叶わなかった娘との再会 横田めぐみさんの父・滋さんの死去から4年 残された写真が伝える思い 《新潟》
北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの父・滋さんが亡くなって6月5日で4年です。娘の成長をカメラにおさめてきた滋さん。思い出を刻んだ写真はいま、父の思いをしずかに語りかけます。
仲睦まじく写真に写る家族…
笑顔を見せる少女はいつも家族の中心でした。
拉致問題の解決を願い、新潟市の大学に設けられたパネル展。
〈学生〉
「ニュースとかで何回か見たことはあるが、詳しくはよく分からなかった」
〈学生〉
「普段当たり前に生活していることが急にできなくなったり、日常生活が脅かされることがとてもこわいと思った」
横田めぐみさん。
1977年11月15日、当時13歳だっためぐみさんは中学校の下校途中、北朝鮮の工作員に拉致されました。
めぐみさんの父・滋さんと母・早紀江さん。
失踪から20年後の1997年、新潟市の古町で救出のための署名活動が始まりました。
〈横田滋さん〉
「いまだに大勢の拉致被害者が北朝鮮に拘束されたまま帰ることがきません。大勢の日本人を救うためによろしくお願いします」
時間を惜しむように全国を飛び回ったふたり。重ねて公演の数は1400回を超えました。
カメラが趣味だった滋さん。
娘の成長、家族の思い出を写真に収めてきました。
〈早紀江さん〉
「もう好きでずっと撮っていましたよ。分娩室まで入ってきたんだから写真撮りに」
〈滋さん〉
「それであなたは新聞記者ですかって言われちゃって、いえそうじゃないんですけれどもって言ったらもう出てくださいって言われちゃって」
娘の救出に人生を捧げた滋さん。
2020年の6月5日、再会を果せぬまま87歳で息を引き取りました。
滋さんがなくなって6月5日で4年。
めぐみさんの拉致からことしで47年。
ただ、時間だけが過ぎていきます。
〈学生〉
「お父さんの中では、拉致があったところから時が止まっているのかなと思った」
〈学生〉
「活動を続けながらも、結局会えずに亡くなって、すごく無念だと思いました」
滋さんが亡くなった年齢をひとつ重ね88歳になった早紀江さん。
〈横田早紀江さん〉
「(拉致問題は)こんな重大なことなのに何でちっとも動かなくて、(被害者のことも)何にもわからないんだろうねってため息つきながら(滋さんの写真に)話しかけてますね。どうしても解決しないとだめなんです。どんな形かできちんと」
もう一度、めぐみと…滋さんが残した写真はその思いを今に伝えます。