焼津の漁船「第五福竜丸」水爆実験被ばくから71年 ビキニデー集会で核兵器の廃絶訴える(静岡)
1954年、焼津の漁船「第五福竜丸」がアメリカの水爆実験に巻き込まれ乗組員らが被ばくした日が忘れ去られないようにと、3月1日、核兵器廃絶を訴える集会が焼津市で開かれました。
1954年3月1日、アメリカがマーシャル諸島で行った水爆実験に焼津の漁船「第五福竜丸」など多くの漁船が巻き込まれ、乗組員らが被ばくしました。
1日開かれた集会には、1300人の参加者が会場を埋め尽くしました。主催者で、県労働組合評議会の菊池 仁 議長が広島・長崎の被爆から80年のことしが核兵器のない世界を実現する運動を飛躍させる年になるように、と呼びかけました。
続いて、焼津市の中野市長もオンラインで「核兵器廃絶と恒久平和の実現」を訴え続けるとあいさつしました。
また、会場では、焼津中央高校合唱部と静岡うたごえ協議会による合唱も披露され、核廃絶を参加者に呼びかけました。