ロシアの「独立承認」でウクライナ情勢はどうなるのか国際安全保障の専門家が解説
ウクライナ東部の親ロシア派が実効支配する地域を“独立国家”として承認したロシア。プーチン大統領が「平和維持」を名目に軍の派遣を指示したことで、ウクライナ情勢は新たな局面を迎えつつある。ロシアの狙いと今後の見通しについて、国際安全保障に詳しい慶應義塾大学総合政策学部の鶴岡路人准教授に話を聞いた。
■ロシアによる「独立承認」による影響は? 欧米の対応は?
ロシアによる独立承認は、明確にミンスク合意(=ウクライナ東部紛争をめぐるウクライナとロシアなどの停戦と和平のための合意)違反だ。同時に国際法違反でもあるし、国連憲章にも違反していて、ミンスク合意というのは完全に終わってしまったと言える。
ロシアは武装勢力の支配地域を“国”として承認したが、範囲がいまひとつ明確ではない。現段階での武装勢力の支配地域が新しい国境なのか、あるいはドネツク州、ルガンスク州の州全体が新しい“国”と言っているのかどうかだが、州全体だとすると武装勢力の支配地域を拡大しないといけなくなる。
現状の武装勢力の支配地域にただロシア軍が入るだけなのか、それによってウクライナ政府の出方も変わってくるし、欧米を中心とする国際社会の出方も変わってくると思う。
非常に難しいのが、アメリカやヨーロッパ、日本を含めたG7も「さらなる侵攻が起きたら強い経済制裁を行う」とロシアに対する警告を行ってきた点だ。そうすると何をもって「さらなる侵攻」というのか、この「さらなる侵攻」の認定が大きな問題になる。バイデン政権はいまのところ、2つの“国”(=親ロシア派による「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」)の承認という段階をもって「さらなる侵攻」とは言わない姿勢を見せていて、ロシア軍はこの地域に2014年からずっといるんだという理解を示しているので、それをもって「さらなる侵攻」という認定はすぐにはしないだろうと思う。
裏の存在として密かにいたものが、表の存在としてのロシア軍の存在に変わったところで本当に現状が変わったと言えるのかということだ。
そのように慎重な立場から見ると、「平和維持軍」というのは新しい存在ではないという解釈ができるし、プーチン大統領もあからさまに何もないまま、ウクライナに正規軍を送って侵攻するというのを避けたという解釈も可能だ。ロシア側が2つの“国”を承認するというステップを踏んで、部隊を送る口実を少しでも作ろうとしていると考えることはできると思う。
ただ、それは国際法違反なので、国際社会としてみればまったく受け入れることができない口実なわけだが、ロシア側の整理として、ウクライナにいきなり部隊を送ったのではなく、「独立国家に要請されて平和維持部隊を送ったんですよ」という口実を作ったということ。
もしロシア側が支配地域の拡大に乗り出すとなれば、ウクライナ軍との戦闘が起きるので、これは「さらなる侵攻」というのが明確な形で示されるということになると思う。
ただ、そこはまだ最終的には分からないところで、アメリカとしてはとりあえず様子見をしているというのが現在の状況だと思う。
そうするとロシア側はうまい戦術というか、少しずつ駒を進めて西側諸国の出方を見ている、さらに言うと、西側諸国が歩調を揃えて対応するのが難しい状況を作ろうとしているということなのだと思う。
■ロシア側の狙いは? 外交交渉での平和的な解決は?
ドネツク州とルガンスク州という2つの地域の自治を高めていき、最終的にウクライナの外交・安全保障に拒否権を持つような形で、ロシアとしては影響力を行使して、結果としてウクライナのNATO(=北大西洋条約機構)加盟を阻止する、ある意味「拒否権」を確保したいというのが、ロシアの解釈に基づくミンスク合意の使い方だった。
想像だが、プーチン大統領は今回、ミンスク合意以上のものを実現したいということなんだと思う。
2つの地域を“国家”として承認すると、完全にウクライナから切り離すということになる。2つの“国”を承認したプーチン大統領のスピーチでは、ウクライナという国の存在自体を認めていないかのような物言いになっているので、この2つの地域をロシアのものにする、あるいは独立させて終わりということではないのだろう。
ウクライナ側あるいは欧米の側からすると、ロシアが自作自演で偽旗作戦(=攻撃を受けたと偽装して被害者を装う作戦)をやっているということはかなり明確なわけだが、ロシア側はもうずっと情報戦をやっていて、偽情報をたくさん流している。そうすると、本当に現場で何が起こったかに関するコンセンサスを事実に基づいて作ることは、非常に難しい状況だと思う。
今後の具体的な侵攻のタイミングは、実際にウクライナ領内に入ってロシア軍がどこでどういう行動をするのかと、それにかかっていると思う。武装勢力の現在の支配地域から拡大しようと動くのかどうかが1つの鍵になるかと思う。
外交交渉は米露外相会談の準備は継続しているということだが、ミンスク合意が完全に崩壊した今となっては、何に基づいて妥協点を探るのか、妥協点の基礎になるものがなくなってしまったわけで、そうした中で新しい何らかの和平合意をイチから作るというのは極めて厳しい状況だと思う。
また、既にロシア軍がウクライナ領内に入っている中で、和平を行うというのは、なかなかウクライナとしても受け入れられないもので、国境の反対側での(ロシア)軍の集結による威嚇という段階を既に超えている。ウクライナ領内に「平和維持軍」という名前を使ってロシア軍が入ってきているという圧力、脅しの中で、まともな和平交渉ができるのかというと、それは非常に難しい。
既に段階としては、ロシアは何か交渉によってアメリカやヨーロッパから何かを引き出すということではなく、この段階においては、ウクライナの主権と領土的体制を基礎とした和平合意というのを作るというのは、事実上もう絶望的な状況になっているのかなという気がしている。
■今後の見通しは?
ロシア側の動きがまだ全く分からないというのが、全ての前提だ。
武装勢力の支配地域内のみにロシア軍が展開をして、そのまま特に行動をせずにいるだけみたいな形が長く続くと、紛争としてはこう着状態ということになる可能性はある。そうすると、西側としても「さらなる侵攻の認定」ができずに、大規模な制裁は行われずに事態が推移するということもシナリオとしてはあり得る。
もし現状の武装勢力の支配地域を越えて、ロシア軍が侵攻することになると、ウクライナ軍との間での戦闘が発生するということになる。
戦闘が発生し死傷者が出て、戦闘が行われる地域がさらに拡大していくと、国内避難民も増えるだろうし、国外に出る難民も当然発生してくる。
ウクライナはポーランドやルーマニアという、EU加盟国と国境を接しているので、国外に難民として流出すると彼らをどのように保護するのかといったようなものも、ヨーロッパにとっては特に大きな課題になってくる。
ロシア側が何を望んでいるのか、狙っているのか、はっきりと分からないが、重要な点はより広い地域を対象とした軍事的な侵攻が今、能力的に可能な状態にあるということ。そういう状態にある以上、ロシアの行動がより大規模になるという可能性を否定することはできないのが現状だ。