「中国式の恐怖」国から“押しつけられる”結婚と出産 著しい少子化を背景に…
「これは中国式の恐怖だ」中国で最近、作られた結婚を推奨する施設に、SNSで寄せられたコメントだ。どうして結婚が恐怖なのだろうか。施設を取材すると、見えてきたのはトップダウンで結婚や出産を強烈に勧める強引な施策の実態だった。
(NNN中国総局 長谷川裕)
2024年11月、中国南部の湖南省長沙市を訪れると、まず目についたのは商店街の入り口に掲げられた「愛がこの街と出会う」という大きな看板だ。さらに、ハートや花のモチーフと共に「長沙の恋は超甘い」などと、見ていて恥ずかしくなるようなメッセージが並ぶ。
これらの飾り付けの目的は、若者の結婚や出産を後押しすること。地元政府らが整備し「婚育文化街」と名づけられたこの街だが、訪れる人の姿はまばらだった。
特に目玉とされていたのが「結婚学校」と呼ばれる、若者向けに結婚や出産にまつわる情報を発信する施設だ。日本のメディアとして初めて内部を取材すると、さっそく出迎えてくれたスタッフは「前向きに報道してほしい。国が重視する重要な宣伝だ」と口にした。
その言葉を裏付けるように、施設に入るとすぐ習近平国家主席による“重要記述”と題した文章が掲げられていた。人口を増やすことの重要性を説いた上で、国の政策として「子づくりの社会的価値を尊重する」「年齢に応じた結婚と子育てを推奨する」などの言葉と列挙されている。
奥へ進むと、国の政策に関するクイズや主張が並んでいた。「20代は精子と卵子の黄金活躍期だ。この年齢で生まれた子供は他の段階より脳や体の発育が一層、優れている」「高齢化と少子化が加速しているので、国は3人産むことを提唱している」などと主張していて、結婚の素晴らしさを説く訳ではなく、早く子供を産むよう強く促す展示が続いていた。
長沙市民はこうした取り組みに冷ややかだ。ある30代の女性は結婚を推奨する主張自体は認めつつも、「少子化を女性だけの責任にしようとしている」と反発した。また10代の女性は「ここに結婚学校があると、みんな早く結婚しろという意味合いが出て逆効果だ。気分が悪くなる」と不快感をあらわにした。
施設を紹介したSNSにも批判が殺到し、「これは中国式の恐怖だ」などのコメントが寄せられた。取材を終え私たちが施設を去る際にもスタッフが「SNSで批判されているから顔は隠してほしい」と申し出るなど、彼らもこの取り組みが市民から支持されていないことを自覚しているようだった。
■背景には著しい“少子化”が…
どうしてこのような“押しつけがましい”政策が行われているのか。背景には、中国で深刻な「結婚件数の減少」と「出生率の低下」がある。
中国・民政省が発表した2024年1月から9月の結婚件数は約475万組と、前年の同じ時期より100万組近く減少し、初めて500万組を割って史上最低になった。さらに去年生まれた子供の数は902万人と、7年間で約半分にまで落ち込んだ。2016年に「一人っ子政策」を撤廃した後も少子化に歯止めはかからず、「子供を増やすこと」が国家目標になっているのだ。
習主席は「若者の恋愛や結婚、出産、家族観への指導を強化する」よう指示していて、それを受けた地元政府などが「結婚学校」などの取り組みを進めている。
「結婚学校」が作られた長沙市以外に、北京市内の公園でも「適切な年齢で結婚し子育てをしよう」と呼びかける看板が掲げられ、その下には家族の人形が並んでいる。そこにいる子供の人形の数は、国が提唱する「3人」だった。街中にある小さな公園にいたるまで、習主席の号令実現に向けたスローガンを人々にすり込むための場になっている。
しかし、結婚や出産をめぐる問題を中国の若者に聞くと、聞こえてきたのは様々な“圧力”だった。「結納金が高い」「経済不況だけど教育費が高い。子供を良い学校に入れなければ競争を勝ち抜けないから仕方ない」など、金銭面を心配する声が聞かれた。
一方、複数の女性が口にしたのは、結婚や出産に対して個人の考えがないがしろにされているという不満だった。ある10代の女性は「自分が楽しいと思えれば結婚する。人それぞれ自分の生き方がある。他人から考え方を強制されるべきではない」と話した。
妊娠中の女性にも話を聞くと、彼女は少し考え込んだ末にきっぱりと答えた。
「これは個人の意思の問題だ。国の政策が良いか悪いかは分からない。でも、人々の結婚や出産への考え方も環境もそれぞれだから、もっと個人の意思を尊重すべきだ」