【特集】「楽しいから強くなる」滋賀県の強豪、多賀少年野球クラブが全国の舞台へ!“自分で考え自分で行動する”独自の指導法とは
多賀少年野球クラブの辻󠄀正人監督は、子どもたちに言います。「楽しむからいいプレーが出る。そのことだけ忘れたらあかんで絶対に」。“楽しむからいいプレーができる”その言葉通り、県大会を勝ち進み全国大会への切符を手にした滋賀県代表・多賀少年野球クラブ。滋賀県ナンバーワンのチームが昨年8月、3度目の全国頂点を目指しました。
「楽しむ方が強くなる」辻󠄀監督の指導方針
楽しい野球が評判で、いつも笑いが絶えないチーム。教えるのは辻󠄀正人監督です。その練習は、多くの子どもたちを引きつけます。
(辻󠄀監督)
「一般的なチームでいう一番最初の練習ってランニングなんですよ。ただ、走るだけって面白くないじゃないですか。ボールを転がして競争させることによって走る、かなりの運動量走ってますけど、子どもたちはランニングとは思っていないです」
(辻󠄀監督)
「ギブ(アップ)していいからな!わかった?ほら!」
高学年になれば自らの選択でつらいことにチャレンジしたくなる、そんな指導法で、乗り越える楽しさを教えます。千本ノックも自主性を重んじています。監督のOKが出なくても、子どもが限界だと思ったら、ギブアップできます。何本もノックを受けて、だんだん疲労の色が見えてきました。すると監督は…
(辻󠄀監督)
「ギブ(アップ)か?ギブ?」
(選手)
「ギブ!!」
(辻󠄀監督)
「もうちょっとやったのに!」
(選手)
「あー!」
思わず出てしまう悔しそうな声…
(辻󠄀監督)
「一回ギブした子どもは絶対後悔するんです。絶対もう一回したくなるんです」
もう一度千本ノックにチャレンジ!たくさんの打球を受けて、もうくたくたです。
(辻󠄀監督)
「ギブでいいぞ!ギブしたら楽になるぞ!ラスト!ラスト!OK!拍手」
辻󠄀監督の言う通り、今度は最後までやり遂げました。
(辻󠄀監督)
「根性野球ですね!違いますけどでも。最近“令和の根性野球”って言ってるんですけど、自分から飛び込んで行ったらいいんですよ、つらい練習に」
チームの強さの秘訣は大人の指示ではなく、自ら考えて動くこと。試合中の辻󠄀監督の掛け声も「自分で行け!自分で!」「勝手にやれ!勝手に!」。子どもたちは自ら考えて監督のサインなしでゲームを進めるのです。監督は良いプレーを全力でほめる。これが、「楽しくて強い」多賀の野球です。
(辻󠄀監督)
「楽しいが目標じゃないんですよ。勝利が目標なんです。育成が目標なんです。その手段として楽しむ方が早くうまくなるんじゃないか、楽しむほうが他のチームよりも早く強くなるんじゃないか。」
6年前から「楽しい野球」をはじめた多賀少年野球クラブは、全国大会2連覇を果たした優勝候補です。
(監督)
「楽しくて強かったら、こんなにいいことないじゃないですか」
レギュラーから外された悔しさをバネに
どんな時でも絶対に監督の隣を譲らない選手がいます。6年生の辻󠄀毘優雅(ひゅうが)くん。
(毘優雅くん)
「(隣にいると)監督の話とかいろいろ聞けるし、自分がランナーに出たときにそういうことが分かってるからやりやすい」
毘優雅くんは、2022年初めて出場した全国大会で緊張に飲まれてミスをしてしまい、 ベンチでゲームを見守りました。6年生になってからも一度、レギュラーから外されています。
(辻󠄀監督)
「(毘優雅くんは去年)全く動けなかったし、多分すごく後悔しながら1年間過ごしてる」
(毘優雅くん)
「全国の時に弱気なプレーをしてしまったから、元気な姿で試合に出てこいって監督に言われた。レギュラーじゃないから、もっと練習してみんなにもっと信頼されようと思った。」
毘優雅くんは、雪辱を果たすため、この1年、朝から晩まで自主練習を続けてきました。夜のグラウンドに毘優雅くんの父親・一将さんの声が響きます。「ワンバン!丁寧に!そう!いいね!今のいいやん」野球経験のある父親を中心に、家族も一丸となってサポートします。練習の成果か、きわどい打球も的確に処理できるようになっています。
(一将さん)
「すごく自信をつけてきてるのかなっていうのは、最近少し感じるようになってきましたね」
毘優雅くんは、家に戻っても素振りを繰り返します。
(毘優雅くん)
「みんなが遊んでる時間とか、そういう時間に自分がやった方がいいプレーができると思う」
Q.しんどくない?
(毘優雅くん)
「楽しいからしんどいとかは思わへん」
チームメイトに毘優雅くんの印象を聞いてみると…
(チームメイト)
「笑顔っすよ普段は」「めっちゃ努力してるな」「努力はしてる」「努力家」「ずっと野球やってる」
みんな毘優雅くんの努力を認めています。
全国大会。迎えたチームは…?!
全国大会前の滋賀での最後の練習日。
(辻󠄀監督)
「最後、日本一の練習してから行くで!思いっきりいけよ!それがそのまま現実になるからな!!」
「ストライク!!ほら走れ!」
(子どもたち)
「イェーイ!」
決勝戦で最終のバッターを三振に取って優勝するイメージの練習でした。
2023年8月5日、東京都の明治神宮野球場で「高円宮賜杯 全日本学童軟式野球大会」が行われ、厳しい予選を勝ち抜いた各都道府県の代表、51チームが一堂に会しました。大会はトーナメント形式で、今回シード枠の多賀少年野球クラブは、5回、連勝すれば優勝です。
試合前日のミーティングではチーム全員で初戦の対戦相手を分析します。
(A選手)「全部のピッチャーインコースが弱い」
(B選手)「結構速い」
(辻󠄀監督)「みんなやんけほな全部足速いやん、足あるやんけ」
(C選手)「ピッチャーはランナーがいるときでも、スロー(ボール)を使ってくる」
(一同)「あーー」
(辻󠄀監督)「ほなスローを投げた瞬間から盗塁に変えてもいけるってことやな」
子どもたちが自分たちで分析して考えた作戦は、足を使って攻撃をどんどん仕掛けることでした。
(辻󠄀監督)
「じゃあこの分析関係なく、力でねじ伏せるぞ!明日はええな! よし!いこう!」
8月7日迎えた初戦当日。
(毘優雅くん)
「懐かしいな、ここまじで」
毘優雅くんは無事、スターティングメンバ―に選ばれました。
辻󠄀監督が選手全員に声をかけます。
「試合終了ってなったら、ふにゃふにゃふにゃふにゃってなるくらい(体力)全部使い切ってしまおうや。90分で使い切ってしまうんやで、ええな!」
「はい!」
選手たちは元気に答えていました。
試合相手は宮城県代表、大崎ジュニアドラゴン。全国大会に何度も出場している強豪です。一点を追う3回裏。毘優雅くんに打席が回ってきます。大きくスイングした打球はレフトの頭上を越えるクリーンヒット。毘優雅くんは塁に出ました。スタンドからの声援が響きます。このあと、毘優雅くんは自分たちで考えた作戦通り、早速2塁への盗塁を狙い成功。さらに、相手の隙をつき、さらに3塁へ。次の打者のショートへの打球で飛び出した毘優雅くんは、三―本間で挟まれますが、足を使って揺さぶり相手の悪送球を誘って見事ホームイン。同点に!ベンチが大いに沸きます。その後のバッターもヒットが続き、見事逆転しました。しかし、ここで監督が全員を集めます。
(辻󠄀監督)
「体が止まってしもてる。これが全国大会の怖さや。分る?どんなに練習しても、どんなに振り込んでも、ここに来たらバットのスイングが全然振れへん。そういうことにならんように、後悔せんようにやってくれ、ええな。体を動かせよ、肩動かしたら全部動いてくるから体。止めんなや、自分で止めてるんやぞ自分で」
監督の目にはいつものチームと違って見えたのかもしれません。
2点リードのまま迎えた最終回。セカンドゴロを取り損ねるなど、ミスが続き2人が出塁、長打が出ると同点のピンチに陥ります。それでも勝利までは、アウト1つを数えるのみ。しかし、次の打者のライト線への当たりで2人が帰って同点に。その後もさらにランナー1人がホームイン。逆転を許してしまいます。
その裏、多賀の反撃です。ツーアウトからフォアボールで出塁し、そのあと、盗塁が成功し一打同点のチャンスをつかみました。しかし、次のバッターが内野フライに打ち取られスリーアウト。多賀少年野球クラブは、初戦で敗退してしまいました。
散ってしまった全国優勝の夢…
試合終了後、グラウンドの外で、監督が選手を集めます。
(辻󠄀監督)「全力発揮できたっていう人手上げてみ」
ほとんどの選手は手を上げません。
(辻󠄀監督)「できてなかった人手上げてみ」
多くの選手が手を上げました。
(辻󠄀監督)「これがお前らの力や。この全国で力の出せる選手で戦っていこうと思ってるのに、全く動けんかった」
試合の途中で監督が口にしていたことが、現実となってしまいました。
(キャプテン)「大声援ありがとうございました」
応援団への挨拶のあと、多くの選手が涙を流していました。
(辻󠄀監督)
「やっぱり勝たなあかんな、どれだけ楽しくやってても勝たなあかん」
まさかの初戦敗退。監督の顔から初めて笑顔が消えました。
試合の翌日。自らのプレーを反省した毘優雅くんたちはすでに次の近畿大会を見据えていました。“自分で考えて自分で行動する”これも監督の教えです。
(辻󠄀監督)「子どもはケロッとしてる。もう全然ですよ、切り替え早い早い。無限の可能性を持ってる子どもですから、子どもってどんどんまたチャレンジしていくし、いいですよね。なんか、すごい力もらえますよね」
監督が子どもたちに声掛けをしています。
(辻󠄀監督)「これから最後まで12月まで、6年生強気で行こう!わかった?」
ハイ!
「強気でいくぞ!」
ハイ!
「いくぞ!」
ハイ!
「いくぞ!!」
ハイ!
「口だけか!」
ハイ!
???
じゃあがんばろな!
…
「なんやねん!がんばらへんのかい!」
苦しさを乗り越えた先に味わえる本当の楽しさがある。多賀少年野球クラブはもっと「楽しく強い」チームへ新たな一歩を踏み出しました。
(「かんさい情報ネットten.」2023年8月18日放送)