居酒屋で出会った指示役…闇バイトの入り口は身近なところに【#司法記者の傍聴メモ】
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男は、「人を運べば2万円稼げる」と居酒屋で声をかけられたことが闇バイトに手を染めるきっかけに。一方、女は、彼氏にサプライズでプレゼントをしようとしたことがきっかけだった。
住居侵入未遂の罪に問われた20代の男女の裁判。裁判で明らかになったのは、闇バイトへの入り口が、私たちの生活のすぐそばにあるということだった。
(社会部宇都宮支局 浅賀慧祐・清水彰)
■関東で相次いだ闇バイトによる一連の事件 “どこにでもいる”若者が実行役に
2人が法廷に姿を見せた時の第一印象は、“どこにでもいるような若者”。それくらい、ごく普通の若者たちに見えた。
住居侵入未遂の罪に問われていたのは森健太郎被告(25)と佐々木花梨被告(22)。2人は去年9月、仲間と共謀のうえ、金品を奪う目的で栃木県益子町の民家の掃き出し窓をガスバーナーや金づちを使って破り、侵入しようとした罪に問われていた。
裁判長
「(起訴内容に)間違っているところはありますか?」
森被告
「ないです」
佐々木被告
「間違いありません」
この事件は、去年8月以降、関東を中心に相次いだ闇バイトによる一連の事件の一つで、その中で初めて行われた裁判だった。
多くの若者が「ホワイト案件」などの言葉に惑わされ、実行役などとして事件に加担した挙げ句に、ことごとく逮捕された一連の事件。2人が、事件に関わることになったきっかけは、誰にでも起こりうるような出来事だった。
■友人と居酒屋で飲んでいたら闇バイトに…実行役を集める指示役の手口
事件の数日前。森被告は東京・上野の居酒屋で友人と酒を飲んでいた。そして、友人が席をたったとき──。
「人を運べば2万円稼げる。高額報酬で運転手をやらないか」
見知らぬ男から、こう声をかけられたという。その人物は「明智」と名乗っていて、わずか10分程度でSNSを交換することになった。
*森被告の被告人質問より
弁護士
「ー人を運んで2万円、おかしいとは思わなかったか」
森被告
「お酒の席というのもあったし、そのときは思わなかった」
「被害者がいるのでこういうのは良くないかもしれないが、ちょっとした小遣い稼ぎという軽い考えだった」
ここから、日常は徐々に崩れ始める。「明智」から秘匿性の高い通信アプリ「シグナル」を入れるよう指示を受けると、シグナル上で、プロフィールや顔写真、免許証などを送るよう求められ、森被告は言われるがままに送ってしまったという。
検察官
「誰を運ぶか、いつ報酬が支払われるか、明智がどんな会社の人間かは聞かなかったか」
森被告
「何も聞いていない」
弁護士
「明智、織田などと聞いておかしいとは思わなかったか」
森被告
「SNSでよくあると思った」
居酒屋で出会った「明智」。SNS上での出会いではなく実際に顔を合わせているうえ、SNS世代の若者は、戦国武将の名前をかたる指示役らに疑問を感じることはなかった。
■「感謝の気持ちをプレゼントに」彼氏のための行動が闇バイトに─ サプライズで相談もできず
*佐々木被告の被告人質問より
佐々木被告
「一緒に住んでいる彼氏に養ってもらっていたので、感謝の気持ちをプレゼントにしたくて行動に移してしまった」
彼氏に感謝の気持ちを伝えるため、闇バイトの入り口に立ってしまったのは佐々木被告。佐々木被告は、SNSで「短期間・高収入」と書かれた投稿に「いいね」を押したところ、指示役から連絡が来たという。佐々木被告もまた、指示役の指示通りに免許証や住所を送ってしまっていた。
家族に被害が出るのが怖くて逃げられなかったと法廷で語った佐々木被告。指示役の指示に従いながら、犯罪へと手を染めていく中で、彼氏や警察に相談することはできなかったのか──。
検察官
「警察、彼氏に相談できなかった?」
佐々木被告
「できませんでした」
検察官
「彼氏にも相談できなかった?」
佐々木被告
「そもそも彼が仕事をしている時間帯で、彼に迷惑をかけたくなかった」
「プレゼントや旅行をサプライズにしたかったので、彼に連絡する手段は選ばなかった」
彼氏に旅行やネックレスをサプライズでプレゼントするために、闇バイトに手を染めた佐々木被告。森被告の車に乗って事件現場に向かった時には、もう後戻りすることはできなかった。
佐々木被告
「バカだなと思いました、普通に仕事をしてコツコツと貯めればと後悔しています」
「闇バイトに手を出すと、人生が終わるというか、終わったという感じ。被害者だけでなく、家族にも迷惑をかける」
■指示役「織田信長」「明智光秀」2人は指示役の指示通り現場へ行くも、犯行は未遂に終わる
「織田信長」や「明智光秀」を名乗る指示役。森被告は「人を運ぶ仕事」という当初の説明通り、指示役の指示に従って佐々木被告をレンタカーに乗せて栃木県益子町へと向かった。ただ、現場近くの高速道路を降りると──。
(指示役「織田信長」からの指示)
「空き巣をやってほしい」
「中にある宝石を盗ってきて欲しい」
「家にネックレスやブランドもののバッグがある」
仕事内容は「人を運ぶ」から「空き巣」に変わっていた。空き巣を拒否すると、「家たたくぞ(=強盗するぞ)」と言われ、怖くなった2人。結局、宇都宮市のホームセンターに立ち寄ってガスバーナーや瞬間冷却スプレー、金づちを購入。益子町の現場へと向かった。
役割は、森被告が「実行役」で佐々木被告が「見張り役」。2人は片耳にイヤホンをつけ、指示役と通話状態にして指示を聞きながら行動した。その際も、犯行に加担したくないことを伝えたが「もう戻れないぞ」などと脅されたという。
そして、ついに犯行に及んだ森被告。指示役から「人が来たから隠れろ」と言われた瞬間、被害者の親族に見つかり犯行は未遂に終わる。「カエルを見ていた」などと、とっさについたウソが通用するはずもなかった。
■謝罪の言葉を口にした2人 下されたのは執行猶予付きの有罪判決
森被告の最終意見陳述
「取り返しのつかないことをしたと思っています。被害者に謝りたいです」
佐々木被告の最終意見陳述
「自分が社会で問題になっている組織のコマとして家に危害を加えたことを深く反省しています。申し訳なく思っています。もう二度とこのようなことを起こさないと約束します。大変申し訳ございませんでした」
迎えた1月16日の判決で下されたのは、懲役1年6か月、執行猶予3年の有罪判決だった。
裁判長は、判決の理由について、「指示役と実行役に分かれて犯行に及んでいて組織的かつ計画的な犯行」「それぞれが重要で必要不可欠な役割を果たした」と指摘。その上で「犯行は未遂であり、2人は行為の重大性を振り返り反省している」とした。
判決の理由が読み上げられるとき、真っ直ぐ前を見ていた森被告と、小さく何度もうなずいていた佐々木被告。閉廷後、佐々木被告は法廷内のイスに腰をかけ、目に浮かんだ涙をぬぐっていた。
◇ ◇ ◇
【#司法記者の傍聴メモ】
法廷で語られる当事者の悲しみや怒り、そして後悔……。傍聴席で書き留めた取材ノートの言葉から裁判の背景にある社会の「いま」を見つめ、よりよい未来への「きっかけ」になる、事件の教訓を伝えます。