青年誌で“不妊治療”をテーマに連載 「半分男性に原因がある」を知るきっかけに
2022年10月より連載が始まった本作は『阿・吽』『サプリ』などで知られるおかざき真里さんの作品。自らの手で精子と卵子を受精させ、命を導くスペシャリスト・“胚培養士(はいばいようし)”を主人公にしたマンガです。不妊治療クリニックを舞台に、男性不妊や高齢出産などを通し、不妊治療の現場にいる人の葛藤や喜びを描きます。
男性ファンが4分の1を占めるという本作。Apple Books『2023年上半期ベストマンガ』ヒューマンドラマを受賞、文藝春秋が発表する『CREA夜ふかしマンガ大賞2023』で2位に輝くなど男女を問わず反響を呼んでいます。
■青年誌で新連載 “不妊治療”を選んだワケ
『胚培養士ミズイロ』の編集を担当するのは、スピリッツ編集部・島﨑絢子さん。薬学部出身、マンガが大好きで小学館に入社しました。
厚生労働省によると、不妊の検査や治療を受けたことがある(または現在受けている)夫婦は22.7パーセントで、夫婦全体の約4.4組に1組の割合になります。また、2022年4月、日本では人工授精や体外受精などの不妊治療が保険適用となりました。不妊は女性に原因があると思われがちですが、約半数は男性に原因があるといわれています。
――“不妊治療”を題材として選んだ理由を教えてください
理系の学部に通っていた時に、教授から授業で「胚培養士っていう仕事があるんだよ」っていう話を聞いたのがきかっけです。今は技術的に進歩して変わっているんですけど、その時に聞いた話が「子宮と同じ、すごく暗い40℃近い環境の中で受精をさせて、その卵が入っている試験管を割ったら、人を一人殺したんだよって言われるような仕事がある」という話でした。すごい仕事だってずっと興味を持っていて、その後入社してその企画を温めていたら、おかざき先生の担当になったんです。すごく繊細で丁寧な心理描写を描かれる作家さんだったので、ぜひ書いていただきたいなと思って提案して、おかざき先生にも興味を持っていただいたのが始まりです。
――青年誌で掲載したのには何か意図があったのでしょうか?
私が青年誌の編集なので、そもそも女性誌に持っていけなかったっていうのもあるんですけど。おかざき先生とお話ししたのは、不妊治療はすごく一般的になってきてると思うんですけど、“男性不妊”というのはあまり一般的じゃないのかなって。連載開始前に友人に聞いた時も、(不妊は)半分男性に原因があるっていうのを知っている人はほとんどいなかったです。その事実を知らなかったり、知る機会がないけど、知りたいみたいな方っていっぱいいらっしゃるんじゃないかなと思います。“軽い気持ちで読んでみてよ”って渡せるような作品を作れたらいいよね、という思いでおかざきさんと始めました。
『胚培養士ミズイロ』の読者の男女比は1:3、約25パーセントが男性ファンとのこと。SNS等の感想では男性から長文のコメントが届くこともあるそうです。
――読者からの反響はいかがでしょうか?
「胚培養士っていう仕事自体このマンガで初めて知った」って感想を持ってくださる方とか、「学校教育で『ミズイロ』で紹介してるような知識も教えてほしい」みたいなコメントをいただくことが多いです。男性から長文で「自分の奥さんが分娩台で足を広げて、そういう体勢で検査を受けてるっていうことを初めて知って、理解が足りないと感じた」というコメントもいただきました。「もっと知りたくなったから、自分で調べてみて自分事にしていかないといけないことなんだなって思った」というコメントを男性からいただくことが多くて、男性にも女性にも興味を持っていただいているなという印象です。
■不妊への向き合い方に男女の違いは「全くない」
これまでに、不妊治療の経験者、クリニックやサプリメント会社にも取材を行ったという島﨑さん。個人的かつ繊細な治療のため、このテーマを取り上げる上で気をつけていることがあると話します。
――気をつけていることは?
過去に治療されていたご夫婦何人にもお話聞いて、その方たちの顔を思い浮かべて、『ミズイロ』をお渡ししたときに嫌な気持ちにならないかっていうのを考えて、毎週ネーム(コマ割り、構図など)を作るようにはしています。
――取材する中で気づいたことはありますでしょうか?
すごく恐縮なんですけど、ご夫婦で(取材の)時間をずらして発言にずれがあるのかなっていうのを知りたくて、取材をさせていただいてたんです。“一番印象に残っている出来事”とか、“その時にお互いにどう思ってたか”とか、全部お聞きした時に、最終的に全く二人とも一緒だったので、仲良しのご夫婦だからっていうのもあるとは思うんですけど、感じ方とか、男女の違いっていう面では全く(違いが)ないのは印象的でした。それを知って、“必ず葛藤があった後に寄り添っていく夫婦を描けるように作っていきたいね”っていうのはおかざき先生と話していました。
また、作中では仕事に励みながら治療するも願いかなわず、自分や仕事を否定してしまう女性も描かれています。そんな彼女に、胚培養士の主人公が「卵が育たなかった理由はわかりません。でも、生活習慣も体質も、ましてや、仕事を否定するものではありません」と声をかけるシーンがあります。
――こちらは実際の取材経験から書かれたのでしょうか?
うまくいかなかった時の話を聞いた患者さんの気持ちとかから考えて書いています。「今回は生まれなかった方の話なんだとしたら、何か一つお土産を渡せるようなお話にしたい」っていうのをおかざき先生はおっしゃっていました。生まれなかったから残念でしたっていうわけではなくて、そこからも人生って続いていくので、そこで“自分を否定しない”、生き方の提示みたいなのをおかざきさんが毎回考えてくださって、それで出てきたセリフでした。
■「尊い願いのもとに存在する」 作品を通して伝えたいこと
――作品を出して良かったと感じることはありますでしょうか?
SNSとかに届く感想に触れることがやっぱり一番多いんですけど。バリバリ働いているような友人が『ミズイロ』を読んでくれてて、「一つの選択肢として妊活をやっていこうって思った」って言ってくれました。知識とかも初期に比べて圧倒的に増えてたりとかして、ちゃんと人に影響を与えたんだなっていうのが、個人的にはすごくうれしかったです。
――最後に、作品を通して伝えたいことを教えてください。
不妊治療は当事者の方の切実な願いでできているっていうのが伝わるといいなっておかざき先生と話しています。(主人公のセリフで)「少子化とかどうでもいい」だったりとか「望んだときに望んだ相手と望んだ形で」というセリフが出てくるんです。大きな視点で見ると、少子化対策に不妊治療がつながっていくと思うんですけど、別に当事者の方は社会貢献のために不妊治療してる訳じゃなくて、切実に子供がほしいっていう願いのもと治療されていると思っています。読んでいる方が、(不妊治療を)どこか遠いことではなく、尊い願いのもとに存在するっていうことを知ってくれて、そういう人に寄り添っていこうって思ってくれるといいなと思います。