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「ミュージカル観客層が圧倒的に少ない」日本の課題と可能性……次世代クリエイター養成の展望(後編)

2025年3月2日 9:02
「ミュージカル観客層が圧倒的に少ない」日本の課題と可能性……次世代クリエイター養成の展望(後編)
『Songwriters’ SHOWCASE』で司会を務めた井上芳雄(写真提供・東宝演劇部)

ミュージカル作家・作曲家の育成を目的とした新たな養成プログラム「Musical Theater Writing Program」とミュージカル作家の“見本市”となる「Songwriters’ SHOWCASE」が、2024年の夏から12月にかけて開催された。東宝が企画・制作を担い、映画演劇文化協会が主催。東宝が掲げる次世代クリエイターの育成を目指す取り組みの一環だ。プログラムを企画した東宝の小嶋麻倫子プロデューサーに話を聞いた。(・ 後編の後編)

(取材・文=日本テレビアナウンサー・佐藤真知子)

■日・韓・米・英の若き才能が集う

――今回のショーケースでは、プログラムで選ばれた方に加えて、韓国・アメリカ・イギリスからも参加者がいるということですが、どのように選ばれたのですか?

3か国それぞれ異なる形で進めました。まず韓国についてですが、韓国には政府の外郭団体で「韓国芸術経営支援センター」という組織があります。ここは、韓国の芸術を海外に輸出することを主な目的とした機関です。

今回、このプロジェクトが韓国のアーティストを日本に紹介するという趣旨で進められたため、センターの活動ともぴったり一致しました。韓国では毎年夏にミュージカルの見本市のようなイベントが開催されていて、今回はそのイベントを通じて日本に派遣する3組を選ぶ形になりました。

具体的には、まずセンターが10組の候補を選び、彼らがコンサート形式でプレゼンテーションを行いました。そのコンサートを観た私たちが投票を行い、「このアーティストに日本に来てほしい」と思う人を選びました。その結果、上位3組が今回日本に来ていただけることになったのです。

アメリカについては、先ほどお話ししたジョンヨン先生の母校であるNYUのミュージカルプログラムに協力をお願いしました。教授の方に趣旨に合う方の紹介をお願いし、推薦いただいた中から私たちが3組を選びました。

イギリスについては、「MMD(マーキュリー・ミュージカル・ディベロップメンツ)」という組織に協力を依頼しました。MMDは、イギリスで最大かつおそらく唯一のミュージカル作家たちの集まり兼学習組織です。そのトップの方に趣旨を説明して紹介を依頼したところ、多くの候補者を挙げていただきました。その中から私たちが3組を選出しました。

――日本だけではなく海外のクリエイターも参加する形にしたのはなぜだったのですか?

この企画を立ち上げたのは数年前のことですが、「日本人による、日本をテーマにした日本の作品を世界に持っていく」という考え方に、少し違和感がありました。芸術には国境がないと私は感じているので、誰がどのように一緒に作っても良いのではないかと感じたのです。そこで、日本人に限らず、世界中から素晴らしい人たちを集めて、共に作品を作りたいと思いました。

もう1つは、日本以外の国の方が、教育の面で進んでいるのは間違いないと感じます。そのため、海外のクリエイターと日本人がコラボレーションすることで、日本人も多くを学べる。例えば、日本の作曲家がイギリス人の作家と組むことで、豊富な知識に引っ張られ、新たな発想やスキルを得ることができるのではないかと。

また、海外のクリエイターが「日本の作品を日本人と一緒に作りたい」と思う機会が生まれれば、面白いと思いました。日本のアニメや他の文化的な題材に興味を持って、日本人と一緒に作品を作ってみたいという気持ちを抱いてもらえたら素晴らしいですよね。そうした国際的なコラボレーションは、日本人だけで作品を作るよりも、より刺激的で興味深いものになる場合もあるかもしれないと感じています。

――課題もある中で、日本ミュージカルの良さは何だと思われますか?

やはり日本人の勤勉さでしょうか。とても短い期間で多くの準備をこなし、初日を迎えることができるのは、良くも悪くも日本人だからこそできることなのかもしれません。

例えば、アメリカやイギリスでは舞台稽古に2週間ほどかけることが普通です。劇場に入ってから照明の調整や音響の調整を行い、場合によってはその場で少し作り直したりもします。しかし、日本では長い準備期間を取ると、全く採算が合わなくなってしまいます。そのため、劇場に入ってから1週間ほどで初日を迎えなければならず、分刻みで全ての調整を行います。このように、短期間で初日を迎えることができてしまうのは、日本人の特徴的な仕事の進め方だと思います。

日本人の緻密さや勤勉さ、そしてお互いに協力し合って物事を進める姿勢は、他国の人々から見ると驚きの対象になることもあります。「なぜこんな短期間でこれだけのことができるのか」と不思議がられることも少なくありません。

特に日本では、「これは自分の仕事じゃない」という考えが少なく、とにかくみんなで助け合って効率よく準備を進める文化があります。そしてただ準備を終えるだけでなく、高いレベルの作品を仕上げようとする意識も非常に高いです。こうした日本人特有のものづくりの姿勢や勤勉さには、改めて感心させられる部分がありますね。

――一方で、日本ミュージカル界の課題は何だと思われますか?

ブロードウェイやロンドンのように観光客が多数訪れて観劇するわけではないので、日本ではそもそもの観客層の規模が圧倒的に小さいんです。そうなるとロングラン公演が難しいため、限られた予算内で作品を作らざるを得なくなります。

観客人口が少ないことによって生じるさまざまな経済的制約や、働き方が厳しくなるといった問題は、日本の舞台業界にとって大きな課題のひとつだと思います。

――個人的な肌感覚としては、ミュージカルの人気度は年々増しているように感じます。実際はどうなのでしょうか。

そうですよね。2.5次元ミュージカルもたくさん増えてきていますし、確かに公演数自体は増えていると思います。ただ、それによってロングランが実現しているわけではないんですよね。

1つの作品を作ったら1年や半年といった長期の公演ができれば理想的です。少なくとも3か月や半年間公演が続けば、初期投資の回収がしやすくなり、より多くの資金を作品づくりに投入できる可能性が高くなります。しかし現状を見ると、公演数は増えていても公演期間自体が長くなっているかというと、そうではないのが現状です。

――今回のプログラムについて、今後の展望はどのように考えていますか。

今後もクラスを継続していく予定です。さらに、必要に応じてクラスを増やすなど、新たな展開も視野に入れています。クリエイティブな面においては、今回発掘した才能ある方々が今後さらに成長できるよう、創作の機会を提供したり、適切なマッチングを行ったりすることで支援していきたいと考えています。

――東宝としての、未来への取り組みについてはいかがですか。

今回の企画は、私たちが制作を担当していますが、主催は一般社団法人 映画演劇文化協会さんです。この企画は東宝のためだけではなく、より広く皆さんのために行われているものです。

また、公演終了後に、参加していただいた作家のみなさまと日本の業界関係者とのビジネスミーティング、いわば名刺交換会のような場を設けました。この場を通じて、業界関係者が興味を持った作家と直接話し、新たな仕事やコラボレーションに繋がるきっかけを提供したいと考えています。この取り組みにより、私たち(東宝)だけでなく、日本の舞台業界全体が参加者のみなさんと繋がり、将来的な発展に繋げていければと思っています。

さらに、東宝としては、劇場を持ち、制作能力を有する会社だからこそできることがあると考えています。ショーケースの実現はもちろんのこと、素晴らしい俳優の方々に参加していただけるのも、日ごろからの関係性があってこそ。これらの強みを活かし、参加者の才能を本格的な舞台へと繋げる支援を行っていきたいと考えています。

加えて、私たち自身が彼らの創作活動を制作する機会を提供することも目指しています。こうした取り組みを通じて、私たちの得意分野を活かしながら、新たな創作の場を生み出していくことが、この企画の意義であると感じています。

――これだけの豪華なキャストと、あれだけの劇場で作品を上演できるのは、クリエイターの皆さんにとって、モチベーションの一つにもなりますよね。

ワークショッププログラムの最終日には発表会を行いました。会場は帝国劇場の9階にある稽古場で、観客は30~40人ほどの小規模な発表会でした。その中で、今回のキャストのような実力ある方々が歌を披露してくださったんです。

生徒にとっては、これが大きな転機になったように思います。プロとして活動している人も、これからプロを目指す人も含めて、「自分もできるかもしれない」と感じられる瞬間があったのではないでしょうか。その決意や自信が固まったのが、2024年の夏の発表会だったのだと思います。

さらに、発表会の2日前に完成したばかりの曲を、井上芳雄さんが実際に歌ってくださる場面もありました。その姿を目の当たりにすることで、生徒たちにとっては、これまで漠然としていた夢が、現実的な目標として捉えられるようになったのではないかと思います。

――小嶋さん自身の夢を教えてもらえますか?

ミュージカルを通じて、世の中が少しでも良くなればいいなという、大きな夢を抱いています。私自身、世の中を良くするために演劇をやっているつもりなので、自分の活動が少しでも社会の役に立てば嬉しいです。

また、「国境がなくなればいい」と言うのは極端かもしれませんが、日本人だからこうだとか、「日本から世界へ」といった枠組みや線引きにこだわらない世界が理想だと感じます。国境や国籍にこだわらず、「そこに線がある」と考えないような世の中になればいいなと思います。

今の日本では、「日本のものを世界に出す」とか、「日本人が作る」という考え方が強いと感じますが、私自身はその枠組みとは無縁のところで物事を捉えています。私にとって重要なのは、「自分が作ったかどうか」「自分以外の誰かが作ったかどうか」という点だけです。日本人が作ったからといって、それが私自身の作品ではありませんし、日本の文化が必ずしも私自身のものでもありません。

だからこそ、「日本人が作ったもの」「外国人が作ったもの」といった線引きには違和感があります。その線引きの理由がどうしても理解できない部分があるのです。すべての人がそういった線引きをしない世の中になれば、本当に素晴らしいのではないかと思います。

【小嶋麻倫子】

東宝株式会社演劇部チーフプロデューサー。コロンビア大学大学院芸術学部演劇学科ドラマタージー専攻卒業。ブロードウェイ史上最年少ドラマターグ。通訳・翻訳としても活動。主な翻訳作品『ルドルフ』(帝国劇場)、『ドロウジー・シャペロン』(日生劇場)、『next to normal』(シアタークリエ)等。主なプロデュース作品『ラグタイム』、『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』、『ガイズ&ドールズ』、『RENT』『ピアフ』等。


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最終更新日:2025年3月2日 9:02