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【法廷ルポ】「自殺するよ」遺族に詰め寄る被告に裁判長「やめなさい」 明かされた7人死傷事故の全容 遺族は涙の訴え「認知症の加害者より被害者を…」

2024年7月20日 9:30
【法廷ルポ】「自殺するよ」遺族に詰め寄る被告に裁判長「やめなさい」 明かされた7人死傷事故の全容 遺族は涙の訴え「認知症の加害者より被害者を…」

 大阪市生野区で個人タクシーが暴走し、歩行者などを次々とはね2人が死亡、5人がケガをした痛ましい事故の裁判。運転手だった被告の「認知症」の影響が争点となっている。遺族も参加する法廷内で「保険でお金が払われる」などと愚弄する被告と、涙ながらに「認知症の加害者ではなく被害者の人権を」と訴える遺族。裁判で明らかになった事故の全容とは―。(報告:丸井雄生)

■遺族が涙で陳述 裁判長が被告を制止「黙って聞く時間です」

 7月17日、大阪地裁の法廷で、証言台に立ったスーツ姿の男性。事故で亡くなった原井恵子さん(当時67)の夫だ。用意した書面を読み始めると、ほどなく涙声に変わった。

「私と妻は19歳と18歳の時に共通の友人を通じて知り合い、6年間の交際の後、結婚しました。2人の子どもを授かり、43年間、家族で楽しく過ごしてきましたが、事故によって私たちのささやかな幸せが一瞬にして破壊されました。事故の当日、亡くなった妻を見て、30分前まで一緒にいたのに、できることなら私が変わってあげたい、自分も一緒に死にたいと思いました」

 突然、車いすに座っていた白髪の男が身を乗り出した。

「自殺するよ」

 詰め寄ったのは過失運転致死傷の罪に問われている斉藤敏夫被告(76)。

 裁判長の「やめなさい、今は黙って意見陳述を聞く時間です」という声が法廷に響き渡る。

 その後も、斉藤被告は同様の行為を繰り返したたため、見かねた裁判長は一時的に弁護人の後方に移動させて距離を空けるよう指示した。

 続けて原井さんの夫は、涙ながらにこう訴えた。

「私は生きる希望を持てなくなりました。認知症を考慮して加害者を守るだけでなく、何も言えない被害者の人権も優先してほしいです。被告に厳罰をお願いいたします」

■個人タクシー暴走…左足でブレーキを踏む被告「教習所が間違っている」

 事故が起きたのは2023年3月20日。

 これまでの裁判によると、個人タクシー業を営んでいた斉藤被告は午前10時ごろにタクシーに乗って自宅を出発した。前日にも事故を起こしていたため、修理のために大阪府守口市にある自動車整備工場に立ち寄った後、保険手続きのために大阪市天王寺区にある個人タクシー組合本部に向かっていた。斉藤被告は不慣れなエリアだったため、道に迷っていたという。

 午後1時ごろ、大阪市生野区の片側3車線の「今里筋」で、交差点に差し掛かった際、赤信号にもかかわらずブレーキペダルを十分に踏み込まず交差点に進入。歩行者や自転車に乗っていた4人を次々にはねた。

 狼狽した斉藤被告は車を止めることなく、さらにアクセルペダルを踏みこんで急加速。時速約66キロまで加速させながら3つの赤信号を無視し、走行中の原付バイクと衝突して歩道柵に突っ込んで一時的に止まったが、斉藤被告は再びバックで急発進した。そして、走行中の車に衝突すると、反対側の車線にある歩道の植え込みに突っ込んで、車はようやく止まった。

 一連の事故により、交差点を歩いて横断していた原井恵子さん(当時67)と松中英代さん(当時73)の2人が亡くなり、衝突された車や原付バイクの運転手ら5人が重軽傷を負った。

 さらに、裁判では斉藤被告の特異な車の操作方法も明らかになった。

 運転していたタクシーはオートマチックトランスミッション車(いわゆる「AT車」)だったが、斉藤被告は、右足でアクセルペダルを、左足でブレーキペダルをそれぞれ踏んでいたという。ブレ―キペダルは右足で踏むと自動車教習所で教わることは分かっていながら、斉藤被告は「教習所が間違っている」と考えていたのだ。

■弁護側「認知症の影響、過失責任は問えない」

 裁判で争われたのが斉藤被告の「認知症」の影響だ。

 斉藤被告は初公判で「言い訳しない。自分が100%悪い」と起訴内容を認めたものの、弁護側は「情報処理の遅延など認知症の影響が相当程度あり、本件以前から事故が増えていた」と主張。「過失責任は問えず、過失が認められたとしても程度は低く、事故当日は道に迷い、普段と異なる状況に置かれていたことなど酌まれるべき事情がある」として、無罪や刑の減軽を主張した。

 検察側も、斉藤被告が認知症にり患していることは認めている。一方で、「事故当日、現場まで約3時間、約45キロにわたり走行していたが、その間、運転に異常は認められず他の車両や歩行者、構造物などへの衝突も確認されていない」としてブレーキ操作などを的確に行う能力を有していたと指摘した。

 また、『一日の中で比較的短時間のうちに意識レベルが変動することはない』という医師の指摘を踏まえた上で、「認知症の影響の程度は狼狽を増幅させたという間接的なものにとどまる」としている。

■遺族の面前で…何度も指でマルを作り「保険でお金が払われる」

 裁判の中で、受け答えはするものの、具体的な事故の原因を語ることはなかった斉藤被告。被害者参加制度を使って裁判に参加する遺族らがいる中で、何度も両手を頭上に挙げて、指をマルにするポーズを作りながら「保険でお金が払われる」などと言い放った。

 こうした言動に、検察側は「およそ真摯な反省も見られない」と厳しく指摘し、「高齢者ドライバーによる事故が後を絶たないことは周知のとおりで、一般予防の観点からも厳しい処罰が相当だ」として、禁錮5年を求刑した。

 判決は9月4日に言い渡されるが、認知症の影響と遺族が抱える処罰感情に対し司法はどのような判断をするのか―。

 結審を前に、裁判長から「何か述べたいことはありませんか」と尋ねられると、「何もありません」と小さな声で答えた斉藤被告は、遺族らが厳しい表情で視線を向ける中、手錠をつけられ、車いすを押されて法廷をあとにした。

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