見えない放射線を見えるように…伝える備え
東日本大震災から10年、当時被災地では何が起きていたのか、今一度検証し、これからにどう備えるかを考えます。福島第一原発事故で飛散した放射性物質。その情報は当時どう伝えられたのでしょうか。
■福島第一原発事故
2011年3月11日午後3時37分。福島第一原発が巨大津波に襲われ全ての交流電源を喪失しました。夜には1号機でメルトダウンが始まり、以降3つの原子炉建屋が相次いで水素爆発しました。
一体どれだけの放射性物質が飛散したのか。それはどこに多く飛散したのか。しかし当時その情報が住民に適切に届くことはなく結果、多く飛散した危険な方向に、住民が避難してしまう事態も起きました。
■用意されていなかった放射線データの提供態勢
京都大学で原子核物理を研究している谷垣実さん。
事故直後、京大の原子炉実験所(当時)で、所長の指示のもと原発周辺に広がった放射性物質の分布を把握しようとしていました。
しかし作業は難航します。とにかく手入力・アナログ。当時東電や自治体が発表する放射線データのほとんどが「紙」かあるいは「PDF」という、印刷物と同じような形式の資料だったからです。
これではデータを自動処理できず、あちこちからFAXやメールで資料を集めては、数値をひたすらパソコンに手打ちする日々が続きました。
■データが少ない
当時そうして作った資料の一つが、放射線の分布図です。
資料は、研究所が状況を把握するために作成されていました。作業の煩雑さもさる事ながら、困ったのはデータ自体の少なさです。図では放射線の分布を「等高線」状の曲線で示しています。
本来は地形の影響で、曲線がもっと複雑になるはずなのですがそれが反映されるほどのデータ数がありませんでした。しかも観測点データに報告漏れがあることもしばしばで、その度に曲線はそれまでと大きく変化する状況。
こんなデータをもし住民にそのまま示せば大変な混乱を招くと感じていました。
谷垣さんは適切な放射線の観測態勢、さらにそのデータを住民にわかりやすく公開する仕組みが、そもそも社会にないことを痛感したといいます。そして研究所の仲間と、そのシステムの開発にとりかかります。それは全く自発的に始まりました。
■見えない放射線を見えるように、誰にも分かりやすい放射線情報を
まず試作した機器は、放射線測定器とGPSをつかって地点の放射線量と位置情報を測定し遠く離れたデータベースに自動で送信するというものです。
この装置を車に搭載し、3秒おきにデータを送信させます。受信データを地図上にプロットしていくと、次第に放射線の分布図が見えてきました。谷垣さんたちは、これを誰もがいつでも見られる様に設計しこのシステムを
“KURAMA”(Kyoto University RAdiation MApping system)と名付けました。
■大規模な実証実験
谷垣さん達はKURAMAを小型化し事故から9ヶ月後、福島県で福島交通のバスなどおよそ60台に設置して、大規模な実証実験を行いました。バランス良く分散した路線を繰り返し走り続ける個々のバスからは、大量の放射線データが送られ続けました。
その実験から福島県内の放射線の分布図が見えてきました。
KURAMAのポイントは、生活圏での放射線の分布が地図の形で分かりやすいことです。例えば「駅前の交差点あたりは?」といったように。
現在KURAMAは、原子力規制庁が導入していて、各地の放射線の分布図が、同庁のHPでも公開されています。他にも鳥取県など2県が既に導入している他、複数の自治体が導入を検討しているといいます。
■見えない原子力政策の今後
福島第一原発事故から10年。国はまだ、将来、原子力発電をどうするのか明確に示していません。実は今、その議論は経済産業省が主催するある専門家会議で行われています。
この夏改定されるエネルギー基本計画の議論がそれで、国のエネルギーをどのように確保するか中長期の計画を示すものです。福島第一原発事故以降、これまで2度改定されましたがその度に、将来の原発の位置づけは曖昧にされてきました。根強い国民の原発不信を警戒したのでしょう。
しかし今回の議論で様相は異なっています。去年10月、菅首相が2050年カーボンニュートラルを表明したこともあり、出席する専門家のほとんどが、二酸化炭素を排出しない原発は、将来にわたり一定量必要と相次いで主張。次期エネルギー基本計画には、新たな原発を造ることに踏み込んだ原発の必要性を明確に書き込むべきだと訴えています。
■“もし事故がおきたら”を考え続ける
谷垣さんは今、KURAMAの次世代型を試作中です。小型化・低廉化を徹底してすすめ、原発事故が発生したら、これを100個以上被災地の車や人などに渡すのだそうです。
人や車が動く限り、地域の放射線データは増え続けそれをリアルタイムに地図化して、分かりやすく全ての人に公開していく。さらにデータは全国の研究者達によっても直ちに閲覧され事故対応の役に立つ分析にいち早くつながっていけばいい。
そんな目標に向かって、谷垣さんたちの研究開発はこれからも続きます。