【特集】『ガガガSP』人気絶頂の裏で戦っていた酒と睡眠薬、2つの依存症…コザック前田さんの紆余曲折な音楽人生 今だからこそ…歌に込める魂のメッセージ「死ぬまで生きてやろうじゃないか」
神戸を代表するロックアーティスト、コザック前田さん。彼がボーカルを務める「ガガガSP」は、2000年代に「卒業」「晩秋」などヒット曲を次々と生み出し、“青春パンク”と呼ばれるジャンルを確立。結成26年を迎える今も、精力的にライブを行っています。また、前田さんは数年前に陥っていた「依存症」を公表し、同じ悩みを抱える人たちに寄り添う存在に。どん底を経験した彼だからこそ伝えられる“メッセージ”とは―。
「酒と睡眠薬でグチャグチャ」人気絶頂の裏で陥った依存症…バンド活動も休止に「自分の手には負えない感覚」
「ガガガSP」ボーカル・コザック前田さんは、神戸で生まれ育ちました。この日訪れたのは、近所の銭湯。老舗銭湯のリニューアルを記念したイベントに呼ばれました。
(♪晩秋)
“晩秋の夕暮れは 僕の心をまどわせる”
前田さん率いる「ガガガSP」の楽曲は、親しみやすいメロディと誰もが共感できる日常を歌った歌詞が人気。神戸を代表するミュージシャンです。
(お客さん)
「もちろん、神戸では有名なので」
「やっぱり、熱量」
「ハートがヤバいです」
前田さんは、神戸を拠点に活動するバンド「ガガガSP」のボーカルを務めています。2000年にCDデビューすると、数々のヒット曲を発表。人気アニメの主題歌やテレビCMにも楽曲が使用され、その人気は全国区のものになりました。
結成20年となる2017年には、約1万人を動員する大型イベントを成功させ、話題に。結成して26年、今も音楽シーンの最前線を走る「ガガガSP」。
しかし、その裏で前田さんは、「依存症」という大きな敵と戦っていました。
(前田さん)
「酒と睡眠薬でグチャグチャな状態というか…それが数年、だいぶ前から続いていました」
15年ほど前、ライブや作曲へのプレッシャーから不眠症になり、睡眠薬を服用するようになりました。
(前田さん)
「1日1~2時間しか寝られないという日が続いたんです。ずっとアドレナリンが出続けて、酒を飲んでも寝られないから、睡眠薬を飲んで寝るという…最初は健全な使い方をしていたんですけど、耐性がついてきて1錠じゃ寝られなくなり、それが2錠になり3錠になり…と増えていった記憶があります」
睡眠薬の過剰摂取によって、精神が不安定に。それをごまかすために酒の量も増え、2015年頃には、常に泥酔状態で過ごすようになっていきました。
(前田さん)
「生活にかかるプレッシャーや不安が、根本的な問題かなと思います。シラフの時間をなるべく減らしていきたいというか。テンションがガッと上がるので、それを利用してライブすると、そっちが本当の自分だと思ってしまうんです」
薬とアルコールへの依存が深くなり、バンド活動もままならないほどになっていました。
(「ガガガSP」ギター・山本聡さん)
「ライブ中に、記憶が飛ぶことがあったり」
(「ガガガSP」ベース・桑原康伸さん)
「打ち上げがあったらベロベロになって、人にブワーッて暴言を吐いたり」
(「ガガガSP」ドラム・田嶋悟士さん)
「何を言ったら良いかもわからないし…それなら何も言わないほうが良いのかなと思って。離れているのが一番安全かな、と」
(前田さん)
「『これ以上、飲めない』という感覚。底つき、というんですかね。『自分の手には負えない』という感じになりました」
限界を感じた前田さんは、周囲の勧めもあり、2017年にバンド活動を休止。精神科病院に入院し、強制的に酒と薬を断ち、本格的な依存症治療を受けることを決意しました。
「『今日も飲まなかった』の繰り返し」…依存症から回復、闘病を公表「同じような境遇で悩んでいる人の力に」
治療開始から、6年。今も月に一度、心療内科で診察を受けています。
(前田さんの主治医)
「『自分は病気じゃない』と思ってしまう患者さんも多くて、それが油断になって、また依存物質に手を出すこともあるので」
(前田さん)
「自分が治ったという意識はないというか…。『今日も飲まなかった』、その繰り返しでずっとここまで来ている感覚なので、それを忘れないようにしようという気持ちでいます」
治療を開始してからは完全に断酒し、睡眠薬の過剰摂取も起こしていません。治療が進むと共に、バンド活動を再開。純粋にライブを楽しめるようになったといいます。さらに、「同じような境遇で悩んでいる人の力になれば」と、依存症との闘病も公表して活動するようになりました。
(前田さんの主治医)
「他の患者が『依存症は回復する病気なんだ』という希望を持って、治療につながるようになれば、表現者として素晴らしいことだと思います」
(前田さん)
「変化ですかね。若いときは『自分が目立ちたい』『何かしてやろう』と思っていたのが、しんどい仕事をしながら、学校に行きながら、家庭がしんどい人もいるかもしれませんし、その中でライブハウスに来てくれる人に向けて、『今日一日、良かったな』と思ってもらえるライブができたらという意識が強いです」
どん底から支えてくれた妻が楽しみにする「高校生に向けたライブ」 今だからこそ伝えられるメッセージとは
この日、前田さんが訪れたのは、母校である神戸市の高校。創立40年を迎えた式典があり、 卒業生代表としてライブをしてほしいと、依頼が来たのです。薬物依存などの困難に直面しても前向きに活動を続けている前田さんに、白羽の矢が立ちました。
(神戸高塚高校・鈴木義章教諭)
「高校時代には、今の状態は想像していなかったと思うし、悩みもあったと思います。今の高校生も先が見えなかったり悩みを持っていると思うので、『自分もそうだったよ』『きっとうまくいくよ』みたいなメッセージを伝えてもらえれば」
(前田さん)
「いやぁー、責任が重いですね(笑)実際、全然良い例ではなくて、そういう人間が出るうえで何を届けられるのかというのは、今悩んでいます」
観客は、「ガガガSP」のデビュー後に生まれた高校生たち。20歳以上離れた若者に、何を届けられるのか―。悩む前田さんのライブを誰よりも楽しみにしているのが、妻・真奈美さんです。依存症によって精神が不安定だった前田さんを、結婚する前から傍で支えてきました。
(前田さんの妻・真奈美さん)
「出会ったときから、依存症はキツかったです。本当にキツいときで、『死にたい、死にたい』みたいな感じの人だったので…。この人を支えないと『ガガガSP』がなくなってしまうと思ったから、ずっと一緒にいました」
真奈美さんは、依存症と向き合う今の前田さんだからこそ、伝えられるものがあると信じています。
(真奈美さん)
「ライブを見て、みんな笑顔になっていて、『ガガガSP』を見て生きている人も多いと感じました。ここまで立ち直った人がいたら、やっぱり勇気づけられると思うし、プラスになると思っています」
「『ああいうバカみたいなヤツらがステージに立っていたな』『自分も生きてみようかな』と、そう思える一夜にできていたら」伝えたいことは全部、曲に―
記念式典当日。「ガガガSP」を知らない生徒たちにもメッセージが伝わるように、歌詞を表示することにしました。伝えたいことは全部、曲に。あとはいつも通り、心を込めて歌うだけ―。
(前田さん)
「こっちは、やること変わらないと思います。受け手が、どう取ってくれるかというのは、ありますけど」
式典には、約600人の生徒が参加。いよいよ、ガガガSPの出番です。前田さんが登場すると、会場からは大きな歓声が。
(前田さん)
「わたくし、12回生のコザック前田です。よろしくお願いします!」
コロナ禍で生まれた新曲「これでいいのだ」には、全てを肯定するメッセージが込められています。
(♪これでいいのだ)
“どうしたらいいだろう どうしたらいいだろう 僕は僕をやるしかなくて 高速で変わっていく景色さ これでいいのだ これでいいのだ 何度も自分に言いました 生きること青春のことを”
(前田さん)
「こんなに盛り上がってくれると思わんかった、ありがとうね!これからの人生、しんどいこともあると思いますわ。そのしんどい中でも、自分の寿命までは思い切り生きてやろうじゃないかっていう歌を、やらしてもらってよろしいでしょうか?」
(生徒たち)
「イェー!」
(前田さん)
「死ぬまで生きてやろうじゃないか!それぐらいが人生の目標で、良いんとちゃいますか?そういう歌です!『晩秋』!」
(♪晩秋)
“僕のアパートに残った君の思い出が 体中を駆け巡っています 思い出の品は全部捨てたのに 心の中に残っています”
大盛況の中、ライブは幕を閉じました。
(参加した高校生)
「コザック前田さんの熱い想いが伝わって、みんなで盛り上がって、楽しかったです」
「最高でした」
「僕は保育士になる夢があるんですけど、今日のコザック前田さんの言葉を聞いて、あぁ頑張ろうってなりました」
(前田さん)
「自分も紆余曲折あって、こういうステージに立てたから。いろんなことあると思うんです、生きてりゃ。でも『ああいうバカみたいなヤツらがステージに立っていたな』『自分も生きてみようかな』と、そう思える一夜にできていたら良いと思います」
(♪晩秋)
“人生とは多分そんなもんさ 死ぬまで生きてやろうじゃないか”
(「かんさい情報ネットten.」2023年12月8日放送)