ロシアに支払う漁業協力費、漁獲枠の取り決め…日ロさけ・ます漁業交渉の行方
ロシアから日本海域に回遊してきたさけ・ますについて、漁獲量の上限や、ロシアに支払う漁業協力費を決める「日ロさけ・ます漁業交渉」。
制度が始まって以来、毎年交渉は行われ、妥結してきました。
しかし今年は、ウクライナ情勢が交渉に大きな影を落としています。
その行方はどうなるのでしょうか?
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「ただ魚を捕るだけの問題じゃないことを、ご理解いただきたい」今月12日、金子農水大臣は「日ロさけ・ます漁業交渉」について、このように発言しました。
毎年行われている、日ロさけ・ます漁業交渉。
今年はロシアによるウクライナ侵攻の影響で、日程調整に手間取ったものの、11日からオンラインでスタートしました。
日本がロシアへの経済制裁を強める中で行われている、今年の交渉。
果たしてどのような形で決着するのか、注目されています。
■さけ・ますは“生まれた川”が重要
通常、日本の200海里水域で漁を行う場合、日本は自由に漁を行うことができます。
しかし、さけやますの場合、その特殊な習性から、毎年ロシアとの話し合いが行われています。
一般的にさけやますは、川で生まれて、海を回遊した後に、生まれた川に戻ってくる習性を持っています。
こうした習性を持つ魚については、国連海洋法条約で、「生まれた川の国が利益と責任を持つ」と定められているのです。
4月中旬から7月ごろにかけて、北海道沖などで捕れるさけやますの多くは、ロシアの川で生まれた魚です。
つまりロシアに漁を行う権利があります。
そのため、毎年さけ・ます漁が始まる時期に、日ロの政府間で交渉を行い、漁獲量の上限を決め、日本がロシアに漁業協力費を支払うことを条件に“生まれた国”ではない日本が漁を行うことができるのです。
■ブランド鮭に大きな影響が
去年の交渉は、5日間にわたって行われました。
支払った漁業協力費は2億6000万円。
漁獲量の上限は、2050トンという取り決めでした。
農林水産省のデータでは、2020年のさけ・ますの国内漁獲量と輸入量を合わせると、30万トンを超えます。
つまり、日ロさけ・ます漁業交渉の対象は、国内に流通するさけ・ますの1%弱。
数字だけを見ると、この交渉が私たちの食卓に与える影響は、ほとんどないようにみえます。
しかしこの1%のなかには、希少価値があって人気の魚が含まれています。
「ときしらず」と呼ばれる、この時期に捕れるシロザケです。
一般に多く出回っている「秋鮭」は、回遊を終えかけて成熟した魚です。
一方「ときしらず」は回遊の途中で捕る魚のため、若くて脂がのっていると言われています。
その希少性から、「ブランド鮭」として一般的な秋鮭よりも高値で取引されています。
■過去には、妥結しない中での操業も
また一方で、地元の漁業者にとっては、春に操業できない影響は小さくありません。
さけ・ます漁の解禁日は例年4月10日です。
過去には解禁日以降にも交渉が続いていた場合、ロシア側の承諾を得た上で、交渉を続けながら、操業を開始したこともありました。
毎年妥結してきた実績や、年内に妥結する見通しなどを加味した判断だったと考えられます。
また、交渉が難航した年には、一度交渉を中断し、一ヶ月ほど時間をおいてから交渉を再開したケースもありました。
その間にも、ロシアの承諾のもと、さけ・ます漁船の操業は行われていて、最終的に交渉は締結しました。
しかし関係者によりますと、今年は妥結していないなかでの操業について、ロシア側による了承が得られていないものと見られます。
北海道ではさけ・ます漁の操業は行われていません。
妥結を待たずして漁を行うことができない背景には、当然ウクライナ情勢があります。
■日本とロシアの“せめぎあい”
北海学園大学の濱田武士教授は、今回の日ロさけ・ます漁業交渉の「特別な事情」について、「外貨がほしいロシアとできるだけ漁業協力費を引き下げて操業を早期に始めたい日本との、せめぎ合いになっているのではないか」と話します。
春のさけ・ます漁の漁獲量は、温暖化の影響などを受けて、減少傾向にあります。
高い協力費を払っても、それに見合った利益がなかなか見込めず、漁に出る人は減っているのです。
しかし、もし漁業交渉を一度でもやめてしまうと、将来的に漁を再開したくなっても、話し合いが困難になる可能性があります。
そのため、できるだけ協力費を抑えて国内漁業者の権益を守り、漁業を継続させたいというのが日本政府の立場だと分析しています。
■さけ・ますだけではない今後の交渉
また、濱田教授は、今回の日ロさけ・ます漁業交渉の結果次第では、今後ほかの日ロ間の漁業交渉にも影響しかねず、日本とロシアそれぞれがそれを考慮した上で、交渉のテーブルについていると話します。
たとえば6月には、「貝殻島コンブ交渉」が控えています。
これは政府間交渉ではなく、民間事業者がロシアに協力費を払って、北方領土・歯舞諸島にある貝殻島のコンブ漁を行うというものです。
地元・根室市の重要な産業となっており、日本政府としては、この交渉が滞りなく進められるためにも、日ロさけ・ます漁業交渉を妥結させたい事情があるといいます。
一方、ロシア側にも“事情”があります。
毎年12月ごろに日ロ政府間で「日ロ地先沖合漁業交渉」が行われています。
これは相互の海域での漁の取り決めですが、この交渉が妥結することによって得られるメリットは、日本側よりもロシア側のほうが大きいといわれています。
つまり、ロシアに利益を与えたくない日本にとっても、日本を非友好国としているロシアにとっても、一連の交渉は簡単に中止できない事情があるのです。
■走りだした交渉、その行方は
日ロさけ・ます漁業交渉は今も妥結せぬまま続いています。
ウクライナへの侵攻が続く中「ロシアに経済制裁を行っている中で、漁業協力費を支払うのはおかしい」という声もあがっています。
一方で漁業関係者の生活がかかった交渉であることも事実です。
北海道の漁業関係者は「今はただ見守ることしかできない」と、交渉の行方を静かに見守っています。