江戸から弥生 約1400年もの歴史を覆す大発見 阿南市の国指定史跡「若杉山辰砂採掘遺跡」で【徳島】
日本の弥生時代、すでに採掘の際に火を利用していた痕跡が見つかったのです。
これまでのケースを大幅にさかのぼる、国内最古の大発見です。
「若杉山辰砂採掘遺跡」は国内で確認されている「辰砂」の唯一の採掘跡
徳島県阿南市水井町、「若杉山辰砂採掘遺跡」は、四国霊場第21番札所の太龍寺に向かう遍路道沿いにあります。
弥生時代後期から古墳時代のはじめ、赤い色の顔料「水銀朱」の原料である「辰砂」を採掘していた跡です。
「辰砂」は、死者を弔う儀式などに使われていたもので、国内で確認されている「辰砂」の採掘跡は、この「若杉山遺跡」だけです。
専門家の、阿南市文化振興課の向井公紀係長に案内してもらいました。
(阿南市文化振興課 向井公紀係長(44))
「昔、ミカンをつくってて、戦後すぐに開墾というか段々畑を作って、そのときに遺跡が見つかった」
阿南市が2024年11月から行っていた調査で、専門家も驚く大発見がありました。
江戸時代から弥生時代へ 約1400年もの歴史を覆す大発見
(阿南市文化振興課 向井公紀係長(44))
「このくぼみのふちラインで辰砂の脈、このラインで非常に高い数値が出てきたので、どうもこれは辰砂を掘るためにあけられた。すごく見にくいけど、少し黒い部分がわかりますか?この部分と、このあたりに、非常に黒いすすのような痕跡がここで確認されまして、火を使った採掘、『火入れ法』が弥生時代から使われていて、それで採掘をしていたと」
これまでも、様々な観点から見て火を使った採掘が行われていた可能性が指摘されていましたが、今回、すすが付いた岩盤が見つかったことで「火入れ法」と呼ばれる手法がとられていたと断定できると、向井さんは言います。
「火入れ法」とは、硬い岩盤を薪などで燃やし、もろくなった部分をはぎとる採掘の技法です。
(阿南市文化振興課 向井公紀係長(44))
「今回の証拠で、当時の技術や道具であそこまできれいな穴があくことが確かめられたので、非常に嬉しかった」
「火入れ法」の跡は、これまで山形県の「延沢銀山遺跡」で江戸時代初期のものが確認されていましたが、若杉山の採掘跡はそれを大きくさかのぼる国内最古の痕跡です。
(阿南市文化振興課 向井公紀係長(44))
「世界に目を向けたときに、けっこう古くから使われている技術で、有名なのが古代ローマのだいたい1世紀ぐらいの文献とかを調べると、硬い石を割るには火を焚いて割るという記述も残っているし、この遺跡はすごい広い意味で見ると世界とつながるような、そういった遺跡になるのではないかと思う」
今回の調査結果は、2月1日、徳島県阿南市の情報文化センターで開かれる報告会で発表される予定です。