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戦地向かうウクライナ兵が「結婚」決断のわけ…挙式を支援するプロジェクトも

2024年3月23日 14:06
戦地向かうウクライナ兵が「結婚」決断のわけ…挙式を支援するプロジェクトも

ロシアによる軍事侵攻が続くウクライナで、戦地に向かう兵士たちのなかには、あえて「結婚」を決断する人もいる。行政もこれまで時間がかかっていた結婚の手続きを迅速化し、後押ししている。さらに、経済的な理由から結婚式をあげられないカップルに対し、挙式をサポートする支援の輪も生まれている。
(国際部・坂井英人)

軍事侵攻の開始から2年となる今年2月、私たちは首都キーウで、去年8月に結婚したばかりの新婚夫婦のオレクサンドルさんとマリヤさんに出会った。オレクサンドルさんは国境警備隊に所属する現役の軍人で、マリヤさんは学校で国語(ウクライナ語)教師をしている。この日はオレクサンドルさんの休暇を利用し、2人でキーウを訪れていた。2人の出会いのきっかけは、皮肉にもロシアによる軍事侵攻だった。

侵攻開始後の2022年4月、北部・ジトーミル州の村にオレクサンドルさんの部隊が配置され、そこに暮らすマリヤさんが料理を差し入れたという。当時のお互いの印象について聞いてみると──。

オレクサンドルさん「初めて会話したのに、ずっと前から知っているような感覚で、感銘を受けました。とても話しやすくて、まるで自分と話しているようだったのです」

マリヤさん「彼の笑顔を覚えています。部隊が拠点を置いていた建物で、初めて顔を見たのです。まだ彼が誰かも知らなかったけれど、その笑顔を見て感動したんです。とても素朴で、カリスマ的でした」

その後、交際を始めた二人。去年、任務中の事故で一時的に部隊を離れたオレクサンドルさんは、プロポーズを決意した。

オレクサンドルさん「(けがによる休養中に)彼女が他の誰かに奪われないように、何かしなければと思いました。特に、私は(激戦地の)東部へ3か月行くことになっていました。とても長い期間です。彼女には、私が必ず戻ってくること、そして彼女が必要だということを知っておいてほしかったのです」

慌ただしく準備を進め、去年8月に結婚。戦地で命をかけるためにも、必要な決断だったという。

オレクサンドルさん「東部に行くという事実を受け入れるのは精神的にとても難しいことです。しかしそこに行く理由、そして自分の帰りを待ち、支えてくれる人がいることを分かっていれば、ずっと楽になります」

マリヤさん「(オレクサンドルとの出会いは)この荒々しく、邪悪な出来事のなかで、一筋の光のようでした。彼が現れて、また『生きたい』と思ったのです。戦争は戦争ですが、未来のことを考え、ポジティブなことを見つけなければなりません。この愛こそが私たちを前に進ませるものなのです」

それでも、マリヤさんは夫を戦地に送り出すときには不安を抑えられないと話す。

マリヤさん「帰ってこられるかどうかも分からないのですから、彼を送り出すのはとても辛いです。彼が(戦地に)行かなくてすむのなら、私は何でもします」

■軍事侵攻で「結婚増加」制度変更も後押し

ロシアによる軍事侵攻が始まった2022年、ウクライナでは22万2890件の結婚の届け出があった。これは前の年から4.1%の増加で、先の見えない戦時下だからこそ、結婚の決断を急ぐカップルが多かったことが背景にあると考えられている。

また、結婚届け出の制度変更もこうした動きを後押しし、特に戦地に向かう兵士の結婚は迅速に行われるようになった。ウクライナ政府によると、以前は結婚の届け出希望を役所に出して実際に認められるまで、およそ1か月待たなければならなかったが、今は即日手続きが完了する。さらに、軍人は特別にオンラインで結婚の届け出ができ、必要であれば直属の上官が婚姻証明を作成し、結婚させることもできるようになったとしている。

ただ、なかには金銭的な理由からきちんとした結婚式をあげられないカップルもいる。ウエディングプランナーのスベトラーナ・オリフェルさんは、「英雄に結婚式を」というプロジェクトの主催者で、こうした兵士たちの挙式を支援している。結婚式を希望するカップルの要望に応じてSNSを通じて協力者を募り、写真撮影、ケーキ、メークなど挙式に必要な多くのものを無料で提供するほか、会場代などの価格交渉をするなどして、カップルの負担が極力少なくなるよう支援する。

結婚式支援プロジェクトを始めたきっかけは2022年6月、自宅がある中部チェルカッスイ州で「結婚式の音楽」を聞いたことだったという。

オリフェルさん「日曜日の朝、音楽が聞こえて目を覚ましました。それは結婚式の音楽でした。戦争中にこんな音楽を聴くなんて、とてもびっくりしました。見てみると、兵士の結婚式だったのです」

しかし、このときオリフェルさんが目にした「結婚式」は、音楽とわずかな風船しかない、非常に質素なものだった。直前に自身がウクライナ国外で手がけた華やかな結婚式とはあまりにも違い、大きなショックを受けたという。

オリフェルさん「(見ていて)とても辛いものでした。兵士はいま私たちを守っている最も大切な人々なのに、(きちんとした)結婚式をあげられなかったのです。彼らも人生最高の日を楽しみ、愛し、祝う権利があります」

■SNSで広がった支援の輪

兵士たちに満足できる結婚式をあげてもらいたい。そう考えたオリフェルさんは「英雄に結婚式を」と名付けたプロジェクトを開始し、協力者を募った。それまで国外を拠点に活動していたこともあり、ウクライナで式をあげるのに頼れる知り合いはいなかったが、すぐに協力者が現れたという。

オリフェルさん「ウエディング業界とは縁のない、一般の人々が協力してくれました。無償で協力してくれるカメラマンを探しているとフェイスブックに投稿したところ、ドミノが倒れるように広がり、キーウにいる人から『協力したい』と電話を受けたのです。このようにして2022年の夏、(支援した)最初の結婚式をあげました」

オリフェルさんは2022年6月以降、これまでに30組以上の挙式をサポートしてきたという。

キーウ中心部の独立広場の一角には、ロシア軍との戦闘などで死亡した軍人たちを悼む無数のウクライナ国旗が立てられている。新婚夫婦のオレクサンドルさんとマリヤさんも、この場所を訪れた。

オレクサンドルさん「この旗を見ていると、亡くなった友人たちを思い出します。私の部隊にも犠牲になった仲間がいて、私の長年の友人も含まれています」

マリヤさん「私は新年を迎える前に母とここを訪れましたが、(旗の数は)もっと少なかったです。でもここに来る度に…。この数は多すぎます」

この先、再び戦地に戻ることになるオレクサンドルさん。次の休暇がいつになるか見通せないなか、「今を生きる」ことを大切にしていると話した。

オレクサンドルさん「マリヤは私が戦争や東部の状況について考えなくてすむように、とても頑張ってくれています。私たちは人生からできるだけのものを得ようとしているのです」

マリヤさん「この(一緒にいられる)期間、私たちはできる限りのことをして、人生を最大限生きようとしています」


オレクサンドルさんも亡くなった戦友のために旗を立てた。この先また、戦地へ戻ることについては──。

オレクサンドルさん「獣たち(露軍)を食い止める。それが戦地に戻る唯一の理由です」「(死の)恐怖は非常に強い。しかし、この義務はそれを上回るのです」

最後に、2人が望む未来について聞いた。

マリヤさん「戦争がなく、夫がそばにいてくれて、子供の成長を見守ってくれる。そういう未来を本当に望んでいます」

オレクサンドルさん「戦争のない、平和な未来を望みます。最も重要なことは、戦争で人々が死ぬこの状況が終わることです。結局のところ、これが最も意味のないことなのですから」