【コラム】トランプ前大統領を支持するキリスト教「福音派」(前編)…アメリカ政治を動かす宗教パワーとは
アメリカ大統領選挙をめぐり、トランプ前大統領が正式に共和党の大統領候補に選ばれた。そのトランプ氏を熱狂的に支持するのが、「キリスト教福音派」と呼ばれる人たちだ。刑事裁判で有罪評決を受けたり、過去のセクハラが相次いで報道されたりと、キリスト教の価値観に反する言動が目立つトランプ氏がなぜ保守的なクリスチャンに支持されるのか。キリスト教が熱心に信仰されているアメリカ南部「バイブル(聖書)ベルト」を現地取材した。
(NNNニューヨーク支局長 末岡寛雄)
■銃撃事件後の共和党大会で"神のおかげ"と繰り返したトランプ前大統領
7月18日。世界中が注目した銃撃事件後、初の演説でトランプ前大統領は熱狂する聴衆を前に「神」という言葉を繰り返した。
ーートランプ前大統領「私がみなさんの前に立っているのは全能の神の恵みのおかげだ」「(銃撃を受けたが)とても安全だと感じた。なぜなら神が私の側にいてくれると感じたからだ。」
大会のクライマックスとなったトランプ氏の演説の前には、「宗教パワー」を感じる瞬間があった。登壇したのはキリスト教伝道者、ビリー・グラハム牧師の息子、フランクリン・グラハム牧師。アイゼンハワーからオバマまで、歴代大統領の精神的支柱となった存在だ。会衆が総立ちとなり、牧師がトランプ氏のために神に祈りを捧げ、「アーメン」という言葉がこだました。銃撃事件後の世論調査では共和党を支持する人のなんと65%が、「トランプ氏が一命を取り留めたのは神の摂理だ」と回答しているという。
また、共和党大会の会場の一角では、銃撃事件の直後にトランプ氏が拳を突き上げた写真と共に、トランプ氏"公認"の聖書が1冊およそ9000円で販売されていた。この"公認"の聖書は今年3月から販売が始まった。トランプ氏は自らのSNSで「聖書は一番好きな本」とした上で「アメリカを再び偉大にするためには宗教はとても重要だ」「アメリカを再び祈りの国にしないといけない」と訴えた。
トランプ氏はなぜこれほど厚く「宗教」へアプローチするのか?その背景にあるのが、トランプ氏を熱心に支持するキリスト教保守派の「福音派」と呼ばれる人たちだ。
■トランプ氏がおもんばかるキリスト教「福音派」とは?
「福音派」とは、キリスト教プロテスタントの一部の宗派を指す。聖書を歴史的な書物ではなく、「御言葉(みことば)=神の言葉」だとして信じて、聖書に忠実な信仰生活をおくる人々だ。聖書を絶対的なものとみなすため、性的少数者や人工中絶の権利について否定的な考えを持つ。具体的に聖書にはこう書かれている。
レビ記18章22節:「あなたは女と寝るように男と寝てはならない。これは憎むべきことである。」→同性愛、同性婚に否定的な立場
エレミヤ書1章5節:「あなたがまだ生まれないさきに、あなたを聖別し~」→神は胎児もひとりの人間とみなすため、人工中絶は殺人と同じだとして、否定的な立場
ピュー研究所によると、「福音派」はアメリカの成人人口の4分の1を占めている。うち81%がトランプ氏に投票すると答えていて、選挙には大きな影響力を持っているのだ。
■キリスト教価値観に反するトランプ氏を福音派はナゼ支持?
過去のセクハラ報道や、刑事裁判での有罪評決などキリスト教の価値観に反する言動が目立つトランプ氏を福音派はナゼ支持するのか?その理由を探るため、私たちは南部テネシー州へと向かった。
音楽の都、ナッシュビルから車でおよそ30分。車を走らせているとあちこちに教会の十字架が見える。この辺りは、「バイブル(聖書)ベルト」と呼ばれる、キリスト教の信仰が厚い一帯だ。
その一角に、広い敷地の中でひときわ大きな十字架が目立つ教会があった。トランプ氏の支持を打ち出す、グレグ・ロック牧師の教会だ。我々は日曜礼拝の取材を日本メディアとしては初めて許された。礼拝の1時間前になると銃を持った警備員が続々と集まってくる。トランプ氏支持を打ち出しコロナ禍以降、信者が急増する一方で、脅迫電話が相次いでいるため警備を強化したという。会堂は急ごしらえのテント造り。空調設備が整っていないため巨大な扇風機が生暖かい風をかき回していた。
■「あなたにはユダヤ人の救い主がいる」…トランプ氏支持の牧師
舞台の上にはバンドが陣取り、音楽を担当する「ワーシップリーダー」がライブ会場さながらに歌をリードする。会衆は立ち上がって手を上げて神を賛美していた。一種の恍惚状態が続いたあと、トランプ氏を支持するロック牧師がマイクを持って登場し、会衆を前に熱い口調で語り始めた。
ーグレグ・ロック牧師「あなたが神からもらったもの全てにユダヤ人の指紋がついている。 あなたにはユダヤ人の救い主がいるのです!」
教壇からユダヤ人が建国した親イスラエルの姿勢を繰り返し説いたロック牧師。「福音派」は、聖書に出てくるアブラハム・イサク・モーセをはじめ十字架に架けられたイエス・キリストは、全てユダヤ人のため「神から選ばれた民」だと位置づけ、親イスラエルの立場をとる。このためイスラム組織ハマスと戦闘を続けるイスラエルを積極的に支持するし、トランプ氏が大統領時代に、イスラエルの米国大使館を聖地エルサレムに移転した際は喝采を送ったのだ。
<後編へ続く>
■筆者プロフィール
末岡寛雄NNNニューヨーク支局長。「news every.」「news zero」のデスクやサイバー取材などを担当し、災害報道にも携わる。気象予報士。趣味はピアノ演奏と音楽鑑賞。ジャズ・ロック・ソウル・ゴスペルが好き。