五輪初トランスジェンダー選手出場のワケ
2日、オリンピック史上初めてトランスジェンダーを公表する選手が自認する性別で競技に出場します。トランスジェンダー選手出場はどのようなルールで可能なのか、IOCはなぜルールを変更したのか、専門家に聞きました。
■女子重量挙げに出場 ローレル・ハッバード選手とは
大会組織委員会などによると、ニュージーランドの重量挙げ女子代表のローレル・ハッバード選手は、10代から20代前半は男性選手として競技に参加していましたが、23歳で競技生活をいったん引退。その後、性別適合手術を経て、2017年に競技に復帰したといいます。
東京オリンピックでは、サッカーカナダ女子代表のクイン選手がトランスジェンダーであることをカムアウトして出場していますが、自認する性別カテゴリーで出場するのはハッバード選手が初めてです。
■IOCでは約20年前からルールを議論
IOC(国際オリンピック委員会)が性別変更のルールを最初に作ったのは2004年。性別適合手術などいくつかの条件のガイドラインを示し、トランスジェンダー選手のオリンピック競技への参加を認めましたが、参加者はいませんでした。
その後、2015年にガイドラインが改定され、性別適合手術は必須の条件ではなくなりましたが、直後の2016年のリオ五輪でもトランスジェンダーを公表する選手の参加はありませんでした。
IOCのトランスジェンダーガイドライン
(男性から女性へ移行する場合)
・性自認の宣言(4年間は変更不可)
・出場前最低1年間、血清中のテストステロン値(※注)が1リットルあたり10ナノモル以下・女子カテゴリの期間を通して上記基準を維持
(※注)男性ホルモンの一種
■「有利というエビデンスない」
スポーツとジェンダーが専門の中京大学スポーツ科学部・來田享子教授は、「トランスジェンダー選手が有利というエビデンスはない」と言います。
來田享子教授
「近代競技は男性に有利というスポーツそもそもの性質がある中で、男性から女性へのトランスジェンダー選手は有利ではないか?とずっと言われてきました。しかし、どの種目について何がどれだけ有利かという細かいエビデンスはありません。国際スポーツ医学連盟も、現行のルールは医学的に見て不平等ではないと言っています」
■トランスジェンダーの参加少なく 今後ルール変更の可能性も
一方で、LGBTQの中でも特にトランスジェンダーのアスリートがこれまでスポーツに参加しにくかったことから、情報が不足している現状があると來田さんは分析します。
來田享子教授
「トランスジェンダーのアスリートが自由にスポーツにアクセスできてこなかった。10年以上かかって少しずつルールが変わり参加者が増え、ようやく議論が進んで今に至っています。そのため、まだ情報が十分とは言えず、何が平等で公平なのか、科学的根拠が不足しています。トップアスリートに関する基準について、スポーツ界はまだ模索の中にあり、今の基準が絶対正解とは言えない。今後、ルールが変わる可能性もあります」
■性自認と違う体で競技続ける当事者も… スポーツが「自分らしく生き続ける手助け」に
その上で來田さんは、自分の性自認とは違う体で苦しみながら競技を続けるアスリートが多くいるとし、スポーツが全ての人にとって自分らしく生き続けられることの手助けであってほしいと言います。
來田享子教授
「思春期に性別変更をしたいと相談に来る当事者がいる。いま性別変更をすると、競技を捨てなきゃいけないということを理由に躊躇するケースもある。自分の性自認とは違う体で競技を続けなければいけない苦しさを持つ当事者は多いです」
「自分の思う自分らしさで競技することをなんとかして保証しようというのが今のスポーツ界。その人がその人らしくあるということが一番大切だという価値で国際的に動いてきています。オリンピックは圧倒的パワーで様々な人のあり方が肯定される機会。スポーツが自分らしさを阻害するハードルじゃなく、自分らしく生き続けられることの手助けであってほしいと思います」
來田享子(らいた・きょうこ)中京大学スポーツ科学部教授 東京オリンピック・パラリンピック組織委員会理事 日本スポーツとジェンダー学会会長
■写真:AFP/アフロ