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【独自解説】「国宝級の大発見」富雄丸山古墳 埋葬されていたのは一体誰?手つかずの棺から更なる発見! 「将来の夢は考古学者」発掘現場の学生の一人に密着

2024年3月31日 11:00
【独自解説】「国宝級の大発見」富雄丸山古墳 埋葬されていたのは一体誰?手つかずの棺から更なる発見! 「将来の夢は考古学者」発掘現場の学生の一人に密着
日本の古代史の謎解明の現場に密着

 2023年、「国宝級の大発見」と話題になった奈良市の富雄丸山古墳で、棺の発掘調査が進められています。埋葬されていたのはいったい誰なのか?日本の古代史の謎を解き明かす挑戦が始まっています。その現場に密着しました。

驚きの発見が続く日本最大の円墳「富雄丸山古墳」

 奈良市の富雄丸山古墳は、4世紀後半に作られた直径100メートルほどの丸い古墳「円墳」です。円墳としては日本最大の大きさで、当時の有力者が葬られていたと思われますが、古墳の頂上にある墓は壊され、誰が埋葬されていたかは分かりません。

 しかし、2023年度の調査で、古墳の中腹から、国内最大2.3メートルの長さの「蛇行剣」と、日本初の盾の形をした銅の鏡「盾形銅鏡」を発見。更にその下から、当時のまま、荒らされていない棺も発見されました。棺の中から何か見つかれば、古墳のナゾを解き明かす大きな手掛かりになります。

(奈良市埋蔵文化財調査センター 鐘方正樹所長)
「副葬品の内容を見れば、どういった被葬者がここに埋葬されているのかというのも判明してくると思いますし、副葬品の量や質からこの古墳の(頂上に埋葬された)主との関係もわかってくるだろうと思っています」

2023年の年末から棺の調査がスタートしました。富雄丸山古墳が作られた時代は日本で文字が発達しておらず、中国の古文書にも記録が少ない謎多き時代。古代の日本を解き明かす手がかりがこの古墳から見つかるかもしれません。

発掘作業に参加する竹村さん 子どもの頃の夢は「考古学者」

 4世紀、どのように人を埋葬したのか?手がかりを消さないよう丁寧に掘り進めます。作業は朝8時から夕方4時頃まで、ひたすら土と向き合います。

(佛教大学4年 竹村昂起さん)
「この現場に来るまではこんなに一層一層きれいにやるとは思ってなかったので、そこはちょっとビックリしている点です」

発掘調査には多くの学生が参加しています。佛教大学4年の竹村昂起さんも、その一人です。2023年の年末から、発掘作業に加わりました。

(竹村さん)
「日本中から注目されているっていっても過言ではない、この古墳を、発掘できる。学史に残るような調査になると思いますんで、そこに参加させて頂けていることを光栄に思っています」

小学生のころから、古墳を巡るのが好きだった竹村さん。現在は地元、大阪・八尾市の博物館「八尾市立しおんじやま古墳学習館」でアルバイトをしています。

(八尾市立しおんじやま古墳学習館 福田和浩館長)
「小さいときから、遊びに来てくれたりしたんで、いまではめっちゃ大きくなりましたけど」
(竹村さん)
「もう180cm近くなりましたけど、遊びに来ていた当時は、このくらいの高さやったんを覚えていますね」
(福田館長)
「どんどん抜かされてしまって(笑)」
(竹村さん)
「みるみるうちにデッカなりましたね(笑)」

 竹村さんが鞄の中から1冊の冊子を取り出しました。

(竹村さん)
「一番使っているのはコレです」

小学2年生のときに、おじいちゃんに買ってもらったという、地元の“古墳に関する研究書”です。

(竹村さん)
「これ持ちながら、古墳を回ったりしてたんで、古墳の土とかついてしまったんですけど」
(福田館長)
「普通、おもちゃとかゲームとか買ってもらうのがね、そういうのが普通だと思うんですけど、そういうのを買ってもらってて、珍しい子がいるなあって、思いながら、見ていたんですけど、まさか家に(今も)しっかりあるとは」
(竹村さん)
「しっかりあります」

 小学校の卒業アルバムに書いた将来の夢は「考古学者」。来月からは、富雄丸山古墳の発掘を手掛ける「奈良市埋蔵文化財調査センター」へ就職することになり、子どものころの夢をかなえました。

(竹村さん)
「ぼくの考古学の始まりの地とでもいいましょうかね。本当に僕に大きな影響を与えた博物館だと思います」

遺跡の発掘調査の実習は「自分で掘って、自分であげて」

 この日、竹村さんが参加したのは奈良大学が手掛ける奈良県斑鳩町の戸垣山古墳の発掘調査です。奈良大学では発掘調査や文化財の保存を実践する授業が有名で、自治体と連携し、さまざまな古墳や遺跡の発掘現場に学生を派遣しています。そうした現場での教育が評価され、毎年30名近くの学生が、全国の自治体などへ就職。文化財のスペシャリストとして働きます。

(奈良大学4年)
「こういった現場に来て、自分で掘って、自分であげて、っていうのを通してすごいやっぱり、『実物を見るのって大事だな』って気づかされる」

(奈良大学 文学部文化財学科 豊島直博教授)
「遺跡の発掘調査は本物を掘らないとわからないところがたくさんありますので。大学のなかで練習はできても実践は大切だと思いますので、そういう経験が学生に積んでいただけるところがメリットあると思います」

棺の中から見つかった副葬品 そこから考えられる埋葬された人物とは?

 古墳は破壊されていることも多く、残っていたとしても天皇陵などに指定されていると調査には厳しい制限がかかります。手つかずの棺を発掘できる「富雄丸山古墳」は、多くの学生たちにとって貴重な「実践の場」なのです。
2月下旬、富雄丸山古墳では…

(奈良市埋蔵文化財調査センター 柴原聡一郎さん)
「いま2枚重なって出てきている状態です」

 棺の足元の部分から、黒い丸い皿のようなものが重なって出てきました。さらに掘り進めていくと、驚きの声が上がりました。
「おー!もう1枚もう1枚、3枚目あった。同じトコ、同じトコ。どうなっとんじゃこりゃあ」

 実は出てきたのは、銅製の鏡「銅鏡」なんです。直径20cmほど、しかも3枚。さらに作業を進めると長さ14cmの漆塗りの櫛など、櫛9点も見つかりました。

(奈良市埋蔵文化財調査センター 鐘方正樹所長)
「棺内の副葬品を見る限り、鉄製の武器・武具といったようなものは一切入っておりませんので、女性的な感じがします」

 鐘方所長によると2023年度の調査で出土した「盾形銅鏡」や「蛇行剣」は、古墳の頂上に葬られていた男性のもの。今回発掘された古墳の中腹にある棺の中の鏡や櫛は女性のものと考えれば、この棺に葬られていたのは、男性の姉や妹の可能性があるということです。

古代・邪馬台国では卑弥呼が“巫女”として神の声を聴き、その弟が政治・軍事的なリーダーとして民を治めたと言われています。「富雄丸山古墳」の棺に眠っているのは、卑弥呼のように銅鏡を通じて神と繋がる“巫女”だったのでしょうか?一方、古代の棺の専門家からはこんな意見も。

(奈良県立橿原考古学研究所・学芸アドバイザー 岡林孝作さん)
「典型的な揃った副葬品の組み合わせのなかで、女性的であるか男性的であるかという判断ができると思うんですけれども、今回は、基礎になる副葬品がすごく欠けているので、なかなかその判断難しいでしょうね。本当の性別は、骨がでないと分かりませんよ、そこは難しい」

 今後は、棺の中の土の成分分析が始まり、誰が埋葬されていたのか、科学的な調査が実施されます。また、棺に使われていた木の年輪を調べることができれば、より正確に、棺が作られた時期を推定できます。

(竹村さん)
「ある人は女性的なものを考える人もいるでしょうし、そうじゃないという風に言う人もいるでしょうから、それはまだ確定はできないんですけれども、そういったいろんな仮説が生まれて、今後議論されていくのが楽しみですね」

「蛇行剣」の保存作業が終了… 日本初の発見、刀と剣の”ハイブリッド”


3月末、「蛇行剣」の保存作業が終わり、報道陣に初公開されました。
保存作業や調査を実施した橿原考古学研究所によりますと、把の頭は刀特有の楔形をしていて、この形としては国内最古の例ということです。また、把の縁には「把縁突起」と呼ばれる突起が見つかりましたが、これは剣ならではの特徴ということで、この「蛇行剣」が刀と剣の特徴を併せ持つ「ハイブリッド型」だということが明らかになりました。

古墳時代の刀剣に詳しい奈良大学・豊島直博教授
「富雄丸山の蛇行剣は(刀と剣の)両方の要素をもっている。剣と刀に分かれていくターニングポイントとして蛇行剣を評価できるのでは」

また、復元した鞘は約248cmもの長さ。剣の先端には鞘が直接地面に触れないように「石突」という突起が付けられていますが、こうした石突の形は類例がなく、また古墳時代の剣に
石突が付いていたのも初めてということです。
剣は把や鞘をあわせると、全長285cmにもなり、改めて巨大さが際立つ結果となりました。

「蛇行剣」は今月30日から来月7日まで橿原考古学研究所付属博物館で初めて一般公開されます。
この「蛇行剣」や「盾形銅鏡」は、いったい誰のために墓に置かれたのか。「富雄丸山古墳」には、まだまだ多くの謎が眠っています。

橿原考古学研究所 蛇行剣の特別公開(2024年3月30日~4月7日)
詳しくは「奈良県立橿原考古学研究所附属博物館」のwebページをご覧ください。

(「かんさい情報ネットten.」2024年3月15日放送)

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