アートを入り口に“障がい”の認識を変える
障がいのある人のアート作品を展示する岩手県盛岡市のアートギャラリー。運営する株式会社ヘラルボニーは、“障がい”という言葉を一つの個性として捉えるきっかけを提供したいと考え、まずはアートの世界でリスペクトが生まれる機会を提供している。
■アート作品を入り口として、作家の個性まで届ける
岩手県盛岡市に今春オープンした「HERALBONY GALLERY(ヘラルボニー・ギャラリー)」。作家一人ひとりの人間性に迫ることをコンセプトにしており、一か月半の周期で日本全国からアーティストをピックアップし原画作品を展示。作品だけでなく、映像などを通してアーティストの人物像を深く知ってもらうことを狙っている。
このギャラリーのもう一つの大きな特徴は、作品を披露するアーティストには何かしらの障がいがあること。アートをきっかけにして、作家の一つの個性として障がいを知ってもらいたいという。
運営するヘラルボニーは「異彩を、放て。」とミッションを掲げ、福祉を起点に新たな文化を創ることを目指している。このギャラリーでは、障がいがある人が描いたアートを販売するだけでなく「障がいは欠落ではない、という考えを広げる場にしたい」と副代表の松田文登さん(30)は話す。
「アート作品やアーティストを前面に出して、人生観や体験など人間性そのものが伝わっていくようなギャラリーにしたいと思っています。障がいという入りではなく、純粋にアートが素晴らしいという“リスペクト”から徐々にその方を知っていただいて、障がいはマイナスなイメージのものではないという気づきまでを与えられる空間にしたいです。だから『障がい者アート』という言葉は使わないようにしています」
オープン第一弾の企画展示は、アトリエやっほぅ!!(京都)に所属する木村全彦さんの作品。色鉛筆のみで描かれた11作品が展示されている。ギャラリーでは作品の販売も行われており、5月末時点ですでに4作品は売買済みという。「障がい者の作品は安い」というイメージも変えたいと話す。
「障がいとなった途端に、“安い”というバイアスがかかってしまうと感じています。作品の価値が認められ、適正な価格で売買されていることを社会に提示していくことによって、アーティストに還元される未来をつくりたいです」
■リスペクトを生むことで“障がい”の認識を変える
ヘラルボニーは、これまでも“障がいを捉え直す”ためのプロジェクトを行ってきた。日本全国の障がいのある作家とアートライセンス契約を結び、アート作品をライセンス化。ファッションや食品ブランドなどとコラボレーションして商品化を行ってきた。この活動の背景にあるのは「障がいという言葉の持つ意味を変換させたい」という思いだ。
「僕自身、前提として障がいという言葉自体があまり好きではありません。ただ、人に伝えるときに、その言葉を一つ挟まないと伝わらない。そこに問題があると感じています。障がいという言葉が持つネガティブなパワーは恐ろしい。ヘラルボニーが存在することによって、その言葉自体が違う立ち位置に変わればいいと思ってます。
障がいのある当事者の方たちが幸せであることはもちろん重要ですが、それ以上に、社会側の意識がどう変わっていくかに興味があります。まずは、アートでリスペクトが生まれる世界を作ることによって、障がいへの意識が“欠落”から“個性”に変換されていけばいいと考えています」
障がいを個性と言い切るヘラルボニー。創業背景には、創業者である松田文登さん・松田崇弥さんの兄に自閉症があったことがある。自分たちと同じ様に笑い、悲しみ、怒り、当たり前に毎日を過ごしているものの、「かわいそう」と周りから表現される姿を目の当たりにしてきた。その違和感から、障がいのある人に対する“社会の捉え方”を変える事業を展開してきた。
活動する中で「障がいのある全ての人にアートの才能があるわけでない」という声もあるという。その点については、アートはあくまで個性の発揮方法の一つと考えている。
「リスペクトが生まれる世界にしたいと考えているので、卓越した才能や技術のあるアーティストに絞り、全ての人をアーティストと呼んでいるわけではありません。まずは、ヘラルボニーからアーティストが羽ばたけるような世界をつくりたい。さらに将来的には、アートに限らず、個性に適した仕事ができるような福祉施設を造りたいです。自分の兄もアートを作れるわけではありませんが、最終的には兄まで続くと信じてこの事業を続けています」
まずはアートの世界でリスペクトを生む。さらに、リスペクトが生まれる領域を広げる。この活動を通して、社会の中で“障がいは個性の一つである”という認識を作りたいと考えている。
■生活の中にヘラルボニーブランドを
コロナ禍が落ち着いた後は、ヘラルボニー・ギャラリーを直接アーティストに出会える場所にしていきたいという。障がいのある人と直接触れ合える場にするとともに、アーティストが直接的なフィードバックを得られる場を目指している。
さらに、ライセンス化した商品を生活のあらゆるところに浸透させるため、ヘラルボニー自体をライフスタイルブランドに成長させていきたいと考えている。
「例えば、壁紙とか、クッションとか、家具とか、カーテンとか、住環境そのものに入っていきたいと考えています。来年度には、岩手県盛岡市にホテルをプロデュースする予定で、アーティスト一人ひとりの作品の部屋を作り、その部屋に泊まるとアーティストにお金が流れるような仕組みも考えています」
作品が使われる場が増えることは、アーティストやその家族にとって自分の価値を認識できる場が増えることだという。
「障がいのある人の作る作品が、本当に価値があるものかよくわかっていないご家族の方もいらっしゃいます。それが、例えばヘラルボニーと組んで、駅のラッピングなどをしたときに、自分たちの家族の描く作品がいろんな人に見られて、その価値に気づいてもらえることもあります。自分の家族を“障がい者”ではなく“アーティスト”として認識してもらうことに、まず価値があると思います」
作品に対してリスペクトが生まれる場を作ることは、本人や家族の“障がい”に対する認識も変える可能性がある。
ヘラルボニーの、障がいという言葉の認識を変える挑戦は、これからも続く。
※写真はHERALBONY GALLERY
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この記事は、日テレのキャンペーン「Good For the Planet」の一環で取材しました。
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今年のテーマは「#今からスイッチ」。
地上波放送では2021年5月31日から6月6日、日テレ系の40番組以上が参加しました。
これにあわせて、日本テレビ報道局は様々な「地球にいいこと」や実践者を取材し、6月末まで記事を発信していきます。