【特集】これを読めば「作法」がわかる!大阪から日帰り旅行で巡る「お遍路さん」 四国八十八カ所霊場のうち、一番札所から三番札所までの魅力を徹底調査!
四国八十八ヶ所巡礼・通称「お遍路」。弘法大師空海が41歳の時、修行で今の徳島県から香川県まで四国一周約1400kmに及ぶ八十八カ所のお寺を歩いて回り四国霊場を開きました。そのお寺を巡るお遍路は1200年の歴史を持ち江戸時代になると広く一般化しました。今回は一番札所・霊山寺(りょうぜんじ)からスタートし、大阪から日帰りで巡ることができるお遍路さんの魅力に迫ります。
白衣は“死に装束”⁉長年の伝統的なスタイル、菅笠・輪袈裟・頭陀袋・金剛杖で巡る「お遍路さん」
(若一光司)
「さぁ今回は徳島県の鳴門市にやってまいりました。そして私たちの恰好ですけども、いわずもがなの“お遍路さん”であります」
(五十嵐竜馬)
「私、この格好初めてしました」
(若一)
「わたしも四国に来るたびに、八十八カ所のお寺の内十数カ所は行ったことあるんですが、こういう恰好するのは初めてで、やっぱりちょっと気持ちが変わりますね。そしてね、後ろにお寺がありますが四国第一番『霊山寺』ということでしてね、ここから八十八カ所が始まるというですね。ということで、今日は、大阪から日帰りでお遍路に挑戦してみようということです」
徳島県へは大阪から車で約2時間30分。今回は一番札所「霊山寺(りょうぜんじ)」からスタート、二番札所「極楽寺(ごくらくじ)」、三番札所「金泉寺(こんせんじ)」の3か所を巡ります。
(若一)
「四国八十八カ所巡礼どんな方でもどんな思いでやっても、どんな格好でやってもいいんですけれど、長年の伝統的な一つの基本的なパターンといいますか、作法のようなものはあるということなんで、それに準じてやりたいと思うのですが、まずこの格好ですけどもね、白衣ってこれ“死に装束”です。江戸時代なんかは通しで八十八カ所歩くという事は命がけなんですよね。途中で行き倒れする方もたくさんいらっしゃる。上下白装束だったらそこで行き倒れてもそのまま弔ってもらえる…」
そして頭には菅笠を被り、法衣の一つでもある輪袈裟をかけ、頭陀袋、弘法大師の身代わりの金剛杖を持つのが基本スタイルです。
準備が整えば、いよいよお遍路巡り開始!
<一番札所・霊山寺>四国八十八カ所霊場最初の寺は弘法大師ゆかりのお寺 基本的な作法をこちらで習得!
(若一)
「こちらのお寺は、奈良時代から歴史のあるお寺です。聖武天皇の勅願を受けて行基上人が開いたと言われている古いお寺です」
(若一)
「まずは山門の前で手を合わせて一礼です。この四国のですね八十八カ所巡礼というこのお寺ですけども、これはですね、弘法大師が修行して回られたお寺で、弘法大師ゆかりのお寺です。弘法大師ご自身も香川県の出身です。七十五番札所の善通寺、そのお寺の境内で生まれたとされています。弘法大師は真言宗を開かれましたから八十八カ所のお寺全部が真言宗やと思ってる方もいらっしゃいますけども、八十八カ寺のうち八カ所のお寺が真言宗ではないお寺が含まれます。このお遍路さん、八十八カ所巡礼というのは宗派関係ないんです。みんなの幸せ、それと平和。その根っこさえ理解していたら、どなたが来ても意味があるという事でね」
(若一)
「徳島県の鳴門が出発でまず徳島県を回って、それからお隣の高知県に行きます。それから愛媛県にそれから最後は香川県で終わるんです。だからまさに四国を一巡するというもので、歩けば大体1400㎞くらいあります。ですから全部通しで行かなくても、部分部分を時間があるときに区切っていって、全部八十八カ所回るという“区切り打ち”と、それから一番から順番に回る事を“順打ち”八十八寺から逆に回ることを“逆打ち”といいますけども、いろんな回り方があって、お参りすればいいという事です」
(五十嵐)
「じゃあ自分のペースに合わせてお参りできるということですか?」
(若一)
「そうです」
八十八カ所を巡ると人間の88個の煩悩を消せると言われています。また四国にはお遍路に関する「お接待」と呼ばれる文化があり、お遍路さんと出会うと、食べ物を分けたり、道案内をしたりと自ら奉仕する習慣があります。さらにお遍路で一番大切な言葉がー
(若一)
「この“同行二人(どうぎょうににん)”というのが実はこのお遍路の一つの基本精神でして、どういう意味やと思います?」
(五十嵐)
「あの若一さんと一緒に歩くじゃないですか?だから、これ『二人で歩きますよ』という証明かと思ったんですけど」
(若一)
「ペアで歩くという・・?(笑) 単純に理解すればそうなりますが、全く違います。本来の意味は『弘法大師と二人で歩いていますよ』と。で、弘法大師の身代わりといいますか、象徴が“金剛杖”なんですよ。これが大事なことなんです」
ちなみに被っている菅笠にも「同行二人」と書かれているので、参拝時やお坊さんの前でも取らなくて良いそうです。
境内に入っての基本的な流れは、まずは、手水舎で手を清めます。そして…
(若一)
「鐘を付かせていただきます」
(五十嵐)
「来たらまず鐘を付くんですか?」
(若一)
「そうです。本堂でお参りする前に鐘をつきます。お参りした後で鐘を付くのはあまり良くないといわれてます」
そして本堂へー。
(若一)
「お参りする前にですね、ここに納め札を入れる箱がありますので、納めさせていただきます。これは『お参りさせて頂きました』という一つのご報告です。この納め札、八十八カ所5回以上回ったら色が変わるとかね、そういうのがあるんです」
50回を超えると金色に100回以上は錦模様の特別な札になります。ちなみに頭陀袋の中には、納め札や線香、ろうそく、経本などを入れます。
(若一)
「札を納めさせていただいて、それからこちらで線香とろうそくを捧げます。線香は3本です」
(五十嵐)
「3本?1本じゃないんですか?」
(若一)
「3本というのは現在・過去・未来という3つの世界の仏様にという意味での3でもありますし、それから“仏法僧”という言葉がありますね、仏は仏様、法は仏様の教えのこと、僧は僧侶。つまり仏様の教えを体現した存在。その“仏法僧”の三者一体の3にも因んでいるということです」
ろうそくも1本お供えします。他の人の火をもらう「もらい火」は災いも、もらうとされているので注意です。そしてお賽銭を入れて参拝。時間があればお経を唱えます。本堂を参拝したらもう1カ所ー
(若一)
「本堂に続きまして大師堂の方をお参りさせて頂きます」
(五十嵐)
「大師堂というのがあるんですか?」
(若一)
「大師堂というのは弘法大師をお祀りしているお堂です。八十八カ寺必ずこの大師堂というのはありますので」
(若一)
「そして、ここから橋がかかっていますね、この橋の上では杖はつかないです。何故かといいますとね、弘法大師が霊場を繋いでいかれるときに寝る所が無くて、橋の下で寝ておられたということがあるんですね、橋で杖をつきますと休んでいる弘法大師を起こしてしまう事になる。そういうこともあって橋の上では杖をつかない」
大師堂でも本堂と同じ作法で参拝します。そして、参拝を終えたらその証として納経所で御朱印を頂きましょう。四国第一番札所・霊山寺であるこの納経所では、伝統的なお遍路用品も購入できます。
ご存じでしたか?お遍路の始まりとされる 「衛門三郎伝説」
続いては1.5km先の二番札所・極楽寺へ、弘法大師が実際に歩いたと伝わる遍路道を辿ります。
(若一)
「このお遍路の始まりはいつかといわれますけれど、弘法大師が亡くなられた後で、お弟子さんたちが弘法大師の遺徳や足跡をしのんで、こういう霊場巡りを始めたという説もありますし、『衛門三郎伝説』という伝説が地元にはありまして、そのお宅にみすぼらしい格好をしたお坊さんが托鉢に来る。『やかましい邪魔だ』ということで衛門三郎が怒ってですね、托鉢のお椀をたたいて割ってしまう。それ以来托鉢は来なくなったんですけども、その後で8人いた衛門三郎の子供たちが毎年1人ずつ死んでいく。それはなんでかと、悲しみの中で夢を見るわけですね。実は、あの托鉢僧は弘法大師だということが気づくんですね」
その後、自らの過ちに気づいた衛門は弘法大師を追いかけ、四国霊場を訪ね歩きますが、途中で倒れてしまいます。そこに弘法大師が現れ、衛門は過ちを謝罪し息絶えたのです。この伝説が今のお遍路の始まりではないかとも言われています。
お遍路道を歩いていると、お遍路姿の男性が━
(遍路姿の男性)
「何ごとですか?」
(若一)
「大阪のテレビ局なんですけども、どちらからお見えですか?」
(男性)
「私は愛媛なんです。あと一番で結願です」
(若一)
「何回目ですか?」
(男性)
「3回目です」
(五十嵐)
「八十八カ所回るのどれくらいかかりました?」
(男性)
「43日です」
(若一)
「ずっと歩いてですか?」
(男性)
「はい」
(若一)
「ごくろうさまです」
こういった出会いもお遍路旅の魅力です。
<二番札所・極楽寺>別名は『安産大師』 樹齢1200年の“長命杉”に、長寿の力をおすそ分けしてもらおう!
続いて、二番札所・極楽寺に到着。
(若一)
「こちらのお寺も、先ほどの霊山寺と同じ行基上人が奈良時代に開いたと伝わるお寺です」
(五十嵐)
「木の雰囲気が今までと全然違いますね」
(若一)
「ここだけがね、別世界なってます」
二番札所・極楽寺で有名なのがー
(若一)
「こちらはね、この杉。左側にありますけどもね。この“長命杉”これが有名ですね」
(五十嵐)
「大きい…」
(若一)
「すごいでしょ?弘法大師がこのお寺で21日間に渡って修法を納められるんですがね、その時に自らお手植えされたと伝わってる杉なんですね」
(五十嵐)
「弘法大師が植えた杉なんですか?」
(若一)
「ですから、少なくとも樹齢1200年以上という杉です」
幹回り約6m高さ20m以上といわれている長命杉。杉に繋がる紅白の紐に触れると長寿の力をおすそ分けしてもらえるそうです。
(若一)
「さぁ本堂に上がってきました。これもなかなか風情のある本堂ですね」
(五十嵐)
「歴史を感じますね」
さらにこのお寺にはもうひとつの呼び名がー。
(若一)
「弘法大師が修法をここで納められた時にですね、難産で困っておられた方にここで出会って、弘法大師のおかげで安産を実現する事が出来たというようなこともありまして、『安産大師』とも別名で呼ばれたりしてるお寺なんですよ」
弘法大師・空海は、常に苦しむ人々、弱い人々に寄り添いながら修行を続けました。
<三番札所・金泉寺>弘法大師が掘ったという伝説の“黄金の井戸”で、あなたの寿命がわかる…!?
三番札所の金泉寺は極楽寺から約3kmの場所にあります。歩くと45分ほどですが、もちろんバスや車など移動方法は自由です。
(若一)
「三番札所の金泉寺にやってまいりました。これも立派な山門ですね」
こちらも奈良時代に行基上人が開いたお寺です。まずは本堂と大師堂に参拝します。そして、このお寺にも弘法大師にまつわる伝説が。
(若一)
「この井戸ですね。このお寺の言われになってるんですけど、元々このお寺出来た当時は『金光明寺』というね、別の名前が付いていたんですが、弘法大師がここに立ち寄ったら、地元の人たちが日照り続きで水がないから困っている、ということを聞きまして、弘法大師は井戸を掘られた。そうしますと素晴らしい霊水が湧いてきてそれを飲めばみんな元気になって、ひいては長寿になるということで、黄金の霊水だということで『金泉寺』という名前に変わったと言われているんですね」
(若一)
「これね、覗いて顔がきれいに映ったら長命だと、顔がきれいにはっきり見えなかったらその人は短命な可能性があると言われています」
(五十嵐)
「覗き込むの怖いですね」
(若一)
「いや、私たちも五十嵐さんもしっかり映ってます。大丈夫です」
(五十嵐)
「あっ本当だ」
1200年の歴史を超えて、今に伝わるお遍路の文化。みなさんも旅のきっかけのひとつとして弘法大師ゆかりのお寺を巡ってみてはいかがですか?
(「かんさい情報ネットten.『若一調査隊』」2024年2月14日放送)