アートで、障がいより「できること」を前に
知的障害のある人や自閉症、精神の病を患う人などと共にアート活動を行うライラ・カセムさん。スリランカ人の父とイギリス人の母の間に生まれ、日本で育った彼女は、多様なアイデンティティを持つ自身を“一人国連”と呼ぶ。アートの力で実現したいこととは。
■思いを尊重する“教えないアート”
グラフィックデザイナーであるライラさん。雑誌やポスターなどのデザインを手掛けるだけでなく、様々な障がいや特性を持つ人たちと共にアート活動をしたり、その作品をデザインの力で商品化するプロジェクトに関わったりしている。
施設でアートの講師をする際、ライラさんが心がけているのは“教えないアート”だ。
「『こうしなさい』ではなくて『何がしたい?』と聞きます。その人がやりたいことを一緒になって考え、その人らしさを出して作品づくりをするんです」
ライラさんは、美大生の頃から障がいのある方が創るアートに惹かれていた。何にもとらわれない想像力こそ、彼らの財産だと感じたという。
だからこそ、健常者のレールに乗せるのではなく、その人自身の思いを尊重することを何より大切にしている。
「私自身、脳性まひを患っていて、身体に障がいがあります。彼らと同じ立場に立って考えると、健常者のルールに従って、自身の尊厳を表せないのは最も悲しいことだと思うんです」
ライラさんの活動は、メンバーの経済的自立を支援し、社会参加の機会を与えるものでもある。
現在関わっている代表的なプロジェクトが「シブヤフォント」だ。渋谷に住む障がいのある人が描いたアートを、デザインを学ぶ学生がフォントやパターンにしてデータ化。でき上がったデータは、公式サイトでダウンロードできるほか、渋谷区のお土産などのプロモーションに使われている。
ライラさんはアートディレクターとして、施設のメンバー、支援員、学生の間に立っているのだ。
「メンバーと学生は、互いに“学ぶ”立場にいるからこそ、対等な関係を築けます。デザインを学ぶ学生たちは“その人”よりも“作品そのもの”を見て、すごくフラットに『面白いな』と感動するんです」
社会問題に関心を持てるかどうかは、アプローチの仕方次第。自身との共通点があれば、誰でも興味を持つはずだと、ライラさんは信じている。
■デザインの力を、声なき人のために
大学で、グラフィックデザインについて学んだライラさん。祖母が認知症になったときには、過去の写真を集め、祖母の一人称語りで一冊の本を作成した。
「写真だけだと、その場にいる人が祖母より先に思い出話を始めてしまうんです。会話の主導権が奪われてしまうのを見て、なんとかできないかと考えました。作成した本を見せると、みんなが祖母に語りかけ、それに対して彼女が返答するようになったんです」
「デザインの力ってすごい」そう感じたライラさんは、この力をもっと声なき人のために使えないかと考えるようになる。
同時に、デザイン事務所で働きながら、消費されて終わるデザインの仕事に対して、モヤモヤを感じていた。
そんなライラさんの様子を見て、声を掛けたのが母親だ。サラエボで行われている、聴覚障がい者とデザイナーとのワークショップに、ライラさんを呼んだ。
「サラエボは、まだまだ障がい者への認識が古いところ。現場に行くと、施設の人の表情が暗いんですね。車椅子を降りて歩き回る私を不思議そうに見て『あなた、どうやってデザインを学んだの?』って聞くんです。美大に行ったことを話すと『私も行きたかった。でもその資格がないと思った』って」
その言葉は、ライラさんの胸を刺した。自分は障がいがあっても、親から色々な機会を与えられてきた。でも世界には、そうでない人がたくさんいるのかもしれない。何かできないかと考えたとき、グラフィックデザインには、その人の持ち味を視覚化できる力があると気づく。
また、障がいについて調べるうちに、身体障がい者は社会で働く機会が増えつつあるが、知的障害のある方に関しては、未だ経済的自立への課題が多いことが分かった。
そこから、知的障害や自閉症の方によるアートに目を向けたという。アートを作品にするだけでなく、デザインの力で商品化すればきっと売れると、ライラさんは確信した。その思いが、今の活動につながっている。
「グラフィックデザインには、ブランディングや設計力など、すごい力があるんです。単に仕事にするのもいいけど、デザインは誰かのため、世の中のためにやるものだと思っています」
■“障がい者”ではなく、“できること”を前面に出したい
今後は、アジアに進出したいとライラさんは語る。
「最近の日本の障がい者福祉施設の取り組みは、とても先進的なんです。ソーシャルグッドな取り組みも色々ある。日本の工夫する力を、世界に伝えていきたいですね。『シブヤフォント in Asia』を開催したり、アートによる支援方法を伝えたりできたらと思っています。もちろん、日本が他国から学べることもあるでしょう」
13歳までを日本で暮らし、その後25歳までをイギリスで過ごしたライラさんは、自身のアイデンティティに対して、常に迷いがあった。
「日本にいたときは、イギリスに帰りたいとずっと思って。でもいざイギリスに行ったら周りは白人ばかり。父の故郷であるスリランカに行っても、私はスリランカ人じゃない」
ある日友人に「ライラって国連みたいだね」と言われ、腑に落ちた。国のルーツ、女性、障がい者、自分にはさまざまな一面がある。そこから“一人国連”を名乗るようになった。「一つのものじゃなくていい」という気づきは、自身を楽にしてくれたという。
「『障がい者です』って自己紹介するより、車椅子に乗って『一人国連です!』って言った方が場が和むしね。昔は、障がいがあることをいつ言おうかって悩んでいたけれど、今は悩まなくなった。障がいがあるからじゃなくて、自分の特技を生かせていると思うからです」
障がい者だと言った途端「障がいがあること」が前面に出てしまう。それをなくすことが、ライラさんの目標の一つだ。
「障がいではなく、その人ができることを前に出したいんです。そのためにアートは、とてもいい手法だと思います。アートには、その人ができることしか出てこないから。アートによって、世の中に色んな人がいることを可視化したいですね。言葉で訴えるのもいいけど、本人ができることを示して、受け取った人が『こういう人が関わっているんだ』と気づけたら自然だし、ひとごとにもならないと思っています」
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この記事は、日テレのキャンペーン「Good For the Planet」の一環で取材しました。
■「Good For the Planet」とは
SDGsの17項目を中心に、「地球にいいこと」を発見・発信していく日本テレビのキャンペーンです。
今年のテーマは「#今からスイッチ」。
地上波放送では2021年5月31日から6月6日、日テレ系の40番組以上が参加する予定です。
これにあわせて、日本テレビ報道局は様々な「地球にいいこと」や実践者を取材し、6月末まで記事を発信していきます。