【特集】「音や感覚に敏感」「じっとしていられない」発達障害などを抱えた子どもたちの“心の声”に寄り添う『スマイルカット』 過去の苦い経験バネに…ある美容師の想い―
じっとしていられない―その姿は一見、“困った”子ども。でも、心の声に耳を傾けると…。
(絵本『ピースマンのチョキチョキなんてこわくない!』より)
『いやだー!ハサミは こわいし!チクチクかゆくて、うごいたら おこられるし!!ぜったいにイヤーッ!!』
実は彼らは、“困っている”子どもなのです。美容師・赤松隆滋さん(49)は、様々な苦手を抱える子どもたちの“ヒーロー”。一人ひとり違う特性に応じて、発達障害のある子どもたちに寄り添い、支援する活動をしています。「子どもが笑って、保護者さんが笑って、我々美容師も笑って、みんな笑顔で『スマイルカット』」―それは、皆を笑顔にする“魔法”のヘアカット。一人の美容師が伝えたい想いとは―。
「本当にありがたい存在です」“困り事”抱えた子ども・家族が次々やって来る美容室…椅子に座れなくてもOK!待合室で立ったままカットも
京都市伏見区にある美容室『Peace of Hair』。オーナー・赤松隆滋(あかまつりゅうじ)さんのもとには、様々な“困り事”を抱えた親子が次々と訪れます。
家族と一緒にやって来たのは、知的障害と自閉症があるという男の子。母親に手を引かれ、椅子に誘導されますが…。
(母親)
「見る?ほら、一緒。写真と一緒」
(美容師・赤松隆滋さん)
「ここ座る?」
(母親)
「おっちんする?」
嫌そうな素振りを見せ、待合室に戻ってしまいました。
(母親)
「それは嫌か」
(赤松さん)
「ははは(笑)いいよ」
赤松さんが出したのは、動物のキャラクターが描かれたカットクロスです。
(赤松さん)
「今日、どうする?クロス巻いてみる?」
(母親)
「わ、かっこいい!かわいい!」
(赤松さん)
「やってみる?」
(母親)
「クルクルしてみる?エプロン付けよっか?…あ、すごいすごい!できた!」
じっとしていることが苦手で、椅子に座ることを嫌がる時には、そのまま待合室でカットします。しかし、他の客のドライヤーの音に反応し、そわそわ…。体が動いてしまいます。
(赤松さん)
「ドライヤーの音がしたな」
(母親)
「大丈夫やで」
音や感覚に敏感だったり、落ち着きがなかったり、様々な特性がある発達障害。中には、カットが苦手な子どもも少なくありません。
赤松さんが大切にしているのは、子どもたちの“心の声”に耳を傾けること。同じ目線に立ち、どんなに小さなことでも、無理強いはしません。
(母親)
「今は、動きながら何とかセルフカットできるんですけど、いつかは美容院で髪の毛を切ってもらわないと、私たちもずっとセルフカットしていられないなと思って。他の美容院では、椅子に座れないと基本お断りされることが多いので、本当にありがたい存在です」
(赤松さん)
「前は、お父さんがおんぶしながらしかカットできなかったけど、今日はカットクロスを巻けたので、すごく成長を感じました」
自分のせいで子どもがパニックに…それでも責めずに頼ってきた母親「もう僕しかいなかった」 この苦い経験が『スマイルカット』と真剣に向き合うきっかけに
赤松さんは、こうした子どもたちのカットを『スマイルカット』と名付け、2014年にNPO法人『そらいろプロジェクト京都』を設立。発達障害のある子どもの支援に取り組んできました。
2024年2月、東京都内で行われたのは、『スマイルカット講習会』です。
(赤松さん)
「赤松隆滋と申します。たくさんの方に興味を持っていただけて、本当に嬉しいです。ありがとうございます」
『スマイルカット』を全国に広げたいと、同じ美容師や福祉関係者に向けた講習会を各地で開いています。
(赤松さん)
「発達障害のある子どもは“困った”子どもではなくて、困り事を持っている子ども、“困っている”子どもなんです」
赤松さんの精力的な活動を支えるのは、ある過去の“苦い記憶”です。
『スマイルカット』を始めたのは、2010年。「聴覚過敏のある息子を美容室に連れていけない」と、当時小学生だった由日瑠(ゆかる)くんの母親から相談を受けたことがきっかけでした。
(赤松さん)
「『由日瑠くん、音が苦手だ』とは聞いていました。お母さんに『ドライヤーとバリカンはダメだと思います』と言われたので、僕は『いいですよ、ハサミだけで切ります』と言ったんですけど、襟足に産毛がいっぱいあって、『この産毛を何とか切りたい』と思いました。それで、お母さんに良いとも悪いとも聞かずに、僕はバリカンを持ちました。由日瑠くんは、ずっと下を向いて固まって、極度の緊張状態だったのに、耳元で急にバリカンの音がしました。聴覚の過敏があるので、ずっと静かにしてくれていた由日瑠くんが『ウワーッ!』と泣きだして、走り回って…僕は、“パニックになった子ども”を初めて、その時に見ました」
その日の夜、眠れなかったという赤松さん。由日瑠くんの泣き顔が、頭から離れませんでした。
(赤松さん)
「子どもをパニックにさせた、しかもプロの道具で…これが自分にとって、本当にツラくて。次の日、お母さんにお詫びの電話を入れたんですが、その時に言わはったんが、『赤松さん、これからも由日瑠のカットお願いしていいかな?』でした。本当は文句も言いたかったでしょうけど、当時は頼れる場所がなかったんです。もう僕しかいなかったんでしょうね。それで心を入れ替えて、ちゃんと真剣に、この子たちと向き合おうと思いました」
「大切なのは成功体験。お店に入れただけでも、一つのゴール」イラストで“見通し”示す、カットは10秒間だけ…一人ひとり違う“歩幅”に寄り添う
頼れる場所になるために、試行錯誤した14年。その中で気づいたのは、少しの工夫と配慮があれば、子どもたちの可能性はグッと広がるということでした。
(赤松さん)
「確認やけどさ、今日、バリカン練習する?」
(男の子)
「いい!」
(赤松さん)
「これ、やめる?これ以外は、やっても大丈夫?」
(男の子)
「いいよ!」
イラストを描いたカードで、カットの流れを一つ一つ確認します。予期せぬことが苦手な発達障害の特性から、『見通し』を示すことが大切だと気づいたからです。
これまで、家族が押さえつけながらカットをしていたという男の子には、無理に押さえつけたりせず、カットするのは10秒間、カウントしている間だけ。
(赤松さん)
「はい、いくよー。いーち、にー、さーん、しー」
(男の子)
「うわあーっ!」
(赤松さん)
「ごー、ほな5な、頑張れ、もうちょっとや。ろーく、ひーち、はーち、きゅー、じゅう~!すごい!嫌やったな、ごめんな。でも、すごいわぁ!」
(母親)
「すごい、すごい!めっちゃ頑張ってるやん」
一人ひとり違う、前へ進む歩幅―。
(母親)
「赤松さんは絶対に押さえないし、ちょっと動いても止めないから、息子も『怖い場所じゃない』と思ったのかもしれないです」
(赤松さん)
「大事なのは、成功体験です。例えば、お店に入れただけでも、一つのゴールなんです。『できた』という一つの思い出を持って帰ってもらうんだ、という気持ちで担当しています」
美容室を飛び出し“ヒーロー活動”も!赤松さんが思い描く未来「『スマイルカット』とかそんな言葉はいらなくて、どこのお店でも当たり前に」全ては子どもたちの笑顔のため―
赤松さんの活動は、美容師だけに留まりません。時には美容室を飛び出し、保育園などで“ヒーロー”に大変身!
(赤松さん)
「今日は、『ピースマンのチョキチョキなんてこわくない!』という絵本を読み聞かせします!」
絵本『ピースマンのチョキチョキなんてこわくない!』。赤松さんは、カットが苦手な子どもを救うヒーローと子どもの成長を描いた絵本を作りました。
(赤松さん)
「髪の毛を切るだけじゃなくて、いろんなことに挑戦できるようになっていくというお話です。『苦手なことを頑張ることによって、いろんな可能性ができた』という、諦めないで頑張ろうねということが伝えられたらと思っています」
(赤松さん/絵本の読み聞かせ)
「ボサボサヘアーも、さっぱりカット!ピースレッド!いくぞーっ!シザーカッツ!シャキーン!」
(子どもたち)
「ははは~(笑)」
子どもたちの笑顔が、何よりの原動力です。
(赤松さん)
「めちゃくちゃ楽しいです!すごいエネルギーをもらうというか、また頑張ろうという気持ちになるので」
活動を通して伝えてきた思いは、確実に実を結び始めています。今では、全国80店舗以上の美容室が『スマイルカット』を実施するまでに広がりました。
大阪市東成区にある美容室『hair’s LEMONed』の奥山拓弥さんは、講習会で『スマイルカット』を知り、赤松さんの想いに共感した一人です。
(美容師・奥山拓弥さん)
「自分は子どもが好きなので、『子どもに寄り添うのは、できそうだな』という単純な理由です。わからないなりに、意思疎通ができている時があります。そういう時は、すごく嬉しいです」
赤松さんが『スマイルカット』を始めたきっかけの由日瑠くんは、成長して22歳になった今、赤松さんのもとを卒業し、他の美容室に通えるようになりました。
(赤松さん)
「子どもたちといつまでも繋がりを持てるのは、すごく嬉しいんですけど、僕は美容師をいつか引退する日が来るわけなので。でも、子どもたちは、ずっと髪の毛を切らないとダメじゃないですか。だから、いろんな所で、誰が担当しても切れるようになるというのが、理想なので…そこまでならないとダメかなと思っています」
赤松さんが思い描く未来―。それは、スマイルカットが当たり前になる世界。
(赤松さん)
「最終目標は、『スマイルカット』とかそんな言葉はいらなくて、この子たちの受け入れが、どこのお店でも当たり前になることです」
必要なのは、一人ひとりが持ち寄る少しの優しさ。それはいつしか大きな力となって、子どもたちに笑顔の“魔法”をかけます。
(赤松さん/絵本『ピースマンのまほうのハサミ』より)
『いろんな花が あるから 野原が きれいなように いろんな雲が あるから 空を 見上げたくなるように いろんな子が いるから この世界は キラキラ まぶしいんだね』
(男の子)
「赤松さん、ありがとうな」
(赤松さん)
「こちらこそ~」
(「かんさい情報ネットten.」2024年4月12日放送)