【記者解説】冤罪「松橋事件」国に賠償命じる判決 弁護団が主張した「6つの違法」熊本地裁の判断は
■弁護士(2016年の会見)
「再審が認められました。あなたの無罪に向けて、これから裁判が始まります。わかりますか?」
裁判のやり直しを求めながら、認知症と闘っていた宮田浩喜さん。1985年に現在の宇城市松橋町で男性が殺害された「松橋事件」で逮捕され、懲役13年の判決が確定しました。
しかし、有罪の根拠とされたのは、捜査段階の「自白」のみ。宮田さんは服役後、「自白は強要されたもの」と訴え、再審を請求しました。
やり直しの裁判で注目されたのが、宮田さんの自白調書で「刃物の柄に巻き付けて犯行に及んだ後、燃やした」とされていた“シャツの袖”でした。弁護団が、燃やしたはずの袖が熊本地検に保管されているのを発見し、「自白の信用性を揺るがす」として冤罪を主張しました。
そして2019年、熊本地裁は「宮田さんを犯人とする証拠がない」と述べ、無罪を言い渡しました。事件から34年が経っていました。
■齊藤誠弁護士(2019年)
「宮田さんの無実が認められました。裁判所で無罪の判決が出ましたよ。とうとう。宮田さんは無罪です。よかったですね」
宮田さんは翌年、「警察官がウソの自白を誘導し、検察官は無罪の証拠を裁判に提出せず隠した」と訴え、国と県に8400万円あまりの賠償を求めて提訴。その後、87歳で亡くなったため、遺族が裁判を引き継ぎました。
冤罪はなぜ起きたのか。警察と検察に違法性は認められるのか。迎えた判決の日。
■内藤有希子記者
「『一部勝訴』を掲げました。国への責任が認められたということです」
14日の判決で熊本地裁の品川英基裁判長は、シャツの袖が見つかったことで、有罪は認められないと判断すべき状況になったと指摘。「地検がシャツが残っている理由を宮田さんに質問することなく有罪を求めたことは違法」と述べました。一方で、「県警の取り調べに違法性はなかった」として、国に対し2380万円あまりの支払いを命じる判決を言い渡しました。
弁護団が主張「検察・県警による6つの違法」
【スタジオ】
(緒方太郎キャスター)
取材した司法キャップの花木瞳記者とお伝えします。裁判では、当時の熊本地検の手続きに違法な点があったと認定されたわけですね。
(花木瞳記者)
そうなんです。裁判で弁護団が主張したのが、熊本地検と熊本県警による「6つの違法」です。
①証拠隠し:地検
②長時間取り調べ:県警
③虚偽の自白を強要:県警・地検
④必要な捜査せず:県警・地検
⑤根拠不十分な起訴:地検
⑥裁判の強行:地検
(永島由菜キャスター)
こうした主張に対して、熊本地裁はどう判断したのですか?
(花木瞳記者)
熊本地裁が違法と認めたのは、⑥「裁判の強行」の1つだけでした。
有罪の根拠とされたのは宮田さんの「自白」のみでしたが、その自白の中で「燃やした」とされていたシャツの袖が見つかったのに、熊本地検が自白の信用性を改めて見直すことなく有罪を求め続けたことが違法と判断しました。
(緒方太郎キャスター)
弁護団は、熊本地検が「シャツの袖」を裁判に提出しなかった「証拠隠し」について強く批判していましたが、この違法性は認められませんでしたね。
(花木瞳記者)
熊本地検は、「裁判所から命令されていない証拠を開示する義務はない」と反論していましたが、熊本地裁も地検の主張通り、違法とは認めませんでした。
(緒方太郎キャスター)
最近では、福井県の「福井事件」で検察側の証拠隠しが不当とされる事例がありましたが、松橋事件では「証拠隠し」は違法と認められませんでしたね。
(花木瞳記者)
弁護団は、この点を厳しく批判しています。
■斎藤誠弁護士(判決後の記者会見)
「国に対しては勝訴したということは良かったが、大事な証拠の隠ぺいという意味では、福井事件と同じように正面から取り上げてほしかった」
(永島由菜キャスター)
弁護団にとっては、熊本地検の証拠隠しと熊本県警の捜査が違法と認められなかったことで、不十分な判決だったようですね。
(花木瞳記者)
判決を受け熊本県警の松見恵一郎首席監察官は、「今後も引き続き、県民の期待と信頼にこたえる警察活動の推進につとめてまいります」とコメント。熊本地検は「判決内容を検討し、関係機関及び上級庁と協議した上で適切に対応していきたいと考えている」とコメントしました。
熊本地検の違法性が認められたとはいえ、宮田さんはすでに亡くなっています。司法に求められるのは冤罪を検証することで、同じ誤りを二度と繰り返さないことであるはずです。
弁護団は今後、控訴するかどうか検討する方針です。