【コラム】トランプ前大統領を支持するキリスト教「福音派」(後編)…「性的倒錯がアメリカを覆っている」
アメリカ大統領選挙をめぐり、トランプ前大統領が正式に共和党の大統領候補に選ばれた。そのトランプ氏を熱狂的に支持するのが、「キリスト教福音派」と呼ばれる人たちだ。刑事裁判で有罪評決を受けたり、過去のセクハラが相次いで報道されたりと、キリスト教の価値観に反する言動が目立つトランプ氏がなぜ保守的なクリスチャンに支持されるのか。キリスト教が熱心に信仰されているアメリカ南部「バイブル(聖書)ベルト」を現地取材した。
(NNNニューヨーク支局長 末岡寛雄)
<前編から続く>
■「性的倒錯がアメリカを覆っている」…米国の現状を嘆く福音派牧師
礼拝が終盤にさしかかると、舞台の脇に設置されたイスラエル国旗が記された水槽の周辺に人が集まり始めた。テントで水着に着替えた信者が次々と頭から水につけられていく。福音派特有の全身を水に浸す洗礼式で、神を信じて生まれ変わったことを象徴する儀式だ。トランプ氏を支持するロック牧師は、今のアメリカの政治状況について「サタン(悪魔)が文化に影響を与えて、世界中のあらゆるモノがLGBTQを推進している」と嘆いた上でこう述べた。
ーーロック牧師:「性的倒錯がこの国を覆ってる。絶対に同性婚を覆すべきで、中絶を覆して、連邦政府として禁止して犯罪にすべきです」「聖書には神を忘れた国は呪いを受けて地獄になると書かれています」
■保守的な「福音派」の恐れとは…アメリカ建国とキリスト教
元々アメリカは、宗教的な迫害から逃れてきたキリスト教徒が建国した国とされ、プロテスタントの価値観が浸透した"キリスト教国家"的な側面を持っていた。歴代大統領は就任式の時に聖書の上に手を置いて宣誓を行うし、公立学校では聖書朗読も行われていた。
しかし、時代が進むと共に価値観が多様化し、リベラルの影響が強くなり状況が変わる。1962年には公立学校での礼拝が違憲とされ、73年には中絶の権利が認められ、2015年には同性婚が認められる最高裁判決が出た。聖書の記述は神の言葉としてとらえキリスト教原理主義的な側面を持つ「福音派」。彼らはリベラル的な考えがアメリカに浸透して国の形を変えていくと感じ、自分たちが守ってきた伝統的な価値観が覆されつつある状況に危機感を強めたのだ。
最高裁判決を覆すために「福音派」が目をつけたのが最高裁判事だ。アメリカの最高裁判事は大統領が指名し、任期はなんと「終身」である。2016年に福音派の支持を得て当選したトランプ氏は、大統領の任期中に中絶反対派の保守派の最高裁判事を3名指名した。その結果、トランプ氏退任後のバイデン政権の2022年6月に、73年の中絶の権利を認めた最高裁判決が破棄されたのだ。福音派がまいた種が、トランプ氏の退任後に実を結ぶ形となった瞬間だった。
■キリスト教価値観に反すように見えるトランプ氏をナゼ福音派は支持?
繰り返しとなるが、過去のセクハラ報道や、刑事事件の有罪評決など、キリスト教の価値観とはほど遠く、信心深いとはいえないトランプ氏をなぜ福音派は支持するのか?
トランプ氏を支持するロック牧師に改めて聞いてみた。
――グレグ・ロック牧師「トランプ師を支持する最大の理由は、私が言うべきことを言わせてくれる人だからです。彼は歴史上最もアメリカに親しみ、言論の自由に親しんでいる大統領(候補)です」「誰だって失敗する。私は彼を見て、不倫したとか離婚したとか言うつもりはない。私は牧師を選ぼうとしているのではない。大統領を選ぼうとしているのです」
ロック牧師はこう述べた上で、「メディアは嘘をつくので、トランプ氏が過去に何をやったかなんてどうでも良い」と付け加えた。
またワシントンの政治集会で出会った福音派の女性は、「聖書に出てくるダビデも姦淫の罪を犯しました。神様は不完全な人を用いられるのです。しかし、私たちには罪を許す神様がいます。トランプ氏は自分の罪を告白して、神様に導かれているのです。だから私たちは許しているので彼に投票できます」との答えが返ってきた。
確かに聖書に出てくる登場人物は、イエス・キリストのような高潔な人だけではない。ダビデもソロモンも人間くさい一面を持っている。それにトランプ氏を重ね合わせていることがわかって妙に腑に落ちた反面、複雑な気持ちとなった。
■宗教と愛国心が一体となったナショナリズムが行き着く先は?
しかし、福音派の人全てが狂信的にトランプ氏を支持しているわけではない。福音派の中でもトランプ氏のやり方に懐疑的な穏健派の牧師やクリスチャンもいて、教会分裂の火種になっている。さらにトランプ氏"公認"の聖書は、票を集めるためだけの政治的混乱を招くものなので購入するなと呼びかける牧師もいる。福音派の中でも葛藤が続いているのだ。
今回の取材を通じ、銃撃事件後ますますトランプ氏の「神格化」が進んでいるのを目の当たりにした。11月の大統領選に向け、福音派の信仰心が愛国心と一体となるナショナリズムがより深化することへの懸念を感じた。結果、国内の分断がますます進み、さらにその先、国際社会へ与える影響など大統領選に向けた展望は見通せない。
■筆者プロフィール
末岡寛雄NNNニューヨーク支局長。「news every.」「news zero」のデスクやサイバー取材などを担当し、災害報道にも携わる。気象予報士。趣味はピアノ演奏と音楽鑑賞。ジャズ・ロック・ソウル・ゴスペルが好き。