94歳・認知症患者が手がける“世界にひとつだけのウェディングドレス”、忘れゆく記憶を「形」に残して祝福を届ける結婚式
花嫁の幸せを祈り、一針一針丁寧に仕上げた純白のウェディングドレス。針に込めた“想い“が記憶から消えてしまっても、想いは“形”となって花嫁のそばに在り続ける。飾りもケーキも、ドレスもすべて手作り。老人ホーム「かなえるハウスむすび」で行われた、とある結婚式に密着した。
ケーキも飾りもすべて手作り!入所者が参列した結婚式
岐阜県美濃加茂市の老人ホーム「かなえるハウスむすび」で、介護士夫婦の結婚式が行われた。青空が広がる緑豊かな中庭に集まった、新郎新婦とたくさんの参列者たち。中庭を囲む廊下はカラフルなペーパーフラワーが彩り、壁にはピンクをベースとしたガーランドや風船がディスプレイ。2段重ねのウェディングケーキに白バラが上品さを演出するブーケ、そして花嫁を優しく包み込む純白のウェディングドレス。実はこの飾り付けやアイテム、この老人ホームの入所者とスタッフが手作りしたものなのだ。
新郎新婦の職業は、この老人ホームに務める介護士。「働いている場所で式を挙げたい」という、新婦たっての希望で行われた“手作り”の結婚式なのだ。飾りやケーキなどさまざまな手作りアイテムが溢れるなかで、ひときわ存在感を放つのが純白の“ウェディングドレス”。細身のシンプルなシルエットに、レースのボレロがついた可愛らしいデザインだ。
このドレスの準備に、誰よりも意欲的に取り組んでいた入所者がいる。1年前から施設にいる、94歳の佐藤喜代子さんだ。若い頃、可児実業学校で洋裁を学んだ経験から、制作中は「47ページ見せて!」と型紙の本を読みながら表情豊かに作業を進めていた。縫い目はとても細かくて正確。針を持った途端、すごい集中力で縫い進める喜代子さん。学校卒業から約80年経った今でも、その“技”は健在だ。
「さすが、喜代子さんやっぱり上手だね」と声をかけるスタッフに、「ちょっと黙ってて」と喜代子さんが照れ笑いしながら答えるなど、和やかな雰囲気で作られたウェディングドレス。一針一針、丁寧に手縫いされたドレスには、入所者たちの夫婦の幸せを祈る温かい想いが詰まっているのだ。
「お礼を言っていただけるだけでも、ありがたい」感謝の言葉に涙
ウェディングドレスは、2か月以上もの制作時間をかけて完成。しかし、不思議そうな表情で完成したドレスを眺める女性がいた。
誰よりも制作に力を注いでいた、喜代子さんだ。「喜代子さんこれ作ってくれたね?」というスタッフの問いに、「違うよ」とはっきり答える喜代子さん。実は喜代子さんは認知症を患っており、自分が何をしていたのか忘れてしまうのだ。ドレスを作っていた記憶をなくしてしまった喜代子さんに、「みんなと一緒に手縫いで一生懸命縫ってくれたドレスです。ありがとうね」と感謝の言葉をかけるスタッフ。その言葉に、「嬉しい…」と嬉し涙をこぼす喜代子さん。
認知症になってから、誰かに「ありがとう」とお礼を言われることはなかったという。溢れた涙をぬぐいながら、「(お礼を)おっしゃっていただけるだけでも、ありがたい。本当にこんな嬉しいことがあっていいのかしら」と語った。
“入所者の手でドレスをつくる”こと、それはスタッフたちの希望だった。「かなえるハウスむすび」の小栗由依所長は、「(入所者の方々は)昔からやってきたことや、自分の得意分野に取り組んでいると笑顔になる。誰かのためになることしている時の表情は明るい」とドレス作りの理由を明かした。
無表情になりがちな認知症の入所者に、少しでも表情を取り戻してほしいと始まったドレス作り。その想いは、入所者たちの喜びにしっかり繋がっていた。
結婚式当日、喜代子さんをはじめ入所者の女性陣は“シスター衣装”を着て参列。介護士夫婦の新たな門出は、入所者たちとスタッフたちの大きな拍手のなかフィナーレを迎えた。今回の結婚式について、新婦・青木美麗さんは「泣いてくれる利用者さんもいたので、色々思って泣いてくれたのかなと嬉しかった。(この結婚式を)やってよかったです」と入所者たちの様子に想いを寄せた。また、新郎・青木大さんは「この幸せを普段の仕事で、恩返しできたらなと夫婦共々思います」と参列してくれたすべての人々に感謝の思いを滲ませた。
“記憶を失うこと”を止める術はないのかもしれない。しかし、失われていく記憶を“形”として残す方法はたくさんある。認知症を患う本人にとっても、大切な想いやかけがえのない記憶がなくなっていくことは心苦しいことだ。だからこそ、大切な記憶を表した“形”のあるものが、本人やその家族、周りの人の希望の光となり、心の救いになるのだ。
花嫁の幸せを願った温かい記憶は、“世界にたったひとつしかない”ウェディングドレスへと姿を変え、夫婦の幸せな記憶のなかに在り続けるのだろう。