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コロナ封じ込め成功 台湾から学ぶべきは?

2020年8月24日 12:51
コロナ封じ込め成功 台湾から学ぶべきは?

日本を含む世界各地で新型コロナウイルスの感染者数が過去最多を記録する中、累計の感染者数を500人未満に抑え、感染拡大の封じ込めに世界で最も成功していると評価の高い台湾。その成功の背景には何があり、日本が学ぶべきことは何なのか。現地の大学に招かれて今年2月から台湾に滞在し、政府の封じ込め対策を目の当たりにしてきた北森武彦・東京大学特任教授に聞いた。


■SARSで懲りた経験

Q:台湾の封じ込め対策が評価されている最大の理由はどこに?

台湾は過去に何度も感染症で苦しめられてきた歴史がある。中でも2003年に流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)の際には多くの犠牲者を出した経験から、感染症への対策がある程度あらかじめ用意されていて、新型コロナウイルスでもいち早くその対策を発動した。

最も上手くいったのは初動対応だ。加盟が認められていない世界保健機関(WHO)からは情報が入りづらいため独自の国際情報網を確立していて、ウイルスの発生源である中国・武漢市や中国本土で起きていた危機の深刻さを早い段階から把握していた。2月初旬の春節(中国の旧正月)で中国本土に帰省した人々のUターンに備え、水際での徹底的な封じ込め対策を行った。「ウイルスを外から入れない、国内で広げない」という2大方針を徹底した結果、4月から国内の新規感染者ゼロが3か月以上続いている。


■身近な対策、ペナルティも明確

Q:世界で新型ウイルスの感染が急速に拡大し始めた2月に台湾に着任したが、当時の状況は?

着任当初から台湾ではすでにある種の緊張感が張り詰めていて、日本から来た私は、まずは雰囲気の違いに驚かされた。私が在籍する清華大学では、1月末に新学期開始の2週間延期を決め、すべての集会も自粛、私の歓迎会も延期、2月末にはキャンパスに入る全ての入り口に検温所を設置し、検温を受けたことを示すワッペンを腕等に貼っていないと建物に入れないという徹底ぶりだった。

大学以外でも、同時に2人以上の感染者が確認された教育機関は完全に閉鎖するなどのルールが徹底された。また、公共交通機関ではマスク着用が義務化され、違反者には3万5千円相当の罰金が科されるほか、隔離期間中に外出した場合にも350万円相当の罰金が科されるなど、日本と違いペナルティが明確な点も特徴の一つと言える。


■最新IT技術を駆使

Q:危機時のリーダーシップという面でも特徴が?

台湾の感染拡大封じ込めに大きな役割を果たしたのは、何と言っても蔡英文総統で、彼女のリーダーシップの元での関係閣僚の連携だった。特に、「中央感染症指揮センター」で人々の行動に対して陣頭指揮を執った陳時中・衛生福利部部長(保健大臣)、マスクの生産体制と供給体制をたった一か月で確立した沈栄津経済部長(経済大臣)とIT担当大臣の唐鳳(オードリー・タン)氏、この3大臣の適切で効果的な実務対応は印象的だった。

そして、この体制を再選後わずか一週間で築きあげ、中央感染症指揮センターに至っては、国内感染第一号が発生する前日に稼働させていた、蔡総統の先見性と決断力、リーダーシップが一番重要だったように思う。

実務では、日々状況が変わる初期対応の頃、国民から「お願いですから少し休んでください」とまで言われ、信頼を集めた陳部長の誠実な対応ぶりは、経済面を含めいろいろな負の側面はあっても、政府の施策に国民が積極的に協力していく結束力を生んでいたように思う。日本が失いつつある日本の良さを台湾で見ている気がした。

人々は2月から、外出はもちろん、すでにマスクやソーシャルディスタンスは当然のこと、握手することさえ控えていた。かといって、買い物に不自由することも無かった。新学期開始延期に異論は聞かなかった。

同時に、政府は良質のマスクと消毒用アルコールが足りなくなることをいち早く看破し、マスクについては生産と供給の両面で官民一体の「ナショナル・チーム」といえる体制を取って対応していた。まず生産量を確保しつつ、生産したマスクを効果的に国全体に供給する体制を作りあげていた。

生産量の確保に当たっては、マスクはもとより「マスク製造装置」が不足することを政府は把握したが、マスク製造装置を製造できる企業は小規模な企業2社しかなく、月産数機が限界だった。しかし、最低目標の日産1300万枚を確保するには、生産ライン60基の増設が必要だった。

沈栄津経済部長は、企業や国立研究所から集めたナショナル・チームを結成し、この二社に数百名を投入した。通常半年以上かかる60基のマスク生産ラインの製造を、工場増設も入れて、たった一か月足らずで成し遂げたと聞く。驚くべき国家的協力体制といえる。

そして、生産したマスクは医療現場や空港など必要度の高いところを優先して、なおかつ、全国民にできる限り迅速平等に配布する必要がある。つまり、マスク配布の国家レベルのリアルタイム最適化問題である。特に、配布初期の過渡的な期間が難しい。

AIなど最新の技術を使ってこの難題に見事に対応したとして注目されているのが、IT担当大臣の唐鳳(オードリー・タン)氏だ。天才プログラマーとして知られる唐氏は、増産したマスクの配給システムを管理するソフトの開発を指揮した。製造拠点、集散地、病院や空港、小売店、ロジスティックスまで入れて、リアルタイムで生産と配布状況を把握して指揮統制できるシステムと聞く。

例えば、人々は衛生福利部のアプリからマスク購入を申し込み、指定店から受け取るが、店頭で直接買うこともできる。その場合、日本のマイナンバー制にあたる「国民番号」を活用し、奇数・偶数などによってマスクを購入できる曜日を区分けするなどの細かいルールまで確立し、需要と供給をリアルタイムで把握するシステムを導入することで店頭からマスクがなくなる事態を阻止した。

ちなみに、この国家的なマスク作戦、マスク製造ラインは最終的に92基まで増設し、当初日産190万枚だった国内生産能力は、現在2000万枚に達し世界第2位で、医療用の高性能マスクも含めて国内需要は完全に確保でき、日本に200万枚提供もしている。国が投じた費用は日本円で約10億円だったと聞く。(後編へ続く)