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「死んだ赤ちゃんをずっと揺さぶりながら…」戦後80年 金峰学園で平和学習

2025年3月12日 11:55
「死んだ赤ちゃんをずっと揺さぶりながら…」戦後80年 金峰学園で平和学習
 今年は戦後80年の節目の年です。南さつま市の義務教育学校で平和学習が行われ、終戦後日本への壮絶な引き揚げを経験した男性がその状況を語りました。

 南さつま市の義務教育学校金峰学園で中学生を前に講話を行ったのは隈元 亮一さん(83)です。3歳の頃北朝鮮で終戦を迎えた隈元さんは、母や姉、生後まもない弟と日本に引き揚げることになりました。

(隈元 亮一さん(83))
「船の中は座るところもないぐらいぎゅうぎゅう詰め。赤ちゃんに飲ませるおっぱいもだんだんでなくなって船の中で赤ちゃんが死んでしまう。弟が」

 何とか福岡に着くと、列車を乗り継ぎ5日間かけて鹿児島を目指したと言います。

(隈元 亮一さん(83))
「(弟は)亡くなってるから匂いがし始めるわけです。みんなが外に捨てろ捨てろって言うわけです。おふくろは死んだ赤ちゃんをこうずっと揺さぶりながらいかにも生きてるみたいにした」

 すし詰め状態の列車の中で母に背負われた弟の冷たい足を握っていた記憶があると語りました。

(生徒)
「改めて戦争が怖いことを知りました」「とても胸が胸が苦しくなりました/世界中から戦争が亡くなるようにしてずっと平和が続いたらいいと思う」

 生徒たちは隈元さんの壮絶な経験を聞き平和の尊さをかみしめていました。
最終更新日:2025年3月12日 12:01