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望月理恵“取締役”になった1年を振り返る

2021年12月24日 12:40
望月理恵“取締役”になった1年を振り返る

フリーアナウンサーの望月理恵さん(49)に、2021年はどんな年だったのかインタビュー。17年半司会を務める『ズームイン!!サタデー』を今年3月に卒業することを発表。さらに6月、女性キャスターが多く所属する芸能事務所『セント・フォース』の“取締役”に女性として初めて就任し、“大きな節目の年”だったといいます。取締役として取り組んでいる仕事などについてお聞きしました。


■“取締役”になった1年 後輩に希望与える「こういう道があるんだ」

——“取締役”のお話を聞いたときにどう思いましたか?

「いいんですか!?」って。でもその前に社長からは「“取締役”と身構えず、プレーイングマネジャーで自分が出ていて、それを後輩たちに見せる。そういう位置で今まで通りでいいよ」と言われたのでそれができていればオッケーなのかなと。

——周りからどんな声をかけられましたか?

驚きの声が多かったですね。私自身が一番驚いたんですけど。事務所の女の子たちは「どういう感想を持つのかな?」と思っていたら、「すごくうれしかった」という感想が多かったんですね。なかなか“現場の人間が取締役になる”ってないことだったので「こういう道があるんだ」ってプラスの感想をいただけたのがうれしかったですね。

——後輩たちに“新たな道筋”を立てられたのでは?

なんとなく出役って年齢とか気にすると思うんですね。それが「色んな変化があるんだ」っていうことが気づきとしてあったんじゃないかなと思います。


■後輩から相談“ママの目線で何かできないか” 意見が通りやすい状況の実現へ

——取締役として取り組んだことを教えてください。

今までは自分の周りの人が私に仕事を依頼するときは、「私自身を(キャスターとして)使う」ということだったんですけど、今は「セント・フォースにこんな子はいない?」「20代でこんなことができる子…」など、どちらかというと私がマネジャー側の立場として「あっ、こういう子いますよ」って言えるようになりました。

——実現に至った仕事は?

企業とのコラボだったりイベントの司会だったり、チャリティーオークションを開催しましょう、みたいなことは私も参加して企画させていただきました。あとは今まで通り後輩と話す機会も多かったので、少しですけど(後輩の意見が)会社に反映されるようにはなったのかなと思います。“ただの相談を聞いていた年上の人”が「じゃあそれ、こうやって言ってみようか?」とか「こういう形で会社に相談すればもしかしたらうまくいくんじゃないか」など、私が一段階上のアイデアをもって会社の人に話すことができるようになったので、“女の子たちの環境作り”はちょっとだけでも進歩したんじゃないかなって思います。

——所属キャスターからの相談事は具体的にどんなこと?

本当にたくさんあるんですよね。特に結婚して子供がいるキャスターの子とかは“ママ”という目線で何かできないかとか。あと資格を持っている女の子たちもたくさんいるので、そこを生かせる仕事。“セント・フォースサロン”みたいなものを開いたりできないかとか、アイデアをたくさん言われることが多いです。女性役員は私だけなので、皆さんの意見が通りやすい状況に持っていけたらなと思います。


■2月で50歳に 「まだ半分。エンジンかけないといけないな」

キャスターの顔、取締役の顔、さらに動画投稿サイトの個人チャンネルでも定期的に配信を行う望月さん。2月に誕生日を迎え、50歳になります。最後に心境について伺いました。

——50代での抱負はありますか?

40歳になったときに「あっ、もう40歳…」って、私はそろそろ色んなことをやめて次のステップに行かなきゃいけないって思っていたんですね。でもそれが50歳手前になって覆されてきたんですね。まだまだ“人生100年時代”じゃないですか。50歳って考えたときに、「まだ半分なんだ!」って思っちゃったんです。40代になったときに女性なので色んなホルモンのバランスだったりとか、老化と言われたりとか。バロメーターでいうと低い位置にあったんですけど、「まだ半分」って思うとここから「エンジンかけないといけないな」って気持ちです。

——50代になって“こうなりたい”理想像はありますか?

私は“自分の機嫌は自分で取る”と思っているので。人に左右されない、って。今まで誰かに「こう言われたから嫌な気持ちになった」ってことがたくさんあったんですけど、それってただ自分の気持ちを自分でコントロールできなかったんだなと40代後半になって思うようになって。別に誰かに何されようが何を言われようが機嫌が悪い人に会おうが「自分は自分、人は人の機嫌」って思っていて、そこは大事にしたいと思っています。機嫌良く人生を生きられたらそれが一番かなと、あらためて50年生きてきて思いましたね。