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『アメとムチ』の中国に揺れる台湾

2019年1月1日 17:56

中国と台湾の関係の中で最も注目されるのが、2020年の台湾の総統選挙だ。中台関係の大きな方向性が決まる、その総統選挙が約1年後に迫る中、台湾の蔡英文政権が、かつて無いほど揺れている。2018年11月の統一地方選挙で大敗。この選挙は蔡英文総統と、政権を支える与党・民進党の「中間試験」と言われ注目されたが、民進党は選挙前に持っていた13の市長ポストを6つに半減させ、蔡総統は党主席を引責辞任した。中国との協調路線をとる最大野党・国民党が躍進し、次の総統選挙では蔡総統の再選が危ぶまれている。この状況に至った経緯には「アメとムチ」の両面政策をとる、中国の台湾政策が少なからず影響を与えている。

与党・民進党と蔡政権は2016年当時、政治的・経済的に高まっていた中国への依存を懸念する市民の支持を得て誕生した。蔡総統は中国が最重視する「一つの中国」の原則を直接認めず、中国とは距離を取って、独立でも統一でもない「現状維持」を掲げてきた。しかし中国の習近平国家主席は、台湾独立への動きを警戒。野党となった国民党の主席とは会談を行ったが、蔡総統とはいまだに一度も会談していない。習主席は「いかなる組織や政党でも、中国の領土を一片たりとも分裂させようとすれば、絶対に許さない」などと蔡政権を強くけん制し、中国は台湾への外交的圧力を強化してきた。

例えば、これまで台湾が参加していたICAO(=国際民間航空機関)の総会やWHO(=世界保健機関)の総会について、それぞれ2016年・2017年以降、台湾が招待されず、参加が認められなくなった。こうした背景には、中国からの圧力があるとみられている。また台湾と外交関係にあったパナマやドミニカ共和国、エルサルバドルが、次々に台湾との断交を発表し、中国と国交を結んだ。台湾は国際社会での活動が次第に制限され、友好国がこれまでで最も少ない17か国にまで減るなど、孤立を深めている。

台湾・民進党の支持層の中でも特に独立志向の強い団体などは、こうした中国の圧力に反発を強め、中国との決定的な対立を避けようとする蔡政権の「現状維持」路線に不信を募らせた。2018年11月の統一地方選挙の前には集会を開き、独立を問う住民投票を行うよう求めたが、その際に民進党は所属議員らの参加を禁止にした。中国への刺激を避けたとみられている。中国の圧力が民進党と一部の支持層の分裂を引き起こした形で、台湾メディアは、統一地方選挙での民進党の敗因の一つに、従来の支持層からの支持を得られなかった点を挙げている。

外交的な行き詰まりをみせる蔡総統の支持率は、2018年11月の世論調査で28.5%と、政権交代後、最も低い数字まで下がっている。年金改革に大きな反対運動が起きるなど内政的な失点だけでなく、対中関係の悪化から台湾を訪れる中国人観光客が半減し、地方経済に影響を及ぼし続けていることも支持率低下の一因となった。

台湾を訪れる中国人観光客は、国民党政権の2015年には400万人を超えていたが、蔡政権以降は減り続け、2017年には約200万人と激減した。南部の高雄では20年ぶりに野党・国民党が市長ポストを奪い返した。台湾メディアは、この市は中国人観光客が土産物を買いに訪れていた商店街で貸店舗が増え、百貨店から客が減るなど中台関係悪化の大きな影響が出ていたと伝えている。

中国側もこうした状況を把握していて、台湾の統一地方選挙の翌日には、中国側の台湾関連の事務を担当する国務院台湾事務弁公室が「すでに高雄市に中国人団体客が向かっている。良い知らせの始まりだ」とのコメントを出した。中国は次の総統選挙に向け、台湾の世論を中国寄りに誘導していくため、蔡政権の頭越しに台湾市民を優遇し、経済的なメリットを与えていくとみられている。

例えば、すでに2018年2月には中国政府が全31項目の台湾優遇策を発表。台湾から中国へ来た留学生に対する奨学金の額を4倍近くに増額した。また同年9月には希望する台湾市民に中国人と同じ身分証の発行を認めた。この身分証があれば中国の社会保険に加入できる上、銀行口座の開設や高速鉄道のチケットを買う際に手続きが簡素化され、生活の多くの面で中国人との差が無くなる。中国側の発表では受け付けが始まってわずか10日間で2万人以上の台湾市民が、この証明書を取得したという。圧力一辺倒だけではなく、台湾市民の中国への「同一化」も並行して進めた形だ。

台湾側からも、中国との結びつきを強め、中国の経済力に頼ろうという動きが出てきた。中国からわずか数キロの距離にある、対中国の最前線だった台湾の「金門島」は、地形的・気候的な理由から水不足に悩まされてきたが、2018年8月に中国側から生活用水を引き込み、新しい貯水場を運営し始めた。これは1995年に台湾側の金門島の政府が中国側の福建省政府に要求してきたもので、ここに来てようやく実現したものだった。この開通式で金門島の知事は、今後、水に加えて電力の融通を受けたり、橋を建設し中国側とつながる「水・電力・橋の建設」の「新三通」を実現させたりしたいと演説した。これに対し中国側は蔡政権を念頭に「障害を排除した上で」とし「両岸(中国と台湾)は一つの家族なので、自由に交流すべき」などと応じる考えを示している。地理的に中国との関係維持が欠かせない金門島のケースではあるが、台湾で国民党の首長が数多く誕生した今、台湾の多くの都市で、中国側との都市間交流・連携が進む可能性が出てきている。

台湾の中国政策の専門家、中央警察大学の王智盛教授は「台湾市民は、中国の台湾経済への影響力がこれほど大きいとは思わなかったはず」と、この2年間を振り返った。その上で、「統一地方選挙では経済の現状を考えて投票する人が大幅に増加した」と分析した。国民党の中からは前回の総統選挙から台湾人の気持ちが変化したとして「中国との統一を排除しない」との声も出始めた。再び政権交代となれば中台関係が大きく好転するが、同時に「台湾の主権尊重」を掲げた現在の蔡政権の路線は変更を余儀なくされることになる。中国との関係をめぐり台湾の市民は再び難しい判断を迫られている。