“水を使わない”口腔ケア!? JAXAなど協力、日本の宇宙歯学研究が被災地と介護現場を救う
もし、宇宙旅行中に“歯のトラブル”が起きたらどうしますか?
地球上であれば、すぐに歯科医院に行くことができますが、宇宙ではそれができません。
宇宙飛行士だけでなく、一般の人々も宇宙旅行へ行くことができる時代が期待される今、“宇宙空間”における歯科医療を研究するチームが発足しました。
チームの名は、「日本宇宙歯学研究会」。愛知学院大大学院歯学研究科の前田初彦科長を筆頭に、全国の13歯科大学(2024年7月取材時)が協力した研究会で、それぞれの大学が持つ専門性を活かした研究が進められています。
同研究会の目的は、宇宙飛行士や宇宙滞在者が、宇宙空間で直面する歯の健康問題に対処する方法を開発し、その経験を“地球”での歯科治療にも活かすこと。
現在、同研究会で進められている「宇宙空間での口腔ケア製品の研究」も、地球で役立つ歯科医療のひとつ。
宇宙空間で使用される歯磨剤や洗口液の成分が、口腔内細菌に与える影響を研究するこの試み。研究が進むことで、“水を使用しない”洗口液や歯磨剤の製品開発へと繋げることができます。
これらの製品が地球で役立つのが、被災地や介護施設における「口腔ケア」。宇宙で歯科治療を行う場合、機材は軽く、小さく、水を使わないものが必要となります。
断水の恐れがある被災地や口腔ケアが大切となる介護の現場。生活環境に関係なく、効果を発揮できる口腔ケアの製品が開発できれば、被災地や介護施設、無歯科医村等でも活用することができるのです。
また同研究会では、微小重力下でも安全かつ効果的に食事ができるように、嚥下補助機能を持つ食品も開発。これらの食品も、地上で生活する“噛む力”が低下している人たちにとって、心強い存在になるかもしれません。
身体の変化によって、前田科長曰く「味覚が変化すると考えられている」という宇宙空間。この対応策として同研究会では、長期間の宇宙飛行における味覚と食の嗜好の変化に関する研究も実施。味覚の変化の原因を調べるとともに、“宇宙食の味”も研究しているそう。
そのほか、同研究会では、宇宙旅行における歯科領域疾患のガイドラインも策定。「行きと帰りの宇宙船は同じ。もし、宇宙旅行中に歯が痛くなると、すべての旅行者を一緒に地球上に戻す必要が出てきます」と前田科長は想定。そんな事態を防ぐ策として、宇宙旅行中の歯科健康を維持する方法や宇宙旅行ができない歯科治療を受けている一般人を、宇宙にあげないためのガイドラインの作成を進めているそう。
「これらの研究は、1年後には実現したいと考えていますが、新しい領域であるため、各研究分野で最短の実現を目指して取り組んでいます」と、今後の動きに対する思いを述べた前田科長。
「日本宇宙歯学研究会」と『愛知学院大学』歯学研究科 未来口腔医療研究センター宇宙研究部門は、宇宙歯学研究の拠点として、これらの研究をサポート。今後の展望について、「JAXA、文部科学省、および内閣府と連携し、当研究会および宇宙歯学研究部門がその窓口となり、緊密な協力体制を築いていきます。さらに、ESA(European Space Agency)、NASA(National Aeronautics and Space Administration)に関連した歯科医師と協力して、世界の中での日本の宇宙歯学を高めていきます」と述べました。
月面での生活が現実味を帯び始めた現代。前田科長は、「月面で長期間生活するためには、快適に「食べること、喋ること」が欠かせません」と述べ、「これが、私たちが取り組む「宇宙歯学研究」の主な目標です」と、「日本宇宙歯学研究会」の設立のキッカケを明かします。
「まずは、宇宙歯学研究で“ワクワクする、楽しい研究”を行うことです」と、自身の展望も教えてくれた前田科長。続けて、「その研究で、皆さんが「美味しく食べることができる、楽しく喋れることできる」ことを推進することが、この研究会でできると考えています」と思いを語りました。
2024年7月13日には、「第1回日本宇宙歯学研究会総会」を実施。JAXA宇宙飛行士健康管理主任の樋口勝嗣さんによる講演会も行われ、前田科長によると、オンライン参加を含めて102名が参加したとのことです。