坂本龍一さんセレクトのプレイリストがかかるバーがNYに…Tシャツ姿でスピーカー選びも
先月28日に71歳で亡くなったミュージシャンの坂本龍一さん。住まいがあったニューヨークに、坂本さんがBGMのプレイリストを手がけたバーがある。坂本さんがバー用の音楽として選んだのはどのような曲なのか。秘蔵のプレイリストを見せてもらった。
■Tシャツ1枚でスピーカー選びも…
坂本さんの訃報が世界をかけめぐった4月2日、日曜日。ニューヨークの朝は抜けるような青空が広がっていた。坂本さんがBGMを手がけたバーがマンハッタンにあると知り、話を聞きに昼の営業が落ち着いた夕方に訪れた。
応対してくれたのは、大堂浩樹シェフ。以前、別の日本料理店で働いていた頃、客として来店した坂本さんから「店のBGMがひどい」とメールをもらった。それをきっかけに坂本さんは当時の店のプレイリストを手がけたという。
その頃から坂本さんとつきあいが始まった大堂さん。2018年に自身が独立して和食料理店を出店する際、バー部分のBGMの選曲をやりたいと坂本さん自らが申し出てくれたと話す。坂本さんはスピーカー選びからお店に携わったという。
バーの中でまず目を引くのが木をベースにしたアンティーク調の内装だ。ボトルやグラスが並べられた棚の最上部に、坂本さんが選んだスピーカーが取り付けられている。内装の施工が行われたのは夏で、坂本さんはTシャツ1枚で設置場所や音について指示を出しながら作業にあたっていたと話す。
大堂浩樹シェフ
「スピーカーを色々と置きながら、『ここがいいよね』『音のはね返りがここじゃだめだ』とか話されていました。音をとても大事にされていて、低音がどんどん響くようなスピーカーじゃなくてきれいなすっと抜ける音の方がいいとか、坂本さんのこだわりが詰まった設備になっています」
坂本さんが選んだというフランス製のスピーカーからは、柔らかい音質の上質な音楽がバーの空間を淡く彩っていた。坂本さんはバーが見渡せる壁際の座席に一人で座り、客の表情をみながら選曲をしていたという。
■坂本龍一 さんセレクト、全89曲のプレイリストは。
坂本さんがバー「HALL」のために作ったプレイリストは、全89曲、5時間57分に及ぶが一般には公開されていない。今回、スポティファイで作られたリストの一端を店内にあるアイポッドで見せてもらった。
1曲目は、マイルス・デイビスの「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」、続いてハービー・ハンコックの「スピーク・ライク・ア・チャイルド」、「ライオット」と最初の3曲はジャズナンバーから始まる。
大堂シェフの思い出の曲が、17曲目のブロッサム・ディアリーの「マンハッタン」。バーが完成したときに、坂本さんがシャンパンを口にしながら一番初めに流した曲で、大堂さんは「マンハッタンにあるバーだからマンハッタンなのかなと。坂本さんの遊び心を感じました」と話す。
プレイリストは、ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ビリー・ストレイホーンにアントニオ・カルロス・ジョビンとジャズやボサノバに加え、ピアソラのタンゴ、バラード、ラテンナンバーなど多岐にわたる選曲となっている。
坂本さん自身の曲は入っていないが、YMOのメンバー、細野晴臣さんがてがけた「万引き家族」のサントラから「ショップリフターズ」もリストに入っていた。
およそ6時間に及ぶプレイリストを締めくくるのは、メキシコのアーティスト、トリオ・ロス・パンチョスのラテンナンバー。
バーの会話を妨げないような、音圧は少し抑えめな上質で知的な曲がラインナップされている印象を持った。バーがオープンしてから5年間ずっとこのプレイリストをかけ続けているという大堂さん。
最後に坂本さんと会ったのは去年の夏過ぎで、その時は食べる量が少なくなったと感じたという。
お酒やグラスの横に並べられたオーディオの上には、ことし1月にリリースされたばかりの直筆サイン入りの最新レコードジャケットが飾られていた。スタッフが届けてくれたのだという。
坂本さんの訃報を受け、「心にぽっかりと穴があいたようです」と語る大堂さんは今月、奥のスペースにさらにバーをオープンする予定で、新たな場所のプレイリストも坂本さんが手がけているのだという。
大堂さんは、「僕と坂本さんとのストーリーはまだまだ続いています。思い出の場所が色んな方々に愛される店になっていけるように引き続き頑張っていこうと思います」と凜とした表情で語り、店内へと戻っていった。
■筆者プロフィール■
末岡寛雄:日本テレビニューヨーク支局長、気象予報士
学生時代はジャズバンドでピアノを担当。趣味は音楽鑑賞。好きなミュージシャンは、デューク・エリントン、バド・パウエル、オスカー・ピーターソン、エラ・フィッツジェラルド、サム・クック、アレサ・フランクリンなど