか。2015年の内部調査で多くの隊員らが告発した組織内でのパワハラを、あの時に認め、しかるべき対応を取っていれば、8年半もの長きにわたり遺族がここまで苦しめられることはなかったはずなのだから。
失われた命はもう戻ってこない。兵庫県警には「真摯に反省し謝罪」した上で、二度とパワハラに苦しみ、自ら命を絶つ警察官が出ることのない職場づくりが求められている。それが、守ることができなかった仲間への償いだ。
■視聴者の声が遺族の力に
この8年半、「兵庫県警機動隊員連続自殺"マルキの闇"」の真相について、取材を続けてきました。放送のたびに大きな反響を頂き、VTRはユーチューブなどで合わせて数百万回再生されています。数多くのコメントも寄せられていて、その多くが兵庫県警への批判と遺族を励ますものでした。
木戸巡査の父・一仁さんは、警察組織との闘いに疲れた際、コメントを一つ一つ読み返しており、「皆様の声が警察という大きな組織に立ち向かう原動力となりました。大地のことを忘れずに支えて頂きありがとうございました」と語っています。
私自身も取材の過程でたくさんの勇気を頂きました。本当にありがとうございました。
橋本雅之
2014年読売テレビ入社。記者として神戸支局、大阪府警、大阪地検特捜部などを担当。報道番組のフィールドキャスターを経て、現在NNNニューヨーク支局特派員。北米や中南米のほか、ウクライナとイスラエルの戦地を取材。アメリカ赴任後も遺族と連絡を取り合い「マルキの闇」の取材を継続。
■悩みを抱えている人へ
厚生労働省や自殺の防止活動に取り組む専門家などは、悩みを抱えていたら自分だけで悩みを解決しようとするのではなく、専門の相談員に話を聞いてもらうなどしてほしいと呼びかけています。
【こころの健康相談】
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/jisatsu/kokoro_dial.html
【いのちの電話】
https://www.inochinodenwa.org/