いつ?課題は…どうなる不妊治療の保険適用
■不妊治療の現実
日本産科婦人科学会の調査では、2017年に行われた不妊治療(体外受精、顕微授精、凍結胚を用いたもの)の回数は44万8210回で、その結果、生まれた子どもは5万6617人、その年に生まれた子どもの5.98%、つまり小学校の1クラス(40人程度と仮定)に2人以上いることになります。
2007年は1万9595人でしたから、10年でおよそ3倍近くになっています。
■今も保険適用、助成がある
実は、すでに不妊治療の一部は保険適用になっています。健康保険証を提示すれば、かかった治療費の3割自己負担ですむのは…、
◎タイミング法
(基礎体温表や尿検査などで、排卵日を予測し、医師の指示で性行為)
◎排卵誘発法
(卵管を薬物で刺激して排卵を起こさせる治療法)
さらに、保険適用ではないものの、国の「特定不妊治療費助成制度」があり、治療法によっては助成が受けられます。
都道府県などによる助成もありますが、ここでは国の制度をご紹介します。治療1回につき15万円(初回は30万円)が助成され、凍結胚移植(採卵を伴わないもの)等については7万5000円助成されます。
都道府県に申請し、受理されると、数か月後、銀行口座にお金が振り込まれます。助成対象の治療法は…、
◎体外受精
(体外で卵子と精子を受精させ、子宮に移植)
◎顕微授精
(顕微鏡下で卵子に精子を注入する)
◎顕微鏡下精巣内精子回収法
(手術用顕微鏡で、精巣から精子をとりだす)
助成には制限もあります。
◎女性の年齢制限43歳未満。
(新型コロナウイルスの影響で今年度に限り44歳未満)
この制度を作る際、専門家の審議会で、43歳以上の女性が妊娠するのはほぼ難しいという医師のデータが示され、議論を重ねた上で決定しました。
◎所得制限夫婦合算の所得730万円未満
◎通算助成回数制限6回まで
(女性が40歳以上だと3回まで)
助成の対象にならないのは、
◎配偶者間人工授精(排卵予定日に男性の精子をより分けて子宮に注入)
◎非配偶者間人工授精
(男性側が不妊の場合に、第三者から提供された精子で人工授精する)
■費用負担が苦しい
これらの治療費は、クリニックによって違いますが、体外受精や顕微授精などは、1回あたり数十万、高い場合は1回70万円かかることもあります。
そのため、経済的な理由で不妊治療ができない、または継続をあきらめるカップルもいます。そこで、当事者のNPOや議員連盟が、経済的負担の軽減をと訴えてきました。
■保険適用になるとどうなるの?
助成制度の場合、一度は全額自分で支払い、後日、申請して助成金が口座に振り込まれます。仮に保険適用になると、保険証を提示すれば、その段階で、自己負担が治療費の3割ですみます。
仮に1回40万円の治療とすると、現在は15万円の助成を受けても、自己負担が25万円必要ですが、保険適用になれば、28万円は保険から出るため、自己負担は12万円です。
また、助成制度には年収制限がありますが、保険適用になれば、なくなります。しかし、年齢制限や助成回数の制限は、保険適用の場合も設定されるのではないかとみられています。
■なんで急に菅総理が言い出したの?
政府は、問題意識は持っていて、実は、5月に閣議決定された「第4次少子化社会対策大綱」(2025年までの少子化対策について盛りこんだもの)の中に、不妊治療について、「適応症と効果が明らかな治療には、広く医療保険の適用を検討し、支援を拡充する。そのため、まずは2020年度に調査研究等を通じて不妊治療に関する実態把握を行う」などと書かれています。
これを受けて厚労省は、10月以降、医療機関ごとにばらつきのある不妊治療の内容と価格の実態調査や当事者アンケートを行う予定になっていました。
■いつ実現するの?
今週就任した田村厚生労働大臣は、17日に行われた記者会見で、保険適用が始まる時期を明言しませんでしたが、保険適用になるまでの間、現在の助成制度を「大幅に増額」するよう総理から指示されたと述べました。その拡充がいつ始まるかは、「なるべく早く」と述べるにとどまりました。
治療費の実態調査の結果などを踏まえて決めるため、数か月以上はかかるとみられます。
「保険適用にする」とは、治療する人の負担を軽くするため、働く世代が納める保険料や税金から治療費を出すことを意味します。そのため、様々な難病などもある中、どの病気を保険適用の対象にするかは、慎重に議論することになっています。
広く国民の納得が得られるかがポイントで、手続きとしては学会などの最新知見や必要な予算なども吟味し、最終的には専門家や企業の健康保険組合などから選出された委員で構成する審議会(中央社会保険医療協議会)で決定されます。
■課題は?
保険適用になると、不妊治療を社会全体で支える形になり、励まされる人がいる一方で、国や社会から、「子どもがいて一人前」「産めよ増やせよ」といった極端なメッセージを発することにつながらないか懸念もあります。
田村厚労大臣は、「子どもが少ない日本の現状は、大きな課題なのは間違いない。だからといって各家庭に子どもを作って、と言っているわけではない。敢えて言うなら、子どもがある家庭がいいなと思っている人に、子どもを産み、育てられる環境を作っていくことが重要だ」と述べました。
■止め時が難しい 質の確保は?
今後、経済的支援が増えれば、より多くの人が、より多い回数、不妊治療を受けやすくなるとみられますが、「子どもを授かるまで頑張れ」と、パートナーや周囲が後押しすることにつながったり、年齢が高くなるほど妊娠率が下がる中、治療を終える決断がますます難しくなる可能性もあります。
また、治療にあたる医師や受精卵を作り、育てる「胚培養士」の技術にばらつきがある現状もあり、公的なお金を使う保険適用にあたっては、治療の質確保が必須です。
現在の助成制度では、質を守るため、対象となる医療機関が決まっていて、厚生労働省によりますと、保険適用にする場合も、実施医療機関を限定することは可能だということです。
また、経済面だけでなく、精神的にも体力的にも厳しい不妊治療を続けるためには、急な治療予定などに応じられるよう、職場で休暇をとりやすくすることや、精神的な支援なども必要です。
また、妊娠で終わりではありませんから、保育所整備などの総合的な子育て支援や、働き方改革なしには安心して子どもを産み育てることはできません。
親や職場の同僚にも言えず、人知れず、不妊治療を続ける人も多い中、どう支援が変わっていくのか、注目が高まっています。