患者&医療現場のホンネを深掘り…【不妊治療の保険適用】みえてきた新たな課題は
今年4月に始まった不妊治療の保険適用の拡大。運用開始以降、治療を受ける当事者や、医療現場では、影響をどのように感じているのか。手探りの中始まった保険診療での不妊治療。経済的なハードルが下がったとして治療に踏み出せたという歓迎の声が聞こえる一方で、困惑する反応も…見えてきた新たな課題を追った。
■7割が保険診療を選択でも“困惑”の声…最新調査
4月から始まった不妊治療の保険適用の拡大。これまで原則、全額自費だった人工授精や体外受精、顕微授精などの不妊治療が、自己負担3割で受けられるようになった。
当初、準備不足との指摘もある中でのスタートとなったが、実際にこれまで、治療の現場ではどう受け止められているのか?今月9日、不妊治療の当事者を支援するNPO法人「Fine」が、最新の調査結果を公表した。2022年7月~10月に約2000人を対象に行った「保険適用後の不妊治療に関するアンケート2022」の結果を一部紹介する。
◇「あなた自身がいま受けている治療の自己負担の割合は?」(回答数:1828人)
・3割負担(保険診療) 47%
・3割負担(保険診療)+10割負担(先進医療) 28%
・10割負担(自由診療)25%
保険診療や先進医療と保険診療の併用を選択した人は、あわせると実に7割に上った。広く浸透してきたかに思われる保険適用だが、一方でその評価は二つに分かれた。
◇保険適用になって「良くなった」と感じることはありますか?(回答数:1828人)
・ある 65%
・ない 35%
◇保険適用になって「悪くなった」感じることはありますか?(回答数:1828人)
・ある 73%
・ない 27%
「良くなった」と「悪くなった」がそれぞれ6割と7割となり、受け止めは様々だ。「良くなった」理由では「支払う医療費が少なくなった(66%)」。「心理的に治療が始めやすくなった(42%)」などの意見が多かった。
中には、「診察だけで4000円などザラだったので、300円で済んだときには感動した(30代女性)」という声や、「夫は高度治療に賛成ではなかったが、保険適用でできるところまでやろうと言ってくれ、心理的に楽になった(30代女性)」などが聞かれた。
一方で、「悪くなった」という理由では、「医療機関が混雑して待ち時間が増えた(46%)」「保険適用の範囲がわかりづらい(44%)」と言った意見が出た。さらに、「経済的負担が大きくなった(33%)」と、むしろ医療費が上がったと指摘する声が3割にも上った。
経済的ハードルを下げる狙いもあった保険適用だが、逆に負担が増したという声が3割もあるのはなぜか。医療費の変化について詳しくみてみると、二極化が見られた。
◇医療費は保険適用前と比べてどうなりましたか?(回答数:1547人)
・「とても減った」 23%
・「少し減った」 20%
・「とても増えた」 20%
・「少し増えた」 11%
・「変わらない」 18%
・「わからない」 9%
経済的負担が増してしまった人の意見では、「保険適用前の助成金で採卵と移植をした方が結果的に安かったのではないか(30代女性)」などの意見があった。やりたい治療がうまく保険にマッチせず、自費診療を選択せざるをえないケースがあり、この場合、保険適用が拡大される以前にあった最大30万円の助成金制度が廃止された影響で、全額自己負担の影響が大きく出ているケースがあるのだ。
都内のクリニックに通うある30代の女性。女性は、第2子の不妊治療を始めるにあたり、自費診療を選択した。
女性(30代)
「“貯卵”ができないからです。できれば卵を貯めた状態で、複数の子の出産を頑張りたい」
“貯卵”とは、採卵を繰り返し、複数の受精卵を移植せず凍結保存しておくこと。保険の治療では、移植をしない凍結保存はできないため、貯卵は自費になり、助成金が廃止となった影響で全額自己負担になる。
なぜ、移植しない受精卵の凍結保存ができないのか。不妊治療専門の医師によると、保険は病気を治すことが目的なので、将来のために(受精卵を)保存という方針はそもそもない。次の出産や将来に向けた受精卵の凍結は、認められないのだという。
女性は、「貯卵ができていないと、次の採卵まで、出産を挟むとあいてしまう。今回も(第1子の)出産後できるだけ早く通院を開始したけど、2年くらいは期間があいた」と話し、30代後半という年齢を考えても、第3子など将来を見据えると、少しでも早く、若い受精卵を凍結保存することを望み、自費診療を選択したと説明する。
一方で、「不妊治療は何が功を奏するかわからない。金銭的にも助かるので、保険適用もチャレンジしてみたい」として、保険適用内の治療をいずれ試してみたいとも話す。
都内や名古屋に不妊治療のクリニックをもつ「浅田レディースクリニック」の浅田義正理事長は、「“混合診療”を認めてくれたら、非常に楽になるし(治療の)レベルは上げられる」と話す。
“混合診療”とは、同じ病名に対して、保険診療と自費の治療の何かを組み合わせること。現在は、自費診療が1つでも入ると全額自己負担になってしまうが、浅田理事長は「保険診療外や先進医療で認められていない治療の中には、これまで不妊治療の現場では当たり前にしていた治療なども多くある」と指摘する。
例えば、AMH検査。AMH検査とは、卵巣内に残っている卵子の数を調べるための血液検査で、治療方針を決める指標にもなる。
しかし、保険適用が認められるのは、体外受精を始めることが決定してからで、不妊治療の初診や人工授精の前に検査した場合は、混合診療となり保険は適用されず、その後の治療もすべて自費。「不妊かどうかを事前に調べる」ということは、「病気を治す」保険の適用外と考えられているためだという。
浅田理事長
「不妊治療の最初に測らなければいけないと思っているので、これはぜひ今後、保険でできればと思っています」
また、これまでは医師が患者にあわせて薬剤やホルモン剤の量を調整し、卵子の発育を促すなどしていたが、保険の治療では、1ヶ月で使う薬やホルモン剤の総量など、用法用量が決められており、医師の判断で変更ができないという。
浅田理事長は、患者の状態にあわせて、そうした細やかな調整をすることが、不妊治療の重要な肝で、保険適用によって“標準化”されることで、それができなくなったと指摘する。
浅田理事長
「今までのエビデンスで、治療のプロトコール(手順)をつくってきました。こういう人にはこういう治療を、という色んな細分化されたプロトコールがいっぱいあって、“奥の手”みたいなものもいっぱいある。それが使えない」
「30年間、一番(治療の)成績が短時間で出るものをずっと追求してきましたが、それと逆行するというか。やってきたことと、今回の保険適用にギャップがあって、そこに違和感があります」
月の検査回数は半分ほどになる患者もいるといい、薬剤などについても「自費でいいので足して下さい」と頼まれるが、保険診療で治療中の患者には断らざるをえず、「患者さんも、お互いもどかしい」と話す。
浅田理事長は、保険適用について反対しているわけではない、と話す一方で、「保険適用内の治療ではなかなか妊娠が難しい人に対して、どういう風に保険を適用していくかが課題。保険自体も進化してほしい」と求める。
保険適用の対象となる治療法などの見直しが次に行われるのは、2024年度の診療報酬改定。患者に寄り添った形が求められる。