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【コラム】ニューヨークで注目「芸術と食の同時体験」ができる ミシュランシェフによるアートギャラリーとは

2023年12月12日 11:07
【コラム】ニューヨークで注目「芸術と食の同時体験」ができる ミシュランシェフによるアートギャラリーとは
メニューは、鴨肉の燻製、宮崎産の鮎、おむすびなど。辻村氏が奈良の自宅で作る家庭料理に着想を得た

ニューヨーク・マンハッタンはフラットアイアン地区。近辺にはレストランやギャラリーが多く立ち並ぶエリアだ。ここに、ニューヨーカーの注目を集める店がある。アメリカ大手放送局のNBCも「食、文化、芸術の美しい融合。人生にこれ以上何があるだろうか?」と評した場所だ。その理由を探るため、訪れてみた。
(NNNニューヨーク支局 勝村拓也)

■ ここはレストラン?それともアートギャラリー?

ガラス張りの店構え、凛とした姿で佇む、「The Gallery(ザ・ギャラリー)」。その名の通り、アートギャラリーなのだが、ここニューヨークの他のギャラリーとは一線を画す特徴がある。オーナーの大堂浩樹氏は、ミシュラン2つ星の懐石料理レストラン「ODO」を経営するオーナーシェフだ。その隣に2021年3月にオープンさせたこのギャラリーでは、客がアート作品を鑑賞する中、作品や作家にまつわる料理が提供され、複合的な体験ができるようになっている。

オープン以来、世界中からの芸術作品を展示し、国際色豊かなアートスペースとなった。ブータンの女性が織る伝統的布生地の展示では、ブータン直送のスパイスを使ったヒマラヤ料理が振る舞われ、京都祇園の老舗履物匠の下駄展示では、下駄職人の家系に代々伝わる洋食コロッケが再現された。大堂シェフがそれぞれの展示芸術の解釈を施し、訪れるたびに違う顔が見られる店として、アートファンのみならず、普段アートに触れない層も魅了されているという。

今年最後のプロジェクトとして現在展示中なのが、奈良県在住の陶芸家・辻村史朗氏の個展だ。これまでメトロポリタン美術館をはじめ世界各国で展示を行ってきた辻村氏による、陶器から書まであらゆる種類の作品200点余りが展示されている。

展示初日には著名メディアやインフルエンサー、NYの食通の人々など大勢が集まり盛況を呈していた。この日も大堂シェフによる料理が並び、さらには辻村氏本人が揮毫する書道パフォーマンスも行われた。

「良いものは良い、悪いものは悪いと、自分の好みをはっきり表現するアメリカがとても好きだ」と、パンデミック以来初めてニューヨークに戻ってきた辻村氏は話す。「日本の陶器は作り手半分、使い手半分という考え方がある。私も自分が作ったものが使う人次第でどのようになっていくのか興味がある」と、少し控えめな語り口で付け加えた。会場では、日本の陶器に触れたことのないお客に実際に触れてもらうため、大小揃った湯呑みの作品が自由に手に取れるようになっていた。

■ ギャラリーオープンの発想は日本の茶室文化にあった

今ではミシュランの星を2つ獲得しているトップシェフである大堂氏に、アートギャラリーをオープンした理由を聞いた。「アートって身近なところにいっぱいあると思う。遠い存在じゃなくて、普段、もう少し身近に感じて欲しい。そんな空間を作っていきたい」さらに、自身の活動を日本の茶室文化になぞらえてみせた。

大堂シェフ
「日本文化にはそもそも茶室があって、床の間には素晴らしい作品が置かれている。陶器のお茶碗でお抹茶を飲んだり食事をする。これこそが総合芸術。お互いがリスペクトしあって良いもの作ろうとすれば、素晴らしいものができあがる」

このギャラリーに何度か足を運んでいる雑誌「エル・デコ」編集長のイングリッド・アブラモビッチさんは、食事と芸術の融合は、生きることと同じだと表現しながら、それが体験できるこのスペースを高く評価した。「芸術作品を見るだけでなく、触って、使うことの重要性にも気付かされた」

ニューヨーク市内には、1400ほどのアートギャラリーがあると言われているが、その多くは、オープニングイベントに飲み物や軽食を提供することがあるにしても、芸術作品のコンセプトに沿った食体験を売りにしているスペースはほとんどない。

隣の懐石料理レストランの中も特別に見せてもらうと、その回廊にも辻村氏の作品が飾られていた。料理の提供にも、彼の手になる皿が使われているという。

今回の展示は年内いっぱい続く。今後も新たな展示が予定されていて、新しいアートの楽しみ方を知ったニューヨーカー達のさらなる注目を集めそうだ。

■勝村拓也 プロフィール

NNNニューヨーク支局プロデューサー。在米歴20年。大統領選挙、オリンピック、宇宙開発、テクノロジー、最新カルチャーなどを取材。世界の社会・文化、人間模様に興味あり。