×

「日本には“仕組み”がない」現状打破へ 東宝がミュージカル作家・作曲家の養成プログラムを企画したワケ(前編)

2025年3月2日 9:00
「日本には“仕組み”がない」現状打破へ 東宝がミュージカル作家・作曲家の養成プログラムを企画したワケ(前編)
佐藤真知子アナウンサー(左)と東宝の小嶋麻倫子プロデューサー(右)

ミュージカル作家・作曲家の育成を目的とした新たな養成プログラム「Musical Theater Writing Program」とミュージカル作家の“見本市”となる「Songwriters' SHOWCASE」が、2024年の夏から12月にかけて開催された。東宝が企画・制作を担い、映画演劇文化協会が主催。東宝が掲げる次世代クリエイターの育成を目指す取り組みの一環だ。プログラムを企画した東宝の小嶋麻倫子プロデューサーに話を聞いた。(前・後編の前編)

(取材・文=日本テレビアナウンサー・佐藤真知子)

---
2024年8月の「Musical Theater Writing Program」では、韓国芸術総合学校のチェ・ジョンユン氏とハン・ジョンソク氏を講師に迎え、14人の生徒が約3週間にわたり、ミュージカルの作劇と作曲を学んだ。

そして12月18日、東京・シアタークリエで開催された「Songwriters’SHOWCASE」では、ミュージカルクリエイターの“見本市”として成果を発表。プログラムに参加した日本の生徒だけでなく、韓国・アメリカ・イギリスから選抜された若きクリエイターたちも参加し、12の新作ミュージカル楽曲が日韓のトップ俳優らによって上演された。

出演者には井上芳雄をはじめ、イ・チュンジュ、霧矢大夢、シルビア・グラブ、田村芽実、ダンドイ舞莉花、チェ・ナへ、中川晃教、遥海、矢崎広、吉高志音といった第一線で活躍するミュージカル俳優が顔をそろえ、圧巻のパフォーマンスを披露。日常のひとコマを描いた作品から、知られざる歴史に焦点をあてた作品まで題材は幅広く、デュエットナンバーもあれば観客と一緒にユニゾンで歌う楽曲もあり、多種多彩なミュージカル楽曲の魅力を存分に味わえるショーケースだった。
---

――今回のプログラムのきっかけは?

もともとアメリカに住んでいて、新作の発掘や作家の育成の仕事をしていました。有望な若手を探しにリーディングに行ったり、送られてきた脚本を読んだり、脚本にアドバイスをしたり。それが主な業務でした。それが私のキャリアの基盤であり、一番の専門分野だったのです。

しかし、日本に帰国してから、そういったシステムが日本には存在しないことに気づきました。ミュージカル界がさらに発展していくために、作家や作曲家を育てる必要があると思ったのです。もともと私が勉強してやってきたことなので、「それなら私にもできるのではないか」と考えました。

育てた人たちを世に出したり、一緒にコラボレーションする相手を見つけたりすることで、日本だけでなく海外でも活躍できる人材を育てたいという思いがきっかけです。

■ミュージカル作家・作曲家を育成する仕組みがない

――日本のミュージカル界の課題は、作曲家をはじめとする作り手の人材不足が挙げられるのでしょうか?

人材不足というよりは、育てるための組織的な仕組みが無い、ということだと思うのですよね。もちろんミュージカル作曲家として活動されている方はいらっしゃいます。ですが、韓国やアメリカには学校が存在します。大学で体系的に何年もかけて学び“ミュージカル作曲とは何か”ということをきちんと教える教育機関があります。ある種の手順や方法論に則って学ぶことで、ある程度のクオリティの作品を作れるようになる仕組みが整っているのです。

一方で日本には仕組みがないため、それぞれが壁にぶつかりながら「ミュージカルってこうやって作るものなのかな」と試行錯誤しながら苦労して作品を作っている。そうした現状を変えたいと思ったのです。

――日本でも音大などでミュージカルを学べるコースがあると思いますが、その数はまだまだ少ないのでしょうか?

ミュージカルの作家や作曲家を専門に育成する仕組みは、私自身聞いたことがありません。作曲コース自体はたくさんあって、多くの場合、大学の作曲科では現代音楽のようなものを書くことも多いようです。

また、文芸学科では小説を書くことを学んだり、演劇学科やミュージカル学科では俳優を育てたりするプログラムも存在します。演出家を含むこともあります。ですが作家や作曲家(の育成で)、特にミュージカルを専門に学べる環境はおそらくないと思います。ですから学びの機会を多くの人が求めているのではないかと感じ、今回の企画を決めました。

――東宝のような会社組織が、こうした取り組みを行っている国はあるんでしょうか?

非常に珍しいことだと思います。完全に「ない」とは言い切れませんが。日本では初めてだと思います。

――2024年8月のプログラムには、どういう方が参加されたのですか?

思っていた以上に多くの応募があり本当に驚きました。12人の予定に対し200人以上の応募がありました。最終的には定員を2人増やして14人にしました。

応募者は本当にさまざまでした。ただ、作曲については、大学の作曲科を卒業した方が多かったです。作家の方は多様で、未経験の方や映画のシナリオスクールに通っていた方、大学のサークルで執筆活動をしていた方など、さまざまなバックグラウンドの方がいました。

――受講生からはどのような声が聞かれましたか?

執筆経験があっても、体系的に教えてもらったりミュージカルの専門家から自分が書いたものに対してアドバイスをもらったりする機会は初めてという方が多く「とても良かった」という声をたくさんいただきました。

また、作曲家の方は作家のクラスも聞くことができ、非常に面白かったという感想もありました。今まで知らなかった脚本の話が聞けたり、逆に脚本家の方が「音楽ってこうやって作られるんだ」と新しい視点を学んだり、互いに刺激を受け合える場になりました。

さらに、作家と作曲家がどのようにコラボレーションをするのかについても具体的に教えました。たとえば、相手に自分の要望をどう伝えたらいいか、あるいは意図を伝えるためにどんなサンプルを持参すればよいかといった実践的な内容です。これが役立ったという声が多くありました。

プログラムが終わる頃には「本当に濃密な3週間だった」「人生の中でも特別な時間を過ごした」といった感動的な感想をたくさんいただき、満足度の高い内容だったと感じています。

――受講生は全員日本の方ですが、講師には韓国の方を招いた理由は何だったのでしょうか?

作曲のチェ・ジョンユン先生はニューヨーク大学大学院のミュージカル創作科を卒業されていて、私も聴講生として通っていましたので、そこで何を学んでいるのかをよく理解していました。

ジョンユン先生は韓国に帰国後、NYUのプログラムを韓国の文化やニーズに合わせて改良し、英語を話さない人がミュージカルの創作を学ぶシステムを作り、韓国の東京藝術大学のような大学(韓国芸術総合学校)で教えています。直接アメリカから講師を招くよりも、英語を話さない人向けに特化した教育が可能になります。

私の考えではNYUのプログラムは世界で最も優れており、実際に多くの人材を輩出しています。ジョンユン先生が教えている内容は、日本でミュージカル教育を行う上で最も適していると思いました。

――言葉の壁はなかったのですか?

言葉の壁はほとんど感じませんでした。音楽はある種、聴くだけで言葉を超える力を持ちますし、それに加えて、ティーチングアシスタント兼通訳・翻訳を務めた吉田衣里さんの存在も大きかったです。彼女は最近韓国のそのプログラムを卒業したばかりで、システムをよく理解していたので、的確かつ上手に翻訳・通訳をしてくれました。

また、先生方もアドバイスをする際、「日本人にどう受け取られるだろう」「どのように解釈されるだろう」と、時間をかけて丁寧に配慮してくださいました。おかげで、言葉の壁を感じることなく、スムーズに学びが進められました。

――先生方や吉田さんからは、どのような声が聞かれましたか?

日本には同様のプログラムが存在しないので、先生方もどれくらい成果が出せるのか分からなかったと思いますし、「みんなミュージカルの勉強をしたことがないんです」とお伝えしていました。

しかし、実際にプログラムを進めていく中で、先生方から「非常に有望な人がたくさんいる」と評価をいただきました。「アドバイスする必要がほとんどないほど優れた人もいる」とも言っていただけました。皆さんの潜在的な力が高く、結果的に先生方の期待や予想を大きく上回る成果を発揮してくれたのだと思います。

■具体的なフォーマットが用意されている

――プログラムの中で、特に印象的だった講義はありますか?

先生方はとても分かりやすいシステムや理論を教えてくださいます。具体的には、サンプル曲を提示して「この曲はこう構成されています。この部分にはこういう言葉を入れると良いですよ」といった具合に、段落ごとの構成や作り方を詳しく教えてくださる。最初は、そのフォーマットに沿って書いてみるところから始まります。そして、その作品に対してフィードバックをいただき、翌週に修正して提出します。

さらに、次のステップでは、違う形のサンプルに基づいて新たな作品を作り、それについても具体的なアドバイスをいただきます。「この場合はここにこういった要素を入れると良い」といった指導があり、とても分かりやすいのです。もちろん最終的には自分で発展させる必要がありますが、基礎的な仕組みがしっかり学べるため、とても理解しやすいと感じました。

その上で自分が作ったものに対して先生が細かく指導してくださるので、本当に素晴らしいシステムだと実感しましたし、このプログラムを2年続けていけば、確かに誰もが書けるようになるだろうと強く感じました。

日本では体系的な指導よりも「こういう感じでやってみて」「自分で盗め」というような、職人的なアプローチがまだ主流で、経験を重視する傾向があります。しかし、このプログラムでは具体的なフォーマットが用意されている。非常に実践的で効率的な方法ですよね。

脚本も、例えば『ビリー・エリオット』のような作品を例に挙げ「このように構成されていて、ここでこういうポイントがあり、このタイミングで曲が入る」といった形で、すべてがフォーマット化されています。「典型的な国際的なミュージカルでは、話がここで展開し、展開する際には必ずこの部分に曲が入る」といったルールがしっかり示されているのです。これは役に立つと感じました。

後編:「ミュージカル観客層が圧倒的に少ない」日本の課題と可能性……次世代クリエイター養成の展望…に続く)

【小嶋麻倫子】

東宝株式会社演劇部チーフプロデューサー。コロンビア大学大学院芸術学部演劇学科ドラマタージー専攻卒業。ブロードウェイ史上最年少ドラマターグ。通訳・翻訳としても活動。主な翻訳作品『ルドルフ』(帝国劇場)、『ドロウジー・シャペロン』(日生劇場)、『next to normal』(シアタークリエ)等。主なプロデュース作品『ラグタイム』、『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』、『ガイズ&ドールズ』、『RENT』『ピアフ』等。

最終更新日:2025年3月2日 9:00