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【「東日本大震災」で43人が犠牲 南三陸町「旧防災対策庁舎」】南三陸町長が意向表明 現在の「県管理」から「町の’震災遺構’として所有・維持管理」へ(宮城)

2024年3月1日 16:34
【「東日本大震災」で43人が犠牲 南三陸町「旧防災対策庁舎」】南三陸町長が意向表明 現在の「県管理」から「町の’震災遺構’として所有・維持管理」へ(宮城)

宮城・南三陸町の佐藤仁町長は、現在 宮城県が管理する「旧防災対策庁舎」について、今年6月に県から返還を受け7月から町の震災遺構として保存する意向を表明した。

宮城・南三陸町 佐藤仁町長
「旧防災対策庁舎について、今年6月30日をもって町に返還いただき、以後町で所有、管理することと判断しました。この町が被災した事実、歴史を確かに伝えていくことが、町で旧防災対策庁舎を所有し維持管理していくことが必要と考えました」

南三陸町の「旧防災対策庁舎」は、東日本大震災で3階建ての建物の屋上まで津波にのまれ、町の職員など43人が犠牲となった。

南三陸町では、遺族への配慮や管理費用の問題などから、2013年には旧防災対策庁の「解体」を決定していた。

その後、県は「保有の是非について時間をかけて考える必要がある」として2031年3月まで県が管理・所有することにしていた。

佐藤町長は、「旧防災対策庁舎」について、今年6月に県から返還を受け、7月以降は町の震災遺構として保存するとしている。

県の所有期間まで7年を残して判断した理由については、自分の町長としての任期中に結論を出すべきと考えたことや、時間の経過による「旧防災対策庁舎」への町民の感情の変化をあげている。