「SDGs」日本版コピーに込められた思い
2015年に国連サミットで採択された「SDGs(持続可能な開発目標)」。公式日本版アイコンのキャッチコピーを書いた、クリエイティブディレクターの井口雄大さん(45)。制作する上でのこだわりや、井口さんが考えるSDGsの広げ方を聞いた。
■社会の変化を表現したコピー
17の目標とアイコンが印象的なSDGs。日本語では「安全な水とトイレを世界中に」「つくる責任 つかう責任」といった、英文の直訳ではない言葉が使われている。もともと、外務省の仮訳があったが、それはあくまで仮訳だった。SDGsの前身であるMDGsでは、様々なステークホルダーがそれぞれの訳をつくり、同じ目標が異なる言葉で流通していた。そこに問題意識を持ち、SDGsの普及・啓発を担う国連広報センターが博報堂の協力を得てSDGsの日本語版を作成したという。
このプロジェクトでコピーを作成した井口さんは、“変化している社会”を表すことを意識したという。
「SDGsの中身を聞いた時、最初は『子どもの頃と変わっていない』という印象でした。貧困をなくそう、環境を守ろうということは子どもの頃からずっと言われていたこと。それが今でも言われ続けていることを知り、世界は一ミリも進んでいないと絶望するような気持ちもありました。
しかし、丁寧に話を聞くと、社会は少しずつ進んでいると分かりました。例えば、水の領域では飲み水の普及は進み、今は下水に焦点が当たっていると知りました。そういった社会の変化を表現できるようなコピーを心がけました」
直訳すると「きれいな水と公衆衛生」だった6番目のゴールは「安全な水とトイレを世界中に」という日本語版になった。同様に、変化があればその変化が分かるように一つ一つポイントを探したという。
目立った変化がない場合は、一人ひとりの行動に訴えかけるような言葉を意識。その結果、13番の目標「CLIMATE ACTION」は、「気候変動に対策を」ではなく「気候変動に具体的な対策を」となった。
「テーマが広く関係者も多いので、内容は抽象的にならざるを得ない部分もある。ある意味、今まで考えたコピーの中では、おそらく一番当たり障りのないコピーだと思います。でも、その中でも、少しでも自分ごと化するためのひっかかりを作れるようにと思って取り組みました」
■どんな仕事も社会に貢献している
SDGsに関わる以前、井口さんは環境や社会問題に対して自分なりの行動をしていたものの、仕事で関わることはほとんどなかったという。
「親の教えもあり、小さい頃から電気をこまめに消す、水を出しっぱなしにしない、食べ物を残さないといったことは意識していました。一方で、人を巻き込んで対外的に何かをするということは一切なかったです。NPOの広告づくりやコミュニケーションをサポートしたことがある程度です」
何かやりたい気持ちはあっても、どこから手を付けたらいいかわからない。自分と同じような感覚を持つ人が多いのではと、井口さんは話す。
「例えば、災害などが起きるとボランティアに行く人も多いと思いますが、僕はすごく悩んでしまうんです。自分ができる範囲で誰かのためになりたいと思う一方で、目の前に起こった災害以外でも大変な思いをしている人はいますし、貧困地域では日常的に困っている人がいます。そういう人に何もできていないのに、どこまでやればいいのかわからなくなってしまうんです。そういう自分に、SDGsの日本版のご相談を頂けたのは、ありがたい限りです」
一方で、「社会貢献のサポートをする」という意味では、他の仕事と変わらないとも語る。
「世の中に存在しなくていい会社は一つもないと考えています。時代によって存在価値が上下することはあるかもしれませんが、どの企業も社会課題を解決するために立ち上げられたわけです。だから、各企業の仕事自体が社会貢献だと思います。広告の仕事は、コミュニケーションを中心に、企業に新たな価値をもたらす仕事。そういう意味では、SDGsにかかわらず、社会に貢献する仕事だと考えています」
言葉を扱うことで社会の後押しをする井口さん。言葉は「伝える」だけでなく「価値を作る」ものだと捉えている。
「先輩コピーライターの受け売りですが、自分たちの仕事は価値を作る仕事だと考えています。人は言葉で考えて、言葉でものごとを伝える。言葉が変わると、考え方も変わる。ただ何かを伝える道具ではなく、新しい価値をつくるのが言葉だと考えています」
■自分ができることに取り組めるように
人の心を動かし、行動を促すような“言葉”を扱う井口さん。今後、SDGsをどう広げていきたいか聞くと「できることを、できる範囲でやっていきたい」と返ってきた。
「SDGsってシンプルにいえば、世界が少しでも良くなるために『こういうことを考えるといいよ』という指標に過ぎないと思います。それが、アイコン化されたことによって、コミュニケーションツールや考えるヒントになって、流通しやすくなっている。SDGsはわかりやすいし、素晴らしいとも思いますが、日々の生活の中で『SDGsしなきゃ!』と考えたりはしないんです。
それよりも、『自分ができることで社会に役立つことは何か』というのは、常日頃から考えています。例えば、会社の中で良くない慣習を変えていくとかでもいいと思っています。そういう行動も、広く捉えればSDGsアクションだと思います」
それぞれの人が、自分ができる範囲で少しずつ行動すれば、世界は確実によくなる。しかし、改善したくても何かを言い出しづらい状況が世の中にはある。その言い出しづらい空気を解消していくことも、平和な社会につながると井口さんは考える。
「子どもたちと話すと、みんな純粋で『この子どもたちが大人になったら世界は悪くなりようがない』と思うんですが、多分自分たちが子どもの頃も同じだったような気がしていて。それが、大人になるとよくわからない何かに絡めとられてしまっている、という人も多いんじゃないかと思います。でも今は、そうじゃない社会になりかけている感覚もあって。僕が子どもの頃よりも人生がより自由になっていて、それは希望の持てることだと思います」
一人ひとりの行動の大切さや、その行動が阻害されない社会の大切さを説く井口さん。SDGsと聞くと、抽象的な概念に聞こえるかも知れないが、自分ができる範囲で行動することにこそ、その本質があるのかもしれない。
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この記事は、日テレのキャンペーン「Good For the Planet」の一環で取材しました。
■「Good For the Planet」とは
SDGsの17項目を中心に、「地球にいいこと」を発見・発信していく日本テレビのキャンペーンです。
今年のテーマは「#今からスイッチ」。
地上波放送では2021年5月31日から6月6日、日テレ系の40番組以上が参加しました。
これにあわせて、日本テレビ報道局は様々な「地球にいいこと」や実践者を取材し、6月末まで記事を発信していきます。