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日系人と戦争強制収容伝えるポッドキャスト

2021年8月14日 20:54

アメリカがコロナ禍のまっただ中にあった去年秋、「Campu」と名付けられたポッドキャストがアメリカでリリースされ、話題となった。第二次世界大戦中の日系アメリカ人の強制収容をテーマに、体験者の実際の証言を伝えるプロジェクトだ。

戦争の経験を伝える新たな形。企画した日系アメリカ人きょうだいの弟、ノア・マルヤマ(28)に話を聞くと、日系アメリカ人が「日本」という自らのアイデンティティに対して抱く、複雑な思いも見えてきた。
(ワシントン支局・渡邊翔)

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■コロナ禍で話題の「ポッドキャスト」強制収容の証言に再び光

日系アメリカ人の強制収容の証言を伝えるポッドキャスト「Campu」の特徴のひとつは、個人の体験や出来事ではなく、彼らの記憶にある、収容時の経験を象徴する「モノ」に焦点がを当てるということだ。

たとえば第1回は、「岩(Rocks)」というタイトルが付けられ、ポッドキャストの制作を担当するノアの曾祖父が、強制収容所を去る際、大量の「岩」を持ち帰るエピソードから始まる。

ポッドキャストを聞くにつれて明らかになるのは、2人の曾祖父だけでなく、収容された多くの日系人が、岩や石を集めていたということ。

収容所の退屈な日々を紛らわせるために、岩や石だけでなく、貝殻など、さまざまなものが集められ、加工されていたという事実が語られる。その集められた岩や石で、収容所には「石庭」が作られた。こうした試みは、収容者にとって、「収容所という醜い場所に、美を作り出したい」という思いの現れでもあったことが説明される。解放後、一部の人たちは、2人の曾祖父と同様、その岩を持ち帰ったという。

これまでに公開された6つのエピソードは、他にも「フェンス」「トイレ」「食事」など、収容所の経験と強く結びつく題材が取り上げられている。

「出来事を起きた順に並べるのではなく、こうすることで、より人間らしさが出ると感じたんです」――ポッドキャストの共同制作者ノア・マルヤマ(28)はこう理由を説明する。

■「日系人の経験した孤独やヘイトクライムを知って欲しい」

日系アメリカ人の歴史について研究する姉・ハナを持つノアは、数年前から姉との間で、日系アメリカ人、つまり「自分の家族やコミュニティの歴史」について語るというアイデアを温めていたという。

新型コロナウイルスのパンデミックが起き、2人に時間ができた去年、そのアイデアを実行に移した。日系アメリカ人の証言のインタビューを撮り溜めていた団体と連携して、彼らの証言をポッドキャストとしてまとめるというプロジェクトだ。

ノア・マルヤマ
「ハナと私は、日系人の経験した孤独や、ひどいヘイトクライムについて伝えたかったのです。歴史をそのままにしておけば、それは消えてしまう。アジア系の若者は、特に彼らの歴史をあまり知らない。少しでも背景を伝えたいと思いました。何よりも、収容所に関する人間的な面を伝えたかった」

こうしてリリースされた「Campu」。音声のみのポッドキャストという形式を生かし、複数の経験者の証言を組み合わせ、印象的な音楽とともにテンポ良く語ることで、これまでの証言録になかった「聞きやすさ」や、「強制収容を包括的にとらえる視点」が生まれた。

戦争証言を伝えるコンテンツとしては異例の2万回近い再生を達成。有力紙ニューヨークタイムズが「聞くべき新たなポッドキャスト」のひとつとして取り上げるなど、その試みは大きく注目された。

■収容体験を「聞けない」…伝承をめぐる課題

プロジェクトを通じて、日系人という自らのコミュニティーを、より身近に感じるようになったというノア。しかし以前は、「日系人収容所のことなどは聞いてはいたが、ある意味、避けていた」と話す。強制収容を経験した祖母に対しても、「思い出したくないことで、つらい思いをさせる」と思って、話をしなかったという。

その祖母は、去年の暮れに新型コロナウイルスに感染し、亡くなった。生前、多くを語らなかった祖母。ハナとノアは、その祖母の話した数少ないエピソード(収容所の経験以来、アップルバターが食べられなくなった、というものだ)を盛り込み、収容所での「食事」をテーマにしたコンテンツを配信した。

ノアに限らず、日系人の戦争経験者と、その子や孫の世代の「経験の共有」は、未だ大きな課題だ。ある別の日系アメリカ人の若者も、「辛い思い出は、こちらから聞きにくい」と話していたし、「子どもや孫が自分の経験を聞いてくることはなかった。自分から話すという感じでもなかった」と話す戦争経験者もいた。

ノアは、自らの辛い経験を語る難しさに加え、日系アメリカ人が、戦中・戦後にアメリカ社会に溶け込もうとして、「ある意味、日本を避けるように促されてきた」ことも、経験が家族や親族の中で共有されない原因だと指摘する。

その結果、今の若い世代の間では、「日系・アジア系というアイデンティティーへの誇り、という意識はあまりない」状態になっており、さらに戦後76年を経た今でも、「周りのアメリカ人(=白人)のようになりたい」との思いが見え隠れするという。

■「知らない人に寛容になれないことがある」
移民国家アメリカがなお抱える「多様性」めぐる課題

アジア系アメリカ人がアメリカ社会に「幸せな形で」溶け込むには、まだ時間がかかると話すノア。コロナ禍で増加したアジア系住民へのヘイトクライムも、その現れだと見ている。

ノア・マルヤマ
「たとえば、アジア系アメリカ人に対する最近のヘイトクライムは、私たちがどんなに自分をアメリカ人だと思っていても、周りの人は必ずしもそうではない、という証拠でもあるのです。アメリカは個人主義の国で、だからこそ素晴らしい偉業を成し遂げられる時もあるが、逆に知らない人に寛容になれない時がある」

ポッドキャストを通じて、個々の収容経験者のエピソードに触れ、人々の多様性を感じ取ってほしいと話す。

ノア・マルヤマ
「どんな人にも、その人によって異なる多様性というものがあるんです。日系アメリカ人が、自分自身の経験を話すことに、人々はまだ慣れていない。ポッドキャストが、日系アメリカ人のイメージを少しでも変えられたら良いと思います」