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【ナゼ】元大阪地検検事正“性的暴行”裁判で再び垣間見えた検察組織の『闇』…被害女性検事の涙の訴え「なぜもっと早く…」同僚による“情報漏洩”“侮辱”刑事告訴も

2024年10月27日 12:00
【ナゼ】元大阪地検検事正“性的暴行”裁判で再び垣間見えた検察組織の『闇』…被害女性検事の涙の訴え「なぜもっと早く…」同僚による“情報漏洩”“侮辱”刑事告訴も
元大阪地検検事正・北川健太郎被告(画:竹本佐治)

 卑劣な事件の背景には、“またもや”大阪の検察組織としての問題がはらんでいるかもしれない―。そう感じざるを得ない裁判の幕開けとなった。大阪地検のトップである検事正を務めていた男が、部下の女性検事に性的暴行を加えた罪に問われる裁判。事件から6年の月日がたち、男は起訴内容を認め謝罪した。会見で女性検事が涙ながらに語ったのは、「被害を受けてから約6年間、本当にずっと苦しんできた。なぜもっと早く罪を認めてくれなかったのか…」という悲痛な叫びだった。

■“関西検察のエース”手錠をされ被告として法廷に…否認から一転、起訴内容を認め謝罪

 10月25日、大阪地裁の大法廷に手錠をつけられた状態で入ってきたスーツ姿の男。かつて法曹界では“関西検察のエース”と呼ばれ、大阪地検のトップである検事正にまで昇りつめた、弁護士の北川健太郎被告(65)だ。検事正に着任した頃の映像に比べ、頬が痩せているように見えた。

 そして、北川被告の対面側に座る検察官の傍らに設置されたパーティション。周りからは姿が見えないよう仕切られたその裏には、かつての部下である検事の女性が被害者参加制度を利用して出席した。

 傍聴席は満員で、抽選も行われた注目の裁判は、約10分遅れで始まった。北川被告の人定質問が行われる。傍聴席に届くか届かないかぐらいの、小さな声だった。

「北川健太郎です。弁護士です」

 起訴状などによると、北川被告は検事正在任中だった2018年9月、大阪市内にある官舎で、酒に酔って抵抗が難しい状態だった女性に対し、性的暴行を加えた準強制性交の罪に問われている。

 関係者によると、北川被告は逮捕直後、「同意があると思った」と犯行を否認していた。ところが、裁判が始まると方針を一転させた。

北川被告
「公訴事実を認め、争うことはしません。被害者に深刻な被害を与え、深く反省し謝罪したい。検察組織や関係する人たちにも多大な迷惑をかけ、世間を騒がせたことを誠に申し訳ないと思っています」

■突然の逮捕…いつ、どこで事件が起きたかも明かさなかった検察

 事件が明るみになったのは、今年6月。「被疑者北川に係る準強制性交等事件」という、突然の知らせだった。

 発表したのは大阪高検。大阪地検の上級庁に当たる組織であり、その発表の在り方も物議を呼んだ。

 明らかにされたのは「北川健太郎容疑者(当時)を準強制性交の疑いで逮捕した」ということのみ。いつ、どこで、どのように、被害者の性別、そして北川容疑者が容疑を認めているのかどうか、全て「被害者のプライバシーの観点」を理由に、高検は回答を差し控えるとした。

 性犯罪の場合、被害者の特定につながる情報を明らかにしないことは多いが、それと比べても異様なまでに検察が何も話したがらなかったのが、かえって各報道機関に違和感を抱かせ、当時もその高検の姿勢を批判する記事が多く見られた。

 逮捕から1か月後の今年7月、大阪高検が北川被告を起訴し、徐々に事件の輪郭が明らかになっていく。事件が起きたのは検事正在任中の2018年9月で、北川被告が暮らしていた大阪市内の官舎が犯行現場だと発表された。

 しかし、なぜ被害者の女性は事件から6年がたった今年に入って被害を申し出たのかは謎に包まれたままだった。

■“将来の検事総長候補”突然の退官…その裏で「死にたい。辞職を申し出ます」

 北川被告は石川県出身。金沢大学を卒業後、1985年、東京地検の検事として任官し、検察キャリアが始まった。翌年から主に関西地区の検察庁を中心にキャリアを重ね、那覇地検の検事正、大阪高検のナンバー2である次席検事、最高検の刑事部長などを歴任。

 2018年2月、大阪地検の検事正に着任。在任期間中には、森友学園への国有地売却をめぐる財務省の公文書改ざん問題を担当した。

 北川被告を知る関係者によると、事件捜査では筋読みを緻密に行いながら慎重に進め、決して無理をしないタイプだったという。リスクヘッジにも長けていて、検察上層部からも一目置かれる存在。大阪高検トップの検事長候補、ひいては関西から久しく出ていなかった全国の検察組織のトップ・最高検検事総長になる候補の一人とまでささやかれていた。

 ところが、大阪地検検事正の在任中だった2019年11月、定年まで残り3年を残して退官した。期待されていただけに周囲では「退官は早すぎる」と驚きの声も上がっていたという。

 後の裁判で明らかになるが、退官する5か月ほど前、北川被告は被害者の女性検事に対し、「死にたい。辞職を申し出ます」と伝えていた。

 しかし、退官時に事件のことは一切明らかにしないまま、「一身上の都合」とされていた。退職金を受け取り、何食わぬ顔でOBとして親しくしていた現役検察官らと飲み歩く北川被告の姿に、女性検事は「怒りや悔しさ」とともに「自己嫌悪」に苛まれたと明かしている。

■裁判で明かされた卑劣な犯行「これでお前も俺の女」 “口封じ”も「表沙汰にすると検察組織が立ち行かなくなる」

 25日に行われた初公判で、検察官が冒頭陳述を読み上げ始めると、卑劣な犯行の経緯が次々と明らかになっていった。

 女性検事は知人らとの懇親会の後、二次会を断って一人で帰ろうとタクシーに乗り込んだところ、北川被告に座席の奥に押し込まれ、2人で官舎へと向かった。酒に酔って泥酔状態になっていた女性。記憶が戻ってきたときには、北川被告が性的暴行に及んでいたという。

 女性検事には夫も子どもいる。「夫が心配するので帰りたい」と懇願しても、北川被告は「これでお前も俺の女だ」と言い放ち、性行為を続けた。

 被害を夫や検察庁の同僚に知られて、家庭や検事の職を失いたくないと考え「すべての事を忘れたい」と考えた女性検事は事件後にその旨を北川被告に伝えると、「警察に突き出して下さい」と謝罪めいた言葉とともに、「時効が来るまで食事をご馳走する」と言い放ったという。

 その後、北川被告から「死にたい。辞職を申し出ます」などと記されたメールが届くようになり、直接会おうと言ってくるのに対して、女性は書面での回答を求めた。北川被告から届いた書面に、目を疑う。

「本件を表沙汰にすると、マスコミに検察庁がたたかれて組織が立ち行かなくなる」

 これを見た女性検事は「検察庁に迷惑がかかると思い申告できなかった」のだという。北川被告は“口封じ”をしていたのだ。

 この書面が届いた翌月に、北川被告は退官している。

 女性検事はフラッシュバックに苦しみながら過ごし、今年2月にはPTSD=心的外傷後ストレス障害と診断され、就労困難だと判断された。

 裁判中、北川被告は時折長く目を閉じながら、検察官らの声に耳を傾けていた。

■性被害を赤裸々に語った女性検事の異例の会見 検察内部での“二次被害”激白

 裁判が終わった後、女性検事は大阪市内で異例の会見を開いた。涙ながらに、いまも続く性被害の苦しみを訴えた。

「約6年間、本当にずっと苦しんできました。なぜもっと早く罪を認めてくれなかったのか。もっと早く罪をみとめてくれていたら、私はもっと早く被害申告ができて、経験を過去のものとして捉え、新しい人生を踏み出すことができた」

 震える手を握りしめながら、一言一言、言葉を振り絞る。

「性犯罪や虐待などに苦しんでいる被害者の方がたくさんいる。私は被害にあって苦しんでいる人の力になりたいと思い検事に任官し、たくさんの被害者とともに戦ってきた。私の経験を語ることで、被害に苦しんでいる方に寄り添いたいと思い会見に臨んだ。性犯罪の本質を正しく理解して、被害の本質を知ってほしい」

 さらに女性検事は、今年4月に被害を申告した後、復職しようと徐々に出勤し始めた矢先、信じがたい話を耳にしたという。

「私が被害申告した北川被告の事件の内偵捜査中、事件の関係者である1人の副検事が、被告側に捜査情報を漏洩し、被告が当初弁解していた内容に沿うように事実と相違する供述をしていたことが分かった。そして検察庁職員やOBに対して、被害者が私であることを言った上で、『事件当時、酩酊状態ではなかったので行為に同意があったと思う』などと話していた。さらに『PTSDの症状も詐病ではないか。金目当ての虚偽告訴ではないか』という趣旨の、私を侮辱し誹謗中傷する虚偽の内容を故意に吹聴していたことが分かりました」

 女性検事はこの副検事による一連の行為について、10月1日に刑事告訴した。速やかな捜査と処分を求めているが、現在までに検察庁から説明などはないという。

■前代未聞の事態…再び問われる大阪地検の“組織風土”

 女性検事の刑事告訴について、大阪地検は報道機関に対し、「告訴・告発があったことを含め、捜査機関の活動に関わる事項についてはお答えを差し控える。ただ、一般論として、告訴・告発があった場合には、内容に応じて適切に対応しているところである」とコメントした。

 そもそも、どのような組織であっても、所属する人間がハラスメントや何らかの被害にあった時、安心して相談・申告できる環境づくり、風通しの良い組織風土づくりが重要だ。

 大阪地検をめぐっては現在、巨額横領事件で特捜部による強引な取り調べが明らかになり、不動産会社社長が無罪となった問題で、国家賠償請求の裁判も開かれている。この問題でも、部下の進言を無視した上司の振る舞いなどが裁判で明るみとなった。

 検察庁のトップだった被告が加害者となり、現職の検事が会見を開いて赤裸々に語るという、前代未聞の事態となった今回の事件。女性検事が打ち明けた悲痛な心の叫びに、検察組織はどのように向き合うのか…徹底した検証を行い、真実を明らかにしようとしない限り、国民からの信頼は到底得られない。