【今こそ“湯治”】宮城県内の温泉地で「行楽地巡りをしない」で「温泉に入って寝るだけの“湯治”」に魅せられる旅行者増加中 背景に<現代が抱える課題>
GW中、旅行を楽しんでいる方も多いのではないか?
宮城県内の温泉地では、普段の疲れを取るために行楽地巡りをしないで温泉に入って寝るだけの“湯治”に魅せられる旅行者が増えている。
背景には、現代が抱える課題があった。
宮城・大崎市「鳴子温泉」。
創業100年の旅館大沼。
この数年、宿泊客の旅のスタイルに大きな変化が見られる。
宿泊客
「ノープラン、ぼーっとする旅行が好きです。観光はゼロ、予定はブロックする。ゆったり何もしない、今の時代には必要なのではないか」
旅館大沼・湯守 大沼伸治さん
「忙しく観光地を動き回ってSNSに上げる旅よりも、“何もしないで温泉に入ってゴロゴロしたりぼーっとする"のが非常に新鮮に感じている」
何もせず温泉に入るだけの旅で人生が変わったと話すのが、兵庫在住の金子友信さん(40)。
以前は大手信託銀行で顧客の資産を運用する仕事をしていた。
兵庫在住の金子友信さん(40)
「何十億、何百億、何千億という 資産を扱う富裕層ビジネス、感覚を押し殺して生きてきた。 気が付いたら他人の人生を生きているみたい」
仕事でのプレッシャー。
接待も多く、睡眠は2~3時間。
大病をきっかけに会社を辞めた。
人生をやり直すためにたどり着いたのが 、"湯治"だった。
兵庫在住の金子友信さん(40)
「自分にとって大切なこと、大切にしたいことに気付ける場所が、"湯治"との出合い」
1985年当時の鳴子温泉。
"湯治"とは、けがや病気の療養や農閑期などに、農家などが数日から数週間、温泉宿に長期滞在する習慣だ。
7種類の泉質がある鳴子温泉は、江戸時代から全国屈指の湯治場として知られてきた。
しかし、高度経済成長の時代に入るとレジャーの多様化で、"湯治"は衰退し古めかしいイメージも強くなった。
それに伴い、鳴子温泉の宿泊者数も減少の一途を辿ってきた。
そこに、新型コロナが追い打ちをかけた。
一方で、近年「働き方改革」が求められる中、“休み方”の一つの手本として"湯治"が注目されている。
旅館大沼・湯守 大沼伸治さん
「(昔は)農家の方が2~3週間湯治に来るけど、お風呂入っているか寝ているかどっちか、常にゴロゴロ寝ていた。それが心身を復活させる大きなカギだったことが分かってきた」
首都圏から訪れた人
「普段身にまとっている鎧があって一枚二枚とめくれていく」
長野から訪れた人
「古い文化だけど、今の人に一周回って刺さる」
愛知から訪れた人
「温泉入るだけと思っていたけど、 "湯治"は引き算、引いていくと本当の自分に出会える」
"湯治"は、若者からも関心を集めている。
東京大学温泉サークルのメンバーだ。
旅館大沼では、自炊施設を完備していて、大学生は持ち込んだ食材で夕食を作った。
「カンパイ」
"湯治"に魅力を感じるのには、イマドキの事情もあった。
東京大学温泉サークルのメンバー
「スマホ置いてパソコンから離れぼーっとする時間が大事」
「スマホから離れようと思っても逆に罪悪感がある。温泉入った時は、ハァみたいな何も考えず力を抜ける瞬間は貴重」
"デジタルデトックス"も、目的の一つ。
旅館大沼・湯守 大沼伸治さん
「若い人はデジタルを使いこなせる分、逆に縛られている。"デジタルデトックス"をやってみたくなる雰囲気が湯治場にある」
古くて新しい"湯治"には、国も注目している。
旅館大沼で、去年11月に始まった経済産業省の実証事業「寝・湯治プロジェクト」。
"湯治"にどのような睡眠効果があるのか、科学的に検証する取り組みだ。
参加者は、睡眠時の脳波など正確に測定できる機器を取り付ける。
兵庫からの参加者
「睡眠に関心があって参加した」
"湯治"を体験して、睡眠が普段とどのように変化するか調べる。
プロジェクトの代表を務めるのが、睡眠医学の第一人者でノーベル賞受賞も期待される医師の柳沢正史さん。
睡眠時の脳波を測定、AIで解析し、改善アドバイスを利用者にレポートするサービスを提供している。
医師でS'UIMIN社長 柳沢正史さん
「ゆっくりお湯に浸かるのは科学的に根拠のある、万人に通用する睡眠の質を上げる数少ない方法の一つ」
プロジェクトの背景には、日本人の深刻な睡眠不足がある。
日本人の平均睡眠時間は7時間22分と世界で最も少なく、半数近くが睡眠に不満との調査結果もある。
医師でS'UIMIN社長 柳沢正史さん
「毎晩睡眠不足が続けば、脳のパフォーマンスが落ちる。アンガーマネジメント、怒りのコントロールもできにくくなる。寝不足になると嫌な奴になる。 性格が悪くなると言ってもいい」
柳沢さんは、睡眠不足はうつや認知症などのリスクが高めるばかりか、注意力の欠如により仕事の生産性を低下させたり、事故のリスクを高めたりすると指摘する。
睡眠不足による経済損失は、日本全体で15兆円にのぼるとの試算もある。
医師でS'UIMIN社長 柳沢正史さん
「寝る間も惜しんで頑張ることに 美徳観が未だある。よく眠る国の方がリッチでGDPも高い傾向にある。寝る間も惜しんで働くコンセプトはナンセンス」
プロジェクトの進捗を視察した担当者は、睡眠不足は日本経済の喫緊の問題だと指摘する。
経産省から事業委託される日本総合研究所 土屋敦司さん
「解決策として、温泉は掴みやすい。 良い睡眠をとってもらう取ることの良さを知るきっかけになるため、睡眠×温泉は広がっていく」
今回、2泊3日の"湯治"に参加した4人の男女は、睡眠データを確認した。
睡眠の深さや血中濃度など詳細が、グラフなどで可視化される。
試験者
「今日の睡眠はすごかった。温泉効果があった」
「寝ている自分の実感と、データがすり合う」
「勘違いしていた。寝始めてから寝付けなかった印象だったが、実は寝ていたことが分かって安心した」
医師でS'UIMIN社長の 柳沢正史さん
「客観的にも半数が睡眠の質が良くなる。科学的な意味でもこたえがありそう」
プロジェクトには、これまで20人が参加。
睡眠データは、今後 詳細に分析される予定だ。
旅館大沼・湯守 大沼伸治さん
「しっかり寝て疲れをとる旅、そんな旅もあっていい。睡眠に不安が出てきたら温泉に行って寝てみようかなという動きが出て来るとうれしい」