「おやつタイム」で見る王位戦第1局、持ち時間が少ない藤井七冠 VS 持ち時間を“減らしたくない”渡辺明九段
「王位戦七番勝負」が名古屋で開幕した。盤上で繰り広げられた、王位4連覇中の藤井七冠と王位初挑戦となる渡辺明九段による熱戦。その戦いは、おやつタイムに垣間みえた、両者の“持ち時間”との向き合い方から始まっていた。
タイトル奪還へ!1年ぶり6度目のタイトル戦
2024年6月、叡王のタイトルを奪われた藤井聡太七冠。2024年7月、永世称号の一つ”永世棋聖”の資格獲得を果たしたばかりだが、二つ目の永世称号となる”永世王位”の資格獲得をかけた、「王位戦七番勝負」が名古屋で開幕した。
”永世王位”は、連続5期か、通算10期で資格獲得となる。過去、その資格は、大山康晴十五世名人、中原誠十六世名人、現役では羽生善治九段が獲得している。
王位4連覇中の藤井七冠は、王位戦での防衛に成功すると5連覇を達成。”永世王位”の資格を獲得することができる。その獲得を阻止しようと挑むのが、意外にも“王位初挑戦”となる渡辺明九段だ。
これまで5回のタイトル戦で戦ってきた、藤井七冠と渡辺九段。二人の対戦成績を時系列で示してみると、
・2020年 棋聖戦
渡辺棋聖(当時)に藤井七段(当時)が勝利、藤井七段が初タイトル獲得。
・2021年 棋聖戦
渡辺名人(当時)が藤井棋聖に挑戦するも奪取ならず。
・2022年 王将戦
藤井四冠(当時)が渡辺名人(当時)より王将を奪取し、五冠へ。
・2023年3月 棋王戦
藤井五冠(当時)が渡辺名人(当時)より棋王を奪取し、六冠へ。
・2023年6月 名人戦
藤井六冠(当時)が渡辺名人(当時)より名人を奪取し、七冠へ
というように、渡辺九段は藤井七冠に4つのタイトルを奪われ、現在は無冠の状態だ。渡辺九段にとって、今回の王位戦は約1年ぶりのタイトル戦であり、藤井七冠からの“タイトル奪還”を目指す戦いなのだ。
その意気込みは、対局前に投稿された渡辺九段のX(旧Twitter)からも溢れ出ていた。
おやつを食べるのは、対局室?控え室?
「王位戦七番勝負では自分はおやつは対局室で食べます」(※渡辺明九段 Xより)
渡辺九段は、おやつタイムについてXに投稿した。
コロナ禍前(2019年以前)のタイトル戦では、おやつは対局室に運ばれ、その場で食べることが通例だった。しかし、コロナ禍(2020年以降)、おやつは別室に運ばれ、そこでおやつを食べることに。
渡辺九段は対局室で食べる理由について、「単にコロナ対応が終わっているのであれば、持ち時間を減らすのを避けるために従来通りに対局室で食べたいからです」(※渡辺明九段 Xより)と発信していた。
対局室で食べるか、控え室で食べるか。
おやつを食べる場所を選べるようになった、今回の王位戦。
おやつタイムの場所として「対局室」を選択した真意について、渡辺九段は前日の記者会見にて、「コロナの前は対局室で食べていたので、コロナ対応が終わっているのであれば、ちょっとそれを戻して欲しいなというところ」と明かした。
続けて、「別室で食べるというのは、コロナ対応の意味合いだと自分では思っていたので、以前からやっていた身からすると正直すごい不便だったので、コロナ対応が終わっているのであればと、(対局室で食べたいという)要望は出させて頂きました」と語った。
コロナ禍以降(2020年以降)のタイトル戦しか経験していない、藤井七冠はおやつをどこで食べるのか。前日の記者会見で、おやつタイムに関する質問をぶつけてみた。
「私は従来通り、控え室で頂く予定でおります」と答えた藤井七冠。「私自身、タイトル戦に出始めたころからそのようなかたちでしたので、それ(控え室)でというふうに思っています」と、自身のスタイルを貫くことを明かした。
ルール上、持ち時間の消費につながる「おやつタイム」。“持ち時間を減らす事への懸念はあるか?”という質問に対して、藤井七冠は「タイトル戦ですと十分に長い持ち時間がありますので、そういったおやつを頂くことで気分転換ができるところが確実にある。もちろん持ち時間を使ってしまうところは当然ありますけど、いいところもあるのかなと思っています」と控え室で食べる意図を答えた。
持ち時間を“減らしても”、気分転換の意味も込めて、控え室でおやつを食べる藤井七冠。
持ち時間を“減らしたくない”ため、対局室でおやつを食べる渡辺九段。
この「持ち時間」に対する選択が、対局にどのような変化をもたらしていくのか。
名古屋市の徳川園で行われた、王位戦七番勝負の第1局。対局室からは美しい庭園と池を望むことができる。池にはカルガモの親子が優雅に泳ぐ姿も見られ、訪れた人々の心を癒やしていた。
振り駒の結果、藤井七冠の先手で対局は始まった。最近は、AIでの研究が進んでいるため、序盤はハイペースで進むことが多いが、本局は、お互いに持ち時間を消費しながらの“スローペース”。
1日目午前のおやつは、藤井七冠が「へそくり餅」、渡辺九段が「季節のフルーツ餅」とどちらも餅を選択した。藤井七冠は、おやつを食べるため、対局室を出て控え室へ。渡辺九段のおやつは宣言通り、対局室に運ばれた。フルーツ餅を一口で頬張る姿を、対局の中継映像で見ることができた。
1日目午後のおやつはお互いに、「こぐまくんケーキ」を選択。「こぐまくんケーキ」は、名鉄運輸のマスコットキャラクターを模したかわいらしい見た目が特徴。ココアスポンジの中に、いちごムースがたっぷり入ったケーキだ。渡辺九段は、かわいいくまの顔にフォークをいれ、口へ運んでいった。
午後6時頃、45手目を藤井七冠が封じ手にし、1日目が終了。この時点で、お互いの“持ち時間”は約4時間となっていた。
波乱の二日目、千日手からの“指し直し”へ
第1局の2日目、藤井七冠の封じ手が開封され、45手目が指され対局は再開した。2日目午前のおやつは、お互いに「葵フルーツバターサンド」。クロガネモチのはちみつに漬けた柿やアンズのドライフルーツ、愛知県産のイチジクなどを使用したバタークリームがサンドされたスイーツだ。
2日目午後のおやつは、藤井七冠が「完熟みかんジュース」、渡辺九段が「くま棋士」を選択。「くま棋士」は、名古屋をより知ってもらうために、名古屋コーチンのクレームブリュレなど、この地域の素材を詰め込んだケーキ。かわいらしいくまの顔に、駒のチョコレートがトッピングされている。
このおやつタイム以降、盤面は膠着状態へ。
午後3時44分、同一局面が4回あらわれることで成立する「千日手」となり、対局は指し直しに。「千日手」の成立時、両者の待ち時間は、藤井七冠がは50分、渡辺九段は2時間10分となっていた。
ルール上、持ち時間が1時間を切っていた場合、ちょうど1時間になるように調整される。そのため、お互いに持ち時間を10分ずつプラスし、藤井七冠が1時間、渡辺九段が2時間20分の持ち時間へと変更。先手後手を入れ替えて、30分後に“指し直し”となった。
大きな差がついた両者の“持ち時間”。この差を、渡辺九段は勝利へつなげることができるのか。
午後4時14分、渡辺九段の先手で対局は始まった。有利な先手、さらに倍以上の持ち時間をもつ、渡辺九段が終始有利に進めていく。渡辺九段より先に持ち時間を使い切った藤井七冠は“1分将棋”へ突入、苦しい状況が続いた。
終盤、AIの形勢判断では、渡辺九段が99%勝勢に。しかし、最終盤で渡辺九段が詰みを逃してしまい、後手玉が捕まらなくなり、藤井七冠の勝勢に。詰みを逃したことを悟ったのか、渡辺九段は頭を抱えた。その後、136手で渡辺九段が投了。藤井七冠が勝勢1%から、大逆転勝利をおさめた。
対局後、「結果は幸いしましたけど、内容としては反省するところが多かったと思うので、しっかり振り返ってまた集中して第2局にのぞみたいと思います」と話した藤井七冠。渡辺九段は、「いきなり最終盤であのような展開になったので、全然読めてはいなかったんですけど、ちょっとまずいかなという変化もあった。本譜は勝ちになったと思ったんですけど、詰みがわかんなかったですね」と話し、「詰みがあったなら、詰まさないといけなかった」「ちょっと最後の詰みのところが対局中見えなかったですね」と振り返った。
藤井七冠は敗色濃厚だったこともあり、反省の表情を浮かべ、渡辺九段は勝ちの局面があったことから詰みを逃したことに悔しさを滲ませた。
おやつを対局室で食べることで、“持ち時間の使い方”にまで気をつけた渡辺九段だったが、今回は惜しくも勝利の女神は微笑まず。一方、藤井七冠は永世王位の資格獲得に一歩近づく結果となった王位戦第1局。
王位戦七番勝負の第2局は、北海道函館市で7月17日・18日に行われる。