警察もあぜん「ざんねんな特殊詐欺犯たち」
41億6000万円―。これは、都内における今年1月から先月までの特殊詐欺による被害額だ。
高齢者を食い物にする悪質で卑劣なこの犯罪に登場するのが、巧妙に仕組まれた舞台設定とその“役者”たち。
しかし、中には捜査員も驚くほどお粗末で“ざんねんな役者たち”も…。警視庁に逮捕された実例とは。
■ケース1:刑事なのに「刑事」「詐欺」を漢字で書けない
今年7月、東京・府中市に住む90代の男性宅に1本の電話があった。
電話口のむこうには、警察官を名乗る男。「あなたの口座情報が全部漏れています」「相当な額引き出されています」「これから伺う警察官の指示に従って、キャッシュカードは全部廃棄してください」そういって立て続けに男性を不安に陥れる。
しばらくすると、男性宅に若い“警察官”が到着した。連絡した通りキャッシュカードを受け取りにきたのだという。その“警察官”は府中警察署の“刑事課特殊詐欺防犯係”を名乗った。
さっそく男性からキャッシュカード5枚を受け取ると、手際よくカードにハサミで切れ込みを入れる。「これで使えなくなったので預かりますね」そういって若い“警察官”はカードを手にその場を立ち去ろうとしたが…。
違和感を抱いたのか、男性はカードを預けた証明にと念書を書くようお願いした。メモ用紙とペンを渡された若い“警察官”。しぶしぶ所属と氏名を書いて男性に手渡すと、そそくさとその場から立ち去ったという。
男性は家の中でメモを見返した。するとそこには「形事課特殊言欺防犯係」と書かれてあった。何かがおかしい。よく見ると「刑事課」が「“形”事課」に。さらに「詐欺」ではなく「“言”欺」。詐という字のつくりが書けていない。
男性は、その誤字を不審に思って警視庁に訴え出た。
「刑事」の字が書けなかった“警察官”はその後、警視庁に詐欺容疑で逮捕された。その“警察官”は21歳の無職の男だった。
もちろん刑事課特殊詐欺防犯係というのは、特殊詐欺グループが考えたありそうな架空の所属。設定は手が込んでいたが、役者がざんねんだったため、見抜かれてしまった。
■ケース2:弁護士事務所の職員がそんな格好で?
続いても、今年7月の出来事。
神奈川県に住む70代の高齢夫婦の自宅に、息子をかたる1本の電話がかかってきた。「友人に預かった金を証券会社に預けたが、おろすのに時間がかかるため、300万円用意してくれないか」向かうよう告げられた場所は、東京・町田市の簡易裁判所。そこで“弁護士事務所の職員”に現金を手渡すよう指示されたという。
数時間後、夫婦が裁判所に到着するとロビーに1人の男が現れた。野球帽をかぶりTシャツ姿の60代の男。リュックを背負い、傘を持っている。「本当に弁護士事務所の人なのか?」さすがに不審に思い、夫婦が現金を渡さないでいると、男と言い争いになったという。
すると、その様子が1人の警察官の目にとまった。この警察官、偶然、別事件の手続きをするために裁判所にきていたのだという。
警察官が双方から話を聞き、詐欺だとわかると弁護士事務所の職員を名乗る男は警察署に連れて行かれ逮捕となった。
男は住所不定、職業不詳の69歳の男だった。「お金に困っていて、荷物を運ぶアルバイトだと聞いてやった」逮捕後そう供述したという。
このケース、実際の裁判所を舞台にした手の込んだ設定だったが、“役者”が場違いの格好だったことや、実は裁判所は警察官が比較的訪れる場所だったことで夫婦は被害を免れた。
■ケース3:「それ身分証?」「いえ、Suicaです」
今年5月、東京・江戸川区に住む70代の女性宅の電話が鳴った。「あなた名義の偽造カードが作られて使用された可能性があります」「新しいキャッシュカードに替える必要があります」有名百貨店の店員をかたる男からだった。
電話がかかってきてから、およそ30分後。「銀行協会の者です。家の中に入れてもらっていいですか?」別の男が女性宅を訪ねてきた。見た目は20代で、男は上下スーツを着ていた。ただ、足もとは革靴ではなく白いスニーカーだった。さらに手にはブランドのバッグ。
不審に思った女性は、男に名刺を見せてほしいと頼んだが、男は「切らしていてありません」と答えたという。しかし、よく見るとこのとき男は首にネックストラップを下げていた。女性はそれを見て、「社員証ですか」とたずねた。すると男はこう答えた。「…これはSuicaです」女性は詐欺だと直感し、男が誰かと電話している隙に110番通報。男は駆けつけた警察官に現行犯逮捕された。
この男、ふたを開けてみれば21歳の元歌舞伎町のホストだった。
■見破られたケース 他にも
このほかにも、金融庁職員を装った男のワイシャツがズボンから出ていて、見抜かれたケースや、銀行協会の職員をかたった男がくるぶし丈の靴下をはいていて見破られたというケースもある。
共通しているのは手の込んだ設定をしていても、必ずどこかに不自然な点は残るということ。特に現金を受け取りにくるいわゆる「受け子」は、SNSなどを通じて高額なアルバイトとして始めたケースも多い。詐欺のプロではないのだ。
警視庁のある捜査幹部は「小細工をしたところで、見る人が見ればすぐわかる、絶対バレる」「末端で加担をしていても詐欺グループの一員に変わりはない。受け子は詐欺組織に利用されているだけだから安易に誘いにのってはいけない」と話す。
警視庁によると、今年1月から先月までの都内の特殊詐欺被害の認知件数は1959件で、被害額はおよそ41億6000万円。
最近では、キャッシュカードにハサミで切れ込みを入れて使えなくしたように見せかけカードを持ち去る事件が急増しているという。
警察官や銀行協会員が直接電話をしてきたり、カードや現金を取りに自宅に出向いたりすることはありえない。電話に出ないことが予防策のひとつだが、かかってきたら必ず切って、すぐに110番することが大切だ。
警視庁が今年に入って検挙した特殊詐欺事件は1546件。受け子など480人が摘発されている。
「組織犯罪を立証し、重罰をめざして捜査している。わずかな報酬に目がくらんで加担すると一生を棒に振るような犯罪に手を染めることになる」別の捜査幹部は、そう警告する。
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