「動物福祉」でどう変わる?動物たちがストレスフリーに過ごすために…動物園・畜産業の取り組みとは
2023年、開園35周年を迎えた愛媛県立とべ動物園。国内で初めてホッキョクグマの人工哺育に成功したピースや、日本で唯一、家族で暮らしているアフリカゾウなど…147種、634の動物が生活しています。
動物をたくさん集め手狭な柵の中で飼育 動物園は“人間の娯楽のための施設”だった
今から70年前の1953年、昭和28年に開園した県立道後動物園。動物たちの過ごし方も、施設も今とはずいぶん違うようです。
チンパンジーが自転車に…竹馬にも…
ライオンは、狭い檻の中にいるように見えます。
動物の視点で考える。動物たちを取り巻く価値観に今、大きな変化が訪れています。
青木アナ:
「園長はずっと開園当初からいらっしゃる?」
宮内園長:
「はい、道後動物園からの移動のときもおりました」
2023年春から園長を務める宮内敬介さんです。
道後動物園の敷地面積は、現在のとべ動物園の4分の1ほどだったと言います。
宮内園長:
「狭いところに獣舎は建ってて長屋形式みたいなところに動物がいたっていうような昔ながらの感じの動物園ですね。高度経済成長の時、色んな施設ができて、そこでお金儲けをしたりとか、 民間の資本が入ったりとか、そういう遊園地的な位置づけで国内にたくさんの動物園ができたんだと思います」
動物をたくさん集めて、手狭な柵の中で飼育する。当時の日本において、動物園は基本的に“人間の娯楽のための施設”という考え方のもと運営されていました。
「動物を見世物とするのでなく動物から学べる場に」自然豊かな施設に大移動
しかし、1987年。
初代園長 山崎泰さん:
「37種135点の動物たちが第一陣としてとべ動物園に参ります」
道後の動物たちが砥部町に大移動。自然豊かな環境のなか初代園長・山崎泰さんのこだわりが詰まった施設は当時、全国でも革新的でした。
宮内園長:
「このモート(堀)形式で動物が見られる無柵放養式っていう生態展示っていうんですけど。とべ動物園が先駆けと言っても過言ではないですね」
“柵がない”広々とした運動場。
そして、動物たちの生息地ごとに園内をエリア分けする方法。
宮内園長:
「ものすごい思いを語られました。『みんなここに来たら、豊かな心で帰らんといかん』っていう感じで、それで『楽しまんといかん』と。『楽しむっていうのは、動物を見世物としてとらえるんじゃなくて、動物から何かを学べるようなことを考えんといかん』」
“山崎イズム”は今のとべ動物園にも脈々と受け継がれ、さらに進化しようとしています。
青木アナ:
「どういうことが特に変わってきていますか?」
宮内園長:
「動物側を軸に置いた考え方ですね、動物福祉」
動物の気持ちを考えない園はなくなる?世界で重視される“アニマルウェルフェア”とは
“動物福祉”。
動物たちが心身ともに健康に過ごせるよう動物の目線で考え、配慮すること。
アニマルウェルフェアとも呼ばれ、ヨーロッパを中心に近年、世界的に重視する流れが加速している考え方です。
宮内園長:
「たくさんの動物を集めて、これだけ動物の種類を飼ってるんですよっていうのが動物園のステータスにはならない訳です。どれだけ動物の気持ちを考えて動物飼育をしているか。動物福祉に配慮をしないと動物も入手できませんから。それをしないと将来動物園というのは必要とされなくなるという危機感もあります」
青木アナ:
「動物の視点で考える。全国各地の動物園で動物福祉を向上させる取り組みが進められています」
開園は明治36年。120年の歴史を数える京都市動物園が今、最も力を入れているのが…
京都市動物園 生き物・学び・研究センター 山梨裕美主席研究員:
「毎年全ての種ではなくて、優先的にこのエリア、この動物種の動物福祉を考えていきましょうというターゲットを決めて、話し合って、向上させていって、それを評価するっていうような流れを作ってます」
野生での暮らしを反映した環境づくり 動物たちが“居場所を選べる”ことを重視
その一例が…
山梨さん:
「上にキンタロウっていう子どものゴリラが今天井に張りついてて、食べ物を取ってますね」
こちらの施設では、4頭のニシゴリラファミリーが暮らしています。
山梨さん:
「この施設を作るときに当時の飼育担当者が京都大学の研究者とアフリカに行って、実際に野生のニシゴリラを観察して、その動物の本来の性質というものが発揮できるように工夫されている」
木の上で過ごすことが多いニシゴリラ。空間を三次元で利用できるように、ポールやロープを設置したり、定期的に木を植えたりしているということです。
(ガラスを叩くキンタロウ)
青木アナ:
「ゴンゴンしてる」
山崎さん:
「やんちゃです」
「若くて好奇心も旺盛なので、来たい時には人間の方にも来るし、別にそういう気分じゃない時は木の陰に隠れたりとか、高いところで休んだりして“選べる”というのはすごく大切なことで」
気持ちを言葉で話せないからこそ、動物福祉を実践する上では選択肢を増やすことが重要だといいます。
望ましい環境が作れない場合は“飼わない選択”も
こちらには、3年前までトラではなく、ライオンが暮らしていたそうですが…
山梨さん:
「京都市動物園ではもうライオンは飼育しないという方針に転換しています」
本来群れで暮らすライオンにとって、十分な広さを確保できないなど、望ましい環境を作るのが難しいことから、飼育をしないことを決断。
実は動物にとってはストレスだった!「ふれあい体験」を学び中心のプログラムに
さらに、現在推し進めているというのが…
山梨さん:
「少し前までここはふれあいルームっていうお部屋の名前になってまして、テンジクネズミとかウサギを触るプログラムをやる場所でした。触るだけが目的になってしまったとしたら、動物にとってもそんなに嬉しくない」
3年前、コロナの流行を受けて触るプログラムを中止したとき、テンジクネズミの診療件数が減少したのです。触られることでテンジクネズミがストレスを感じてしまっている…
そこで誕生した、新しいプログラムが!
担当者:
「これから“テンジクネズミのすきをMIKKE”始めていきます。これから皆さんにはここにいる テンジクネズミさんのお部屋を作っていただきます」
参加者はテンジクネズミの原産や人間との関係を学んだあと、部屋のレイアウトに挑戦します。
青木アナ:
「山岳地帯に住んでたってことはごつごつしててもいいんじゃなかろうか」
テンジクネズミの暮らしぶりを想像しながら、平坦な空間にならにように配置してみました。
果たして、気に入ってくれるのか!?
青木アナ:
「あ、来た!この不規則な配置に反応してる。ここのトンネル通ってくれてる。嬉しい!」
テンジクネズミはトンネルがお気に入りの様子。穴に身を隠す習性が関係しているようです。
青木アナ:
「かわいいだけじゃなくてどんなことが好きなんだろう、どうやったら快適に過ごせるん だろうって、深く考えるきっかけになりました」
ストレスは小さく、学びは大きく。MIKEEルームは、今後展示物を増やし、2023年度中により学べる空間として生まれ変わるそうです。
山梨さん:
「もう今はどの分野でも動物と関わる上ではその動物福祉に配慮するっていうのは大きな流れになっています」
国が新指針発表「家畜がいかに快適に暮らせるか」畜産農家の大きな課題に
“動物福祉”の考え方は私たちがいただく命に対しても、例外ではありません。
青木アナ:
「こんにちはよろしくお願いします」
池田さん:
「よろしくお願いします」
青木アナ:
「うわ大きいですね~牛さん」
池田さん:
「来年の4月に出荷予定の牛ですね」
愛南町で畜産業を営む池田一成さん。飼育する牛は100頭を超えます。
池田さん:
「牛は面白いですよ。人と一緒でやっぱ一人一人顔も違えば性格も違うので、もう本当牛1頭1頭を見ながら その子に合った育つ環境を提供できるようには心掛けて飼育しています」
2023年7月、農林水産省はアニマルウェルフェアに関する飼育管理の新たな指針を公表。国内の畜産業においてもいかに家畜が快適に過ごせるかという考え方が、重視され始めています。
池田さん:
「ここがまだ床替えをしていない状態ですね。見てもらったら分かるんですけど、みんな牛たち立っとるでしょう。この状態ってやっぱり床が汚くてリラックスして寝られないんですよね」
牛舎に敷くおがくずを定期的に替えるほか、栄養バランスの調整や毎日の健康観察など、牛がストレスフリーに過ごすための努力を怠りません。
ただ、個々の畜産農家が動物福祉を実践していくには現状、高いハードルがあると言います。
池田さん:
「物価高騰だとか、餌代も高騰する中で、ものすごく今畜産農家は経営がすごい大変で。今後の課題として、畜産農家繁殖農家も肥育農家も一人一人が、愛情込めて育てる環境を良くするだとか意識してやっていけば、ブランド価値も上がってくるのかなと」
豚たちは“最大のパートナー” 耕作放棄地で放牧をはじめた若き養豚農家の夢
一方、こちらは西予市宇和町。
青木アナ:
「田んぼに囲まれた土地の中に豚がいますよ!」
のどかな田園風景の中に…豚!?
訪ねてみると…
青木アナ:
「異様な光景というか…」
長岡さん:
「そうですね。なかなかこういう土地で豚を飼うことはないと思います」
管理しているのは、長岡慶さん26歳。
長岡さん:
「耕作放棄地を利用して放牧しています」
西予市三瓶町出身の長岡さん、京都で大学時代を過ごしそのまま関西で就職もしましたが「情熱を注げる仕事に就きたい」と、祖父の代から続く養豚の仕事を継ぎました。放牧を始めたのは1年半前だと言います。
長岡さん:
「1年目はずっと養豚場で働いてて父の見習いをしてたんですけど、その中で何か豚がストレスを感じているなっていう時が多々あって、もっと健康的にのびのびと育った豚を自分は食べたいし、 皆さんに届けたいって思ったので放牧しようと思いました」
青木アナ:
「のびのびと過ごしてる感じしますよね、豚さんたち」
長岡さん:
「自然のままありのままだと思います。養豚場の中では結構薬を使うこと。注射を使ったり、 抗生物質を使うことが当たり前だったんですけど、放牧してからはもうほぼ使ってないですね」
豚が健康に過ごせるだけでなく、鼻で土を耕したり糞尿をしたりすることにより、荒れて固まった耕作放棄地が豊かな土地になる。豚にも土地にもメリットがあるといいます。
現在、市内10か所の放牧地をローテーションで活用し30頭ほどの豚を放牧している長岡さん。
きっかけは“動物福祉”でしたが…
長岡さん:
「若者たちが帰ってきてくれたらいいなと思ってます。農業をする時って割とハードルが高いというか、農地を準備してみたいな工程があると思うんですけど、そういうところで私たちが『こういう土地があるから使ってみない?』っていう提案もできるかなと思って」
豚が耕すことで耕作放棄地を復活させ、農業をしたい若者が定着する。のびのびと過ごす豚たちが地域活性化の大きな可能性を秘めています。
長岡さん:
「癒しをくれつつ、農地も耕しつつで、私たちの食も豊かにしてくれる最大のパートナーだと思ってます」
動物たちの幸せな姿を第一に 進化を続ける動物園
再び、とべ動物園。
マントヒヒなどサルたちが暮らす獣舎を、4年後を目標に完全リニューアルするプロジェクトが進行中です。
青木アナ:
「これってスロープみたいな感じなんですか?」
サル・ヒヒ舎担当 連有吾キーパー:
「そうですね。2階に上がれるような作りになってまして、上からも動物たちを観察できる。(運動場の)面積も広くなりますし、高さも高くなるので。ちょっと離れたところに飛び地放飼場もあって、これまでより色んな行動ができるのかなと。動物福祉のことがよく考えられた施設にしていかないといけないと思ってます」
“動物福祉”という価値観のもと、進化を遂げようとしている動物園。
とべ動物園、初代園長の山崎さんは開園前、こんな思いを口にしていました。
(道後動物園記念誌より)
「パンダやコアラがいなくても何が違うのだというと、愛媛の動物園には心があるんだ。 本当にキーパーが違うんだ。楽しい夢が育つようなところなんだ」
動物たちの輝く命。安全でおいしい食。
他の生き物への思いやりがなければ、未来へ繋いでいくことはできません。
宮内園長:
「動物が幸せになってその姿を見て自分たちも幸せになるっていうところで、やはり豊かな心を育むということに繋がるんじゃないでしょうか。共生していくことを考えないと、私たちの幸せもないと思ってます」