冗談めかした「給料ドロボー」はアウト?…自覚なきハラスメント、線引きは 社長「教えるのがパワハラなの?」【#みんなのギモン】
そこで今回の#みんなのギモンでは特別版として、「ハラスメント 自覚がない?」をテーマに解説します。
「厚生労働省の2020年の調査によると、働く人の3人に1人が過去3年でパワハラを受けた経験があるといいます。こうしたパワハラ問題を報じたところ、大きな反響がありました。改めて考えます」
「どこまで無責任でどこまでバカなんや一体! もう本当にオツム弱いのかお前。何で間違いが起きたか分からんのかお前は!」
これは、都内のある企業で社長を務める人の言葉です。社員は「パワハラ…パワハラでしょうかね」と言いますが、社長は取材に「教えるのがパワハラなの? おとなしく教えてますよ」。自身の言動はパワハラではないと繰り返しました。
インターネットを活用したビジネスを立ち上げた社長。成長が期待される企業が集まる東証「グロース市場」への上場を果たし、敏腕経営者としてメディアにも取り上げられていました。この社長によるパワハラが日常的に行われているとの告発を受け、取材をスタート。
事務的なミスをしたという社員Aさんをどう喝する音声がありました。「何のために会社から高い給料取るんやお前!」「利益集団じゃここは! ボランティアちゃうんじゃ!」。日常的に発せられる怒鳴り声に耐えかねた社員の1人が録音していました。
別の社員Bさんが資料を作成した際とされる音声には「くその役にも立たないものつくったのと違うのか!」「もう本当にオツム弱いのかお前」「もう本当にね、お前と話しているとバカと話してるみたい」とありました。机をたたきながら、激しく罵倒します。
さらに、別の社員Cさんを詰問する様子も収められていました。
社長
「何でこういう間違いが起こった?」
社員C
「…ちょっといま浮かびません。申し訳ありません」
その後も社長は、「何で間違いが起きたか分からんのかお前は!」「お前が処理せんから起こったん違うのか!」「原因はお前やろうが!」「どうなんや!」とまくし立てます。「…はい」と繰り返すCさん。「…その通りだと思います」と言うのがやっとでした。
録音では何人もの社員に対し、激しい言葉が浴びせられていました。パワハラ問題に詳しい専門家に音声を聞いてもらいました。
早稲田リーガルコモンズ法律事務所・原島有史弁護士
「いまの日本の社会でこういうやり方、こういう指導の仕方は基本的には(裁判所に)パワハラと判断される可能性が非常に高いと思います」
いわゆるパワハラ防止法では、「自分が上司である優越的な関係を背景とした言動」や「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」「労働者の就業環境が害されるもの」の3つを全て満たすと、パワハラと認定されます。
一昨年からは全ての企業の事業主に対し、パワハラ防止のための措置を講じることが義務化されました。
私たちに告発したのは、取材当時に現役だった社員と元社員の合わせて6人です。カメラの前で証言した社員は「精神的にグサっとくるような。社員は口答え、反論はまるで許されないような状況になりますので。机をたたきながら、本当にどう喝です」と明かします。
その様子について別の社員は、「社内はワンフロアなので、まるで公開処刑。ほぼ毎日誰かが怒鳴られているので、『またか』とBGMのようになっている」と話します。
こうした環境の中、精神的に追い詰められて辞めざるを得なかったという社員もいました。取材に応じた元社員の男性は「怒鳴られている時は、人格否定はずっとありましたね。精神的に参ってきて、もう辞めるというところに至りました」
こうした告発を受け、社長への取材を再三依頼しましたが、「当該事実が確認できない」との理由でいずれも取材を拒否されました。そのため、事実を確認するため社長の元へ向かいました。
――社長の言動についていろいろ…。
社長
「全く事実無根だし、弁護士を通じて返事してあるはずです」
――ご本人にきちんとお話を伺いたくて再三お願いしていまして…。
社長
「事実じゃないことは話しようがない」
――社長ご自身はパワハラの認識はありますか?
社長
「ゼロです! あり得ません」
「パワハラはない」と主張する社長。実際の音声を聞いてもらうと、「これね、法的に違法な取引を社員がした場合には、経営者として怒って当たり前じゃないですか?」と答えました。
社長は、違法行為があった社員を叱責しただけだと主張。ただ怒鳴られていた社員は取材に対し、違法行為ではなく事務的なミスだったと話しています。
――複数の方が、社長に怒鳴られている証拠がありまして。全員が不正しているんですか?単純に営業成績が芳しくなくて、むちゃくちゃ怒られている人も…。
社長
「そんなことあり得ません! 社員に聞いてください。あり得ません! 私はね、不正は怒るけど営業社員には教えています。やり方を。教えるのがパワハラなの? おとなしく教えてますよ」
――やり方です。
社長
「やり方おとなしいよ。聞いてごらん! 今から行って聞いてごらん!どんな教え方をしているか。うそを言っちゃだめだよ君!」
「パワハラはないってことでよろしいですか?」と確かめると、社長は「ないです!」と話しました。社内での様子の取材を依頼すると、「忙しい」と断られました。
社員は取材に「誰かがここで声を上げてこういう行動に出ないと、おそらくいつになってもこの体制は変わらないでしょうし、この会社のために何とか頑張ろうと思えるような会社に、少しでもなればいいのかなと思っています」と語りました。
報道されることで会社が変わってほしい、という思いがあったといいます。
こうした内容を今年2月に放送。すると会社側は、「パワハラがあったかのような報道があった。不正な業務が行われているようで、叱責されているのを録音された。(社員は不正について)非を認めたため厳正に処分した」とのコメントを出しました。
これに対して社員は「取引企業から弊社への支払いが滞り、回収を行っている。だが社長は回収額が少ないと怒り、私たち社員が横領しているからだと思い込んでいる。不正などなく、処分も受けていない」と訴えました。
鈴江奈々アナウンサー
「複数の社員の方々が追い詰められている一方で、社長の認識としては教育的な指導であるという考えで、そこにギャップがありましたね」
小野解説委員
「この問題を報じたら、視聴者からさまざまなご意見が寄せられました。例えば『怒りの感情をぶつけても業務の改善に役立たない』という声です」
「とても多かったのは『昔はこのような怒鳴られ方はあったが今は時代が違う。特に年配の世代はアップデートしないと、誰も寄り付かなくなる』という意見です。『注意しても改善されない場合、教育・指導である程度の厳しさは必要だ』との声もありました」
斎藤佑樹キャスター
「僕も会社を経営している立場なんですけど、何か事業を成功させようとする上で、社員と経営者とでちょっとギャップを感じる瞬間は出てくるんですよね。ただ、やっぱりその中でもコミュニケーションが大事だし、相手がうまく受け取ってくれれば、それでいいのかなと。そのためにはコミュニケーションが大事だなと僕は思うんですけど、そう思ってるのも、僕たちだけなのかもしれないですね」
森圭介アナウンサー
「私も後輩が多いので、若手とのコミュニケーションの時には慎重にはしようと思っていますね」
小野解説委員
「これから挙げるケースはパワハラかどうか、原島弁護士の監修で考えます。営業成績が芳しくない社員に、上司が奮起を促そうと『この給料ドロボー!』と言った場合、アウトになる可能性があります。奮起を促すどころか、部下を精神的に追い込むことになります」
「では、冗談めかして『給料ドロボーって言われちゃうぞ』と言ったら、どうでしょうか?」
森アナウンサー
「言い方の問題じゃなくて、『ドロボー』という言葉が入っている(のでアウト)。むしろ穏やかに言われた方が嫌かな…」
小野解説委員
「これもアウトになる可能性があります。給料泥棒という言葉が問題なんです。どんな言い方をしてもきつく突き刺さるじゃないですか。上司は、部下と人間関係ができているから大丈夫と思っても、言葉1つで人間関係は崩れてしまうかもしれません」
小野解説委員
「日頃から遅刻が多く、上司から注意されていた社員がいるとします。宴会の翌日に朝の会議に遅刻しました。そこで上司は、みんなの前で叱責した。これはどうでしょう?」
斎藤キャスター
「良くないことは良くないと共有する上でも、セーフなのかな?」
小野解説委員
「これはセーフです。この社員は何度も遅刻し、そのたびに上司は注意しています。それでもまた繰り返しました。本人に緊張感を持ってもらうためにみんなの前で叱責することは、業務の適正な範囲と言えます」
「ただし、みんなの前で何時間も立たせて罵倒すれば、行き過ぎになってアウトになります」
陣内貴美子キャスター
「業務の適正な範囲、がとても難しいと思うんですよね。言う側の声のトーンや強さ、受ける側のその時の気持ちが落ち込んでるかどうかもあるんですよね。そういうものを踏まえて言い方などを気をつけないと、(適正な範囲を)超えてしまうこともあると思います」
小野解説委員
「どう伝えるのかは難しいですよね。では、日頃からミスが多い部下や後輩に自分が注意しなければいけない時、何を意識して伝えるか。3つのポイントです」
「その1は、『間違いだ』ときちんと指摘すること。その2は、一緒に原因を突き止めること。その3は、一緒に再発防止策を考えることです。ミスをきちんと指導すること=パワハラ、ではありません」
鈴江アナウンサー
「ミスは誰でもありますから、それを責めるんじゃなくて、どう改善できるか伴走することが大事ということなんですね」
小野解説委員
「こんなケースも増えているといいます。パソコンに不慣れな上司に対し、部下が『上司として無能すぎます』と言う。これは逆パワハラです」
河出奈都美アナウンサー
「『無能』という言葉自体に人格を否定するような表現があると思うのでいけませんし、パソコン(が苦手)など上司が部下よりも立場が弱い時は、部下としては気をつけないといけないなと思います」
小野解説委員
「もう1つ深刻なのが、客からの迷惑行為。中でも病院で起きるものです。医師などに対するハラスメント『ペイシェントハラスメント(ペイハラ)』が横行しています。
病院の事務で働く50代の男性に話を聞きました。「ルール外の医師への面会だったり、診療について繰り返し要求される。(自分の)名前を言われ、『バカ』であるとか『アホ』であるとか」
ある50代の医師は、患者の親族に治療の経過を報告した際、ペイハラを受けたといいます。
医師
「『何やってるんだ!』『うまくいってないじゃないか!』『この病院どうなってんだ!』『お前の治療はどうなんだ!』とかなり厳しい、強い言葉で、面談室で怒鳴られた。5~6時間続きましたね」
■暴れ出す患者も…病院の対策は?
5年前からペイハラ対策に取り組む埼玉・春日部市の市立医療センターを訪ねました。
待合や受付には、予防策としてペイハラをしないよう呼びかけるポスターがあります。蜂矢隆彦副院長は「暴力や暴言、大声を出しちゃいけませんよ。過剰な要求をされても困ります」と意図を説明します。
掲示物には「撮影禁止」の文字もあります。言葉だけではないハラスメントも起きていました。
蜂矢副院長は「(撮影者は)入院患者さんですね。特定の看護師さんに対して写真を撮影して、『この病院にはこんなかわいい子がいるよ』みたいな形でネット上にアップする」と言います。
ハラスメントがエスカレートし、暴れ出す患者もいます。万が一の備えとして蜂矢副院長は「『さすまたチーム』というものをつくっておりまして、訓練も行っております」
厚労省はペイハラ対策の情報を医療機関に周知することや、警察との連携を推進することを都道府県に呼びかけ、患者から繰り返し迷惑行為などがあった場合には、診療の求めに応じなくてもよいと通達しました。
小野解説委員
「福﨑博孝弁護士によれば、ペイハラの内容によっては傷害罪・暴行罪・脅迫罪・業務妨害罪などに問われる可能性もあり、病院側から損害賠償を求められるケースもあります」
(4月9日『news every.』より)
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