中国の若者が“性被害”訴える伊藤詩織さんの映画・本に注目するワケ

中国で、ひそかに話題になっている日本映画がある。伊藤詩織監督のドキュメンタリー映画『Black Box Diaries』。中国では公開されていない映画だが、関連書籍も売れている。中国で「性被害」などの告発は当局の検閲の対象となり、こうした問題をグループで議論したことが知られれば監視の対象にもなり得る。それでも、この日本映画を知ろうと若者はひそかに集まっていた。一体、なぜなのか。
■“男女平等”掲げる中国 全人代でも「女性を祝います」…実態は
中国で毎年恒例の全人代(=全国人民代表大会)が3月5日から11日まで北京で開かれた。トップの習近平国家主席をはじめ「チャイナ7」と呼ばれる最高指導部の7人は全員男性。全人代で最高幹部たちが勢揃いする“ひな壇”にも、男性たちの姿が依然として目立った。
実は中国は国家方針としては“女性活躍”を高く掲げている。「建国の父」毛沢東氏はかつて「女性は天の半分を支える」と強調した。また3月の「国際女性デー」には女性のみ休業する制度があり、表向き様々な配慮をしていると見える。今年の「国際女性デー」の8日には、全人代の場で副委員長が「世界の女性や婦人をお祝いします」と女性をたたえたほか、中国メディアが会場前で女性記者に花をプレゼントする一幕もあった。
さまざまなスローガンが叫ばれ、女性活躍に心を砕いていると演出する中国。しかし、実態はどうなのか。
■「種類は違えど、Black Boxは存在する…」嘆きの声
8日の「国際女性デー」の夜、中国・北京のマンションの一室にはフェミニズムやジェンダー問題に関心のある若者10人が集まっていた。参加者が話題にしていたのは、伊藤詩織監督のドキュメンタリー映画『ブラック・ボックス・ダイアリーズ(Black Box Diaries)』だ。性的暴行を告発した伊藤さんが自ら調査を行う過程を記録し、その後の裁判から日本の司法制度への疑問を投げかけた作品で、この映画は中国ではいまだ一般公開はされていない。
しかし、アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞にノミネートされたことや、SNSで話題になっていることをきっかけに中国の若い世代にも知られるようになり、参加者はあらすじを調べたり、関連する紹介動画を入手したりして、情報を共有し、議論していた。
また、伊藤さんの著書『Black Box』は中国語で『黒箱』と訳され、書店などで販売され、中国でベストセラーにもなっている。
参加者の1人は「世界全体で見ても、まだまだ男女は不平等だ」と憤った。また別の参加者は「被害者の声が無かったことにされる現実にショックも受けたけれど、同時に想像できる話でもあるなと思った」と話し、各国で女性が置かれた厳しい状況に姿を重ねた。
一方で、中国ではこの集まりの存在自体が、当局に知られれば検閲の対象となりうる。女性が性被害を受けたことについて公然と告発に踏み切れば、有形無形さまざまな圧力が加わる。それでも、この日、集まった女性たちはそうした危険を冒してでも共有したかった“思い”があった。
「種類は違えど、中国にもBlack Boxが存在する」
「中国では女性は男性より弱い立場に置かれやすくて、都合の良い存在とされるケースが多い」
中国ではインターネットの検閲などを含め言論統制が厳しく、それに加え、性暴力やセクハラへの抗議集会も当局からマークされる対象になる。こうした状況下でも、若者たちは自らの体験などを共有し、思いを語り合う“きっかけ”を求めている。中国の若者たちにこの作品が支持を集めているのは、こうした理由からではないか。
ただ、中国当局の圧力も日増しに強くなっていて、検閲したり集会を取り締まったりする動きはどんどん広がっている。自由に語り合う機会がますます狭まるのではないか――中国の若者たちは息を潜めて、危機感を募らせている。