「やってみたいことは、やったらいい」eスポーツ・役者…挑戦をやめない全盲のナレーターに密着【バンキシャ!】
バンキシャ!は今回、視覚に障がいがある「盲目のナレーター」を取材。ナレーターにとどまらず、新たな挑戦を続けるふたりの姿を追いました。「やってみたいことはやったらいい。宇宙飛行士でも」。闇に光を見いだす彼らは、そう言って前を向きました。(真相報道バンキシャ!)
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この日、桝が向かったのは、都内のカラオケ店。2階にあるホールで、あるイベントが開かれていた。
北村さん
「本気で遊べばあしたは変わる。あなたが本気で取り組んでいることはなんですか?」
壇上で話しているのは先天性の視覚障がいがある北村直也さん(29)。その声にアナウンサーの桝は思わず漏らした。
桝
「めちゃくちゃいい声」
北村さんは全盲でありながら、声優・ナレーターとして活動する先駆者のひとりで、この日は、障がい者が中心となって行われるゲームの祭典の日だった。そしてこの後、桝は、北村さんのもう一つの顔に、ふたたび驚かされた。
「ラウンドワン、ファイト!」
舞台上では、格闘ゲームが始まった。モニターは客席に向けられ、多くの人が勝負を見守る。戦っているのは北村さんだ。もちろん画面は見えない。“音”に集中しているように見える。互いに連続技も繰り出す激しい戦いだ。
桝
「えっ、音だけであの試合をしていたってこと!? どういうこと?」
実は、北村さんは、音でゲームを楽しむ「ブラインドeスポーツ」という新たなジャンルのプレーヤーでもあるのだ。視覚障がい者はゲームを敬遠しがちだ。北村さんはその壁をなくしたいと、活動を行っている。桝は、北村さんに “音だけで行う格闘ゲーム”について、率直に聞いた。
桝
「まず普通に対戦していることがビックリしたんですけど…」
北村さんは、声をたてて笑った。
桝
「どういう音の変化を捉えている?」
北村さん
「自分の音と、相手の音の距離感。例えば、飛び道具を出して、相手がガードした位置の音を聞いて、相手との距離感をはかる」
まずは、相手と自分の位置。ワザを出した音と、相手にあたった音を聞いて、距離感をつかむという。 接近戦ではどうするのか──。
北村さん
「空振りすると、空振りの音がするし、(相手が)近くにいると、あたった音がする」
やはり音でタイミングをはかりながら、さまざまなワザを繰り出していた。
桝
「ほんとにこれ、格ゲー(格闘ゲーム)の新しい楽しみ方ですよね」
実は、学生時代に格闘ゲームにはまっていた桝。それなりの自信はある。そこで桝は画面を見ながら、北村さんと勝負をすることに。
桝
「スーパー・ハンディマッチ。めちゃめちゃ得する試合」
桝は、余裕の笑顔だ。ところが──。
桝 「ちょっ、ちょ…」
戦況は、思わぬ方向へ動いた。
桝
「(位置が)逆になってもすぐバレるな。なんで!?」
北村さん
「よっしゃ!」
勝負あり──。
桝
「ガチ負けしましたね…」
声優やナレーター、そしてeスポーツ。北村さんが、挑戦を続ける理由はなんなのか。
北村さん
「私自身、目立ちたがり屋なところがあって。視覚障がいのある声優、ナレーターっていったら、これ世界初!? みたいな。どんどん目標を難しくすることによって、モチベーションを保っています」
桝
「30代もしたいことだらけ?」
北村さん
「いっぱいですね。1つやり遂げたら、3つくらい増えてると思うんで」
そう言って北村さんは、大きな声で笑った。
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もうひとり話を聞かせてもらったのは、ナレーターとして活動する全盲の女性、関場理生(りお)さん(26)。バンキシャ!は、関場さんの自宅を訪ねた。
──暗い部屋?
関場さん
「あっ、電気、普段つけないもので」
そう言って関場さんは明るく笑った。関場さんは、2歳の時に目のがんを患い、両方の目を摘出した。それ以来、視力と光の感覚のない生活を送っている。趣味は着物で、肌触りや着やすさが好きで愛用しているという。
ナレーターの事務所に所属して、およそ3年。企業の動画や児童書の読み聞かせなど、さまざまなナレーションを担当してきた。この日も、自宅で新たな収録を行うという。準備したのは、ヘッドホンと……。
関場さん
「これ、原稿です」
見せてくれたのは「点字ディスプレー」という機器。届いた原稿を入力すれば、点字で表示される仕組みだ。
関場さん
「録音は、この中で」
──これは?
関場さん
「防音室です」
専用のキットをインターネットで購入し、母親と一緒に組み立てた防音ボックスだ。発声練習から始める関場さん。収録するのは、大学や役所で流す予定のアナウンスだ。
「SDGsラジオ。世界から貧困をなくすこと、不平等を減らすこと。気候変動への対策をとることなど、世の中にはずっと長い間解決できていない問題がたくさんあります…」
収録を終えると、すぐに納品の作業だ。音声ガイドで操作ができる「音声パソコン」を使って、関場さんはナレーションのデータをクラウドにあげた。
関場さん
「これで、お送りした感じですね」
前向きさは人一倍。迷わず飛び込む気持ちを持たせてくれたのは、両親だという。
関場さん
「いっこ上に姉がいるんですけど、姉は晴眼、普通の健常者なんですね。姉と自分が違う学校に行かなきゃいけないとかが、すごく嫌だったんですよね。母や父は、『盲学校(特別支援学校)じゃなくて、一般の学校に進んでいいんだよ』って、背中を押してくれるような両親だったので」
やりたいことに対して両親は最初からダメとは言わず、何でも挑戦させてくれたという。それが自信となり、今につながっている。 そんな関場さんが、新たな挑戦を始めていた。
関場さん
「夫の左の靴を見つけたんです」
これは演劇の舞台上でのセリフ。去年10月、神戸市内のイベントホール「神戸アートビレッジセンター」で、関場さんは舞台に立っていた。大学で演劇部に所属していた関場さんは、「また芝居がしたい」とオーディションを受け、実現させたのだ。作品は、手話裁判劇『テロ』。ろう者の役者が手話で演じ、同時に声でも伝える演劇だ。舞台の上では芝居が進む。
舞台上の役者
「決断しなくてはならないのです」
関場さんは、セリフや動きかたなど、半年にわたって稽古を重ねてきた。
舞台上の関場さん
「かわいそうなのは私の娘です」
そして2時間半、全力で演じきった。 実は、この舞台に挑む中で、関場さんにはもうひとつの目標があった。耳が聞こえない『ろう者』の仲間と、手話で話をすることだ。帰り道では、こんなやりとりがあった。
「きょうは、なんか食べる?」
関場さんが手話で食事に誘うと、仲間が手話で返す。しかし、その手は関場さんには見えない。すると仲間は、手話を握ってもらって言葉を伝えていた。 挑戦を続ける関場さんに、バンキシャ!は、その思いを聞いた。
「やってみたいって思えることは、やったらいいんじゃないかなと思う。演劇やナレーターに限らず、宇宙飛行士でもいい。やっていったら積み上げられていって、みんな(視覚障がい者)が進みやすくなる道になると思う」
そう言って関場さんは、前を向いた。
(4月9日放送より)