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孤独や不安の中にいる妊婦 支えて20年以上「こんなにも困っているんだ」 助産師が語る現実と支援

2023年9月30日 14:02
孤独や不安の中にいる妊婦 支えて20年以上「こんなにも困っているんだ」 助産師が語る現実と支援

全国の児童相談所が昨年度、対応した児童虐待の件数は過去最多を更新し、同時に発表された2021年度の死亡事例では、心中以外の要因で死亡した50人のうち、ほぼ半数にあたる24人が0歳児だった。背景には望まない妊娠と、妊産婦の孤独・孤立があると指摘される中、20年以上こうした妊産婦に向き合ってきた東京都内の病院に、取り組みについて聞いた。

近年、総合病院などで児童虐待対応チームの立ち上げも増えてきたが、東京・江戸川区の「まつしま病院」では、2002年にDV・虐待・性暴力被害に関する委員会を立ち上げた。その当初から関わる幸崎若菜助産師は、DV・虐待・性暴力とも、関わり方の基本に大きな差はなく、とにかく被害者の「話を聞く」姿勢が必要だと語る。

■健診では見えない「生活」をみる

「妊婦さんは病気ではないので、どこの病院も正常な経過をたどっているかを健診でみていきます。しかし、こどもを育てていくというのは『生活』なので、その中に入り込まないと何が起きているか見えてきません。つまり、身体的な経過として問題ないからといって、育児が順調にできることとイコールではない。元々当院には、身体的なハイリスクの妊婦さんはあまり来院されません」

「しかし、生活のレベル、学歴、所得はまちまちで、家庭内の様子を聞かせてもらう中で、夫との関係性や金銭面の問題、育児への悩みなど、様々な生活の中で起きる課題や困りごとに向き合うことは多かったんです。でも、それを助産師が主となって行う助産師外来の30分で聞き取るのは難しかった」

■妊娠がわかってうれしい人ばかりではない

こうした経緯があり、まつしま病院に2015年8月に設置したのが“支援外来”である。

「支援外来は、社会的な課題を抱えた妊婦さんとお会いしてお話をする外来です。生活の中の困りごと、課題をゆっくり聞かせていただき、課題解決に向けてできることや、妊娠中にどんな準備をすべきかを伝えています。妊娠がわかってうれしい人ばかりではない。だから私たちは率直に妊娠についてどう思ってるかも聞いていきますし、困っているのだとしたら、どんな選択をするかも含めて伺います」

「当院は産婦人科の医療の中ではおろそかにされてきた、中絶のケアもしています。支援外来を立ち上げてみると、こんなにも妊婦さんが困っているんだという現実に直面しましたが、当院がずっと大事にしている暴力の問題や中絶のケアも含め、社会的な課題を抱えた妊婦さんに寄り添う医療機関はまだまだ足りていません。当院の支援外来は開始しておよそ8年ですが、放置すれば虐待につながるリスクの認識が院内で共有されるようになりましたし、携わってくれる助産師も増え、こうした取り組みが必要だという機運が高まっています」

「また、当院には小児科があるので、予防接種やかかりつけ医として長いスパンでお付き合いできる強みもあります。産科でお伺いした妊婦さんの情報が小児科にも引き継がれるので、個別の背景を理解した上での支援やアドバイスに取り組み、その人らしい育児につなげています」

■心配していることを伝える

「本来はすべての妊婦さんに同じようにお話を聞ければいいのですが、いろんな制限の中で、ある程度リスクの振り分けをしています。そして、社会的な課題やリスクがあるという方に対して、妊婦健診で産科的な診察をした上で助産師と話す別枠の外来を設けます。初回は1人30分程度ですが、1時間ほど話す方もいらっしゃいます。本来の健診とは別枠で、妊娠や出産、育児に関する困りごと、心配事を尋ね、逆に病院として『あなたのこういう部分が育児に影響しないか心配しています』とお伝えする外来にしています。話してすごく良かったとおっしゃる方もいれば、なんでそんなことまで病院に聞かれなきゃいけないんだと拒否的な態度をとられる方ももちろんいらっしゃいます」

「この支援外来では、助産師とソーシャルワーカーの2人で、妊婦さん1人と面談するので、かなり人件費・労力をかけているのですが、料金はいただいていません。それでも取り組むほど、この部分に当院の問題意識があると言えるかもしれません。その方が抱えている課題が、育児に影響するんじゃないかと病院は心配しているから、相談や力になれることがあったらお話してほしいというスタンスです」

「ご理解いただけず、転院される方もいらっしゃいます。自分たちの持てる力は出しますが、それを受けるか受けないかは妊婦さんに選んでいただいています。妊娠中1回の面接で終わる人もいれば、多い人だとほぼ毎回、妊婦健診のたびにお話を伺うこともあります。課題が重い方もいらっしゃるので、一緒にどう乗り越えるか、どう向き合っていくかを考えることに時間を割かせてもらっています」

■リスクはどう見つける

支援につなぐための、社会的リスクの判断は、初診時に限らず、また医師・助産師・看護師を問わずに行う態勢を取っているという。

「繰り返し会う中で、違和感があるなと感じることもあります。分娩が近くなって、不安が強まる、高まる方もいらっしゃいます。どのタイミングでも、この人ちょっと気になるとか、病院として話を聞いた方がいいよねと感じたら、外来の医師でも助産師でも看護師でも、とにかくどこかで引っ掛けてもらって、キャッチされた方に関しては、外来、妊婦健診とセットで来ていただく」

実際にどのような妊婦が社会的ハイリスクと捉えられるのだろうか。

「精神疾患合併とか既往の問題、DV、経済的な貧困の問題もあります。また、今でこそ“できちゃった結婚”という言葉が一般化して、プラスのイメージで“授かり婚”と言うなどしますが、やはり結婚し他人と暮らすストレスが絶対的にあると思います。生活が大きく変わるし、他人と暮らすにあたって様々な生活習慣のすり合わせもしなければいけない。うまくパートナーと暮らせているかもリスク判断の要素です」

「今は就労している方がほとんどですが、マタハラの問題もありますし、妊娠しながら働くことが大変な方もいらっしゃいます。あとは育児の支援者がどれだけいるか。親御さんが近くにお住まいでも現実的にはサポートがない方、親御さんがまだ現役世代だとサポートできる状況にないとか、晩婚化で育児と介護のWケアという方もいらっしゃいます」

■妊娠中は親になる準備の時期

サポート、という意味でパートナーも重要な役割を担う。まつしま病院では、必要に応じてパートナーも交えた面談を行っている。

「『男性も育休を取りましょう』という社会になってきましたが、まだまだ育休が取れる企業にお勤めの方ばかりではないので、パートナーに頼るのが難しいのであれば、産後ケアを利用しませんかと提案します。料理が全くできない男性も比較的多くいらっしゃいます。産後って赤ちゃんのお世話しながら食事の準備をするのが本当に大変なんです。だから、ご飯すら炊いたこともない夫には、妻の妊娠中は、せめてご飯を研いで炊ける、お味噌汁を作れるぐらいまでにしておける期間にもなるわけですね」

「ただ単にお腹が大きくなるのを待つ、赤ちゃんが順調に育つのを待つ期間ではなくて。モノを揃えるということもそうですが、自分たちのスキル・生活力を上げることもできるので、妊娠期間を大事に使ってほしい。なるべく妊娠中の早い時期から、時間をかけて、やれることに取り組んでもらう。それで夫婦がお互いに結束を高めていって、赤ちゃんを迎えてもらうみたいなところができればいいのかなと。妊婦さんだけでなく、状況によってはパートナーさんも交えて、こういうことに取り組んでもらいたいですがいかがですか、と面談しています」

■産後の入院延長で“なんとなくやれるかも”まで

「産後、退院までの期間、産院さんによっては夜に赤ちゃんをお預かりする『母児異室』を勧めるところもありますが、当院では基本的に『母児同室』にしています。今の社会では、こどもと触れ合う機会が本当になくて、赤ちゃんがどういうものかわからないで親になっていく方が多いので、例えば、新生児は夜の方が起きているということも知らない。だから、私たちにとっては当たり前の、昼間赤ちゃんが寝ているときに一緒になって休んで、夜泣きに対応しないといけないよっていうのがわからない。そうした母親がそのままご自宅に帰ると困っちゃうわけです」

「また、最近はマンション・アパート暮らしの方が多いですから、音や泣き声がすごく心配とか、通報されることもあったりする。寝ている家族に起きて手伝ってとSOSを出せず、母親なんだからやらなきゃいけないというプレッシャーもある。だから院内でなるべく一緒に過ごして、夜の赤ちゃんの様子もわかって、“なんとなくこんなもんかな”って思って退院してもらいたい。夜の授乳とか、赤ちゃんの泣きにも対応できるように、夜勤のスタッフもなるべく手厚く配置してケアしています」

「通常は5日間の入院ですけど、不安を抱えている方々には、産後入院制度を利用して入院期間を延長し、少し自信を持って帰っていただくことも妊娠中から提案しています。江戸川区とか葛飾区の場合、公費で6泊7日まで延長できるので、それだけの期間延長するとスキルも上がってくるし、赤ちゃんに対応する慣れも少し生まれてきて、自分なりのリズムも少しつかめてきますので、1週間延ばしてよかったと言って退院される方も比較的多くいらっしゃいます。そのようにして、ある程度の自信を持って帰ってもらう、あるいは自信まではいかなくても、なんとなくやれるかもっていう気持ちになって帰っていただいています」

■“ついで”に相談できる場所

妊婦への支援外来のほかに、もうひとつ特筆すべきまつしま病院の特徴は小児科との連携だ。退院後も長くフォローアップする。

「退院後も、当院では初産婦さんの場合だと2週間健診が入るので、退院してまた数日やってみて、どんな困りごとがあるかを確認させてもらい、またすぐに1か月健診に来てもらいます。さらに、1か月健診が終わると本来は産科のフォローアップは終了し、行政のフォローアップは3~4か月の健診になるのですが、当院は一応、2か月健診も設けてまして、本当に育児のことが心配ですという方々に来てもらって、そのままワクチンをスタートしていく流れになります」

「1か月までが果てしなく長くて、そこからまた3~4か月までのフォローアップもないことに困っているお母さん方も多いので、ワクチンと抱き合わせで2か月健診を入れるとか、抱き合わせじゃなくても“2か月は2か月”で来てもらいます。ちゃんと順調に成長して発育していると確証がほしい、太鼓判をもらいたいお母さんたちもいらっしゃるので。赤ちゃんの様子も変わってきますよね。成長していくスピードが早く、月齢で困りごとがどんどん変わっていくので、それに寄り添いながら、サポートしていく体制です」

「あとは母乳外来、ベビーマッサージ、あと親と子のサロンと言って、月に2回、親子連れで集う会もやっていて、助産師、小児科医、心理士も入ってお話しできるようにしています。今、育児が孤立していると言われていますが、何か予定がないと、なかなか医療機関には来られないと思うんですよね。だから病院に集えるようなサービスを提供して、わざわざ電話で相談することでもないし、受診までしようとは思わないけれど、病院に来たついでにいろいろ聞こうかなと、気軽に相談できる場所になれたらいいなと思っています。なるべくそうした機会を増やすようにして、そうしたことが必要そうな妊婦さんには情報を提供して、こんな会もやっているから来てねとご案内しています」

■減らない0日死亡に対する思い

まつしま病院が社会的なリスクを抱える妊婦への支援を強化してきた一方、統計上は誕生0日の死亡や0歳児の死亡が多い傾向は変わっていない。

「予期しない妊娠が虐待のリスクだということも、ずっと言われてきています。私の中での問題意識は、そうした状況にもかかわらず、性教育が進んでいかないことにあって、怒りに近いような感情も覚えています」

「どうすれば妊娠するか知らない人があまりにも多すぎるし、そのことが自分の身に降りかかってくるという意識を持っていない人が本当に多いです。実際、妊娠は女性1人では成立しません。でも、自宅で出産したとか、どこかで産んで殺してしまった場合に、いつも女性の名前ばかりが出てきて、相手の男性の名前や処罰は一切出てこない。裁判になれば詳細が流れることはありますが、そういう報道を見るたびに、私たち医療機関の人間としては、その人の背景に何があったのかな、相談できる人がいなかったのかな、気づいてくれる人がいなかったのかなと考えます」

■伴走型相談支援への懸念

こうした状況も踏まえ、ことし、孤立しがちな妊婦・子育てを支える伴走型相談支援がスタートしたが、長く社会的にハイリスクな妊婦と関わってきた立場から、行政の支援では信頼関係を築くのは難しいのではないかと指摘する。

「地域だと異動があるので、数年で担当が変わるデメリットがあると思います。もちろん医療機関もスタッフの入れ替わりはありますが、私はこの施設がすごく長くなったので、当院を何度も選んでくださる方には、『また産みに来てくれたんですね』と声がけしますし、あそこに行けばこの人がいるみたいな、病院はそういう存在になれると思います」

「反対に、行政ではずっと1人で追うのは難しい。東京都のゆりかご面接では、面接のときと実際の担当保健師さんが違うことがあります。さらに、自宅に伺う伴走型支援では、地区担当の保健師さんが行く場合も、委託業者さんが行く場合もある状況です。もちろん情報は共有していくので、いろんな人、いろんなスタッフが関わることでのメリットももちろんあります。ですが、中には関係性を築くのが難しい妊婦さんもいらっしゃるので、信頼関係を築くという意味では、1人が長くお付き合いした方がより関係が深まり、問題が見え、ケアが行き届くと思います。そこは行政の関わりでは、制度・システム的に難しい部分だと思います」

■こどもの安全第一で役割分担を

では、伴走型相談支援が目指す“切れ目のない支援”はどうすれば実現するだろうか。

「子育ての政策の中では“切れ目のない支援”と本当によく言われますが、どこも縦割りで逆に切れ目しかないと私たちは思っています。例えば、情報についても、私たち医療機関からはある程度地域にお渡ししますが、地域からは医療機関に投げてくれないことがあります。いろんな人の目で見れば、見え方が違うことは当然で、妊婦さんが私たちに見せる態度と、地域の人に見せる態度が違うことは、良い意味でも悪い意味でもあります」

「多くの目で見た情報をもとに、どう支援していくかを私たちは考えたい。でもなかなかその意識を共有できません。個人情報の問題がどうしても言われますが、一番は“こどもの安全”なので、その視点を忘れないでほしいと感じています。支援の方向性や足並みを揃えたいですけど、現実それがうまくいかなくて、どう連携すればいいだろうと、日々、院内でも対応を考えています」

「我々、医療機関としては、社会的ハイリスク妊婦への支援をやってきているという自負もありますので、そこはやはり主張していきますし、地域だけがやればいいというわけではない、医療機関としてもこの程度のことはやれますから、そこは任せてくださいと役割分担をして、より良い支援を提供できたらと思っています」

■不安を抱える妊婦さんへ

「初めてのことで、“何がわからないかがわからない”ということは結構たくさんあると思います。だからまず気軽に助産師を頼ってほしいです。日本にはこんなこと質問したらまずいんじゃないかなと考える人が多いというか、相談しにくい文化があると思います。多分、相談することを教えていないからだと思いますが、どんなことでも気軽に相談してもらいたいです」

「困っていることがわかれば、私たちもいろんな情報が出せますし、1人で抱えていて解決できることって少ないと思うんですよ。逆に1人で抱え込むと、不安はどんどん増大していくものだと思うので。1回勇気を出して相談してくだされば、私たちもいろんな知恵が出せるのかなと思います」

「もちろん解決できる問題ばかりじゃないとは思いますが、不安を誰かに話すことで、少し気持ちが楽になることもあるのかなって。相談したことがない人にはそういう経験もないかもしれないですが、ここが相談に乗るスタンスの医療機関だと知ってくださって、来ていただければ、お話は聞きますので。そして、そういう医療機関はおそらくお近くにもあると思います。なので、妊婦さんには、まずは勇気を出して、相談してみようと思っていただきたいなと思います」

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